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36話



 どんよりとした空の下、フワリと落ちてくる雪の中を歩いて邸に戻ると、私はそのまま私室へと向かった。扉に鍵をかけ、雪も払わずベッドに横たわる。


 邸のエントランスでは、私が戻ってきた姿に侍女頭のミネルバさんが駆け寄ってきて何があったのかと聞かれたが話す気力もなく、そのまま無言で私室まできて扉を開いた。


 流す涙もない。

 頭が痛い···今は何も考えたくない。

 そのまま天井を見上げて無心でいると、いつの間にか瞼が下がっていき私は意識を手放した。



「···リュシー。起きなさい」


 肩を揺さぶられ目を覚ますと、目の前には母様の顔があった。


「···か、母様?···どうしたの?」


「どうしたのじゃないでしょう?こんなに瞼を腫らして···。式の前に時間を作ってこちらにお邪魔すると話しておいたでしょう。こちらに着いたらビックリしたわ!イルキス様が邸の扉の前で雪の中に佇んでいるし、ミネルバさんはリュシーが私室に籠もったままだと言うし···鍵を借りて開けさせてもらいました」


 私が上半身を起こすと、母様はベッド脇に腰掛けて私を抱きしめた。


「貴女の部屋に来る前に、イルキス様から聞いたわ」


 そう言いながら背中をポンポンと優しく叩く。母様は、私が小さな頃から何かあると背中を優しく叩くのだ。母様の胸の中で涙がポロリとこぼれると、後から後から溢れ出し最後には大声で泣き叫んでいた。


「よしよし、沢山泣いたわね。どう?少しは落ち着いた?リュシーは小さな頃から変わらないわね。口に出さなきゃ解決しないことがあると教えたでしょう?肝心なときに、どうして疑問を持たないの?どうして爆発しないの?自分の中で解決しないようにと何度も言い聞かせたわよね。本当に父様とそっくりなんだから」


「きちんと最後まで聞いたわ。聞いた内容で分かるでしょう?」


「そう。じゃぁ聞くわね。どうしてイルキス様は避妊魔術を施したのかしら?」


「子供が欲しくないからでしょう?子供が出来たら、やりたくてもできないもの」


 俯きながら怒り口調で答える私に、母様はため息を吐いた。


「はぁー。ほら、知らないじゃない。イルキス様は、私と約束したからよ。イルキス様は嫌だと言っていたのよ」


「えっ?母様、どういうこと?」


「ね!その場で疑問を持って尋ねることが出来ていれば、それで済んだ話になるかもしれないでしょう?」


 母様は眉間にしわを寄せ呆れ顔でそう告げると、当時の私の知らなかった話を教えてくれた。



 それは、学園での後夜祭前の応接室にて集まる以前のことだという。

 毎日ガトゥーラ邸に届く王家の蝋封がされた手紙があった。ルキからの婚姻の申し込みだったらしい。父様と母様は、王家からの手紙だったので毎日お断りの手紙を返信するしかなかった。


 そんなやり取りが続いたある日、会って話だけでも聞いてほしいという、いつもと違った内容の手紙が届いた。王家相手では断ることもできず、日にちを決めるとルキがガトゥーラ邸に来訪したという。


 子供の頃の話、元婚約者の話。ずっと私を思っていた気持ちを母様は聞かされたのだという。

 しかし、私への気持ちを聞いたところで私自身の気持ちは分からない。なので、母様は娘の気持ちも本人に確認してからでないと、とルキに話したという。すると、ルキは自分から私に直接話をしたいと言い出した。

 母様は、ルキから求められたこの婚約、婚姻の内容について私と直接話をすることに条件を付けたのだという。


 もし、私がルキとの婚約、婚姻を受け入れなければ、その場で求婚を終わりにすること。受け入れたなら、婚姻するまでは私に気づかれないように毎回避妊魔法を施すこと。


 しかし、避妊魔法は体に大きな負担をもたらすのだ。回数を重ねると体調が悪くなるだけではない。男なら子種が減っていくし、女なら子宮の機能がしなくなるといわれている。

 娘に害を与えたいわけではない。たくさんの事を我慢させてしまった娘には、たくさん幸せになって欲しい。

 でも、母様はルキを信じられなかったのだという。ルキが元の婚約者を蔑ろにしていた話は、上位貴族の間では有名な話だった。次はうちの子かも知れない。そう思うと、娘が婚約し子供ができて捨てられたら?などと考えてしまったのだ。


 そして数日後、国王陛下より来城を求められた。またもやルキとの婚姻の話だった。本来ならば王家からの申し入れを断ることなど出来ないのだが、今回はルキが色々とやらかしていたことと臣籍降下することが公になっていたことで、候爵家からの断りがあれば受け入れると王家から言われていたという。そのため、今までも封書では断りの返事を出すことができていたのだ。


 応接間へ促されると両陛下と父様、ルキが先に来ていて話を始めていたらしい。そして、両陛下に頭を下げられると「もし、リュシエル嬢が婚約を受け入れたときは避妊魔法ではなく、避妊の魔術を施す」といわれた。


「私の知識では、魔術はこの世から失われたものだったから···とても驚いたわ」


 その後、応接間に呼ばれ入室してきたのがマキシだったらしい。当時は顔まで隠れるフードを被っていたので誰だか分からなかったが、今も分からない振りをしていると母様はいう。


「どうして分からない振りを?」


「知っては良くないことだからよ。初めて彼がガトゥーラ家にやってきたときに、手を見て気がついてしまったのよ。手の甲にある痣と、オパールとブラックオパールの指輪をふたつ付けているでしょう」


 魔術は、魔法と違って何度もかけ直さないから害を与えないと説明を受けたという。逆に、魔法は触れずに済むが、魔術は触れなくては発動出来ないと言われた。お腹にちょっと触れ魔方陣を描くだけだと言われたので、母様は頷いたという。

 母様は、娘を不幸にすると思われるあらゆる原因を排除したいがために避妊を強要した。ルキは私と婚姻し子供の頃にした約束のため、今出来る限り最善の方法で母様と約束をしたのだった。


「リュシー、恨むならイルキス様ではないわ。約束出来なければ、リュシーが受け入れても婚姻を認めないと脅したのは私なの。辛い思いをさせてしまったわね。でも、娘を嫁がせる親の気持ちも少しだけでいいから分かってちょうだい。恨まれても、時間が戻ったとしても···私は同じことをイルキス様に要求したわ」



 後夜祭のあの日以前に、そんなことがあったなんて知らなかった。

 でも、その後も何も知らされずにいたなんて···母様に口留めされていたとは分かっているけど――。


「·····」


「どうして私が口留めしたのかというと、婚約してすぐに···婚約期間中にリュシーが聞いたらどうしてた?リュシーが知ったからといって、私は避妊の魔術を解除させることを良しとしないわ。ずっと嫌な気持ちでいるなら、その思いは短い方がいいでしょう?」


 その事を言い出した私が言うのもなんだけどと、申し訳なさそうな表情をされるが、母様が私への思いを口に出したことで、私は理解し納得できた。

 色々心配してのことだったのだろう。前世では、親がいなかったので母様の気持ちが痛いほど嬉しい。親とは、こんなに深く···考え、思い、愛してくれるのか。


「婚姻してからの人生は長いわ。特に男の人は必要以上に話をしないことが多いし。相手の話の中に疑問を探し足りない情報を得てから考え、行動すること。後から後悔しても、そのとき口に出してしまった言葉は取り消せないものよ。後から謝られても、言われたことは忘れられないからね」

 

 親の思いを知ると、私の怒りが馬鹿らしく思えてきた。ルキにも··理由も聞かずに感情的に言ってしまった。


 母様の見送りにエントランスまで下りると、ルキもエントランスまで見送りに来た。めちゃくちゃ気不味い。


「義母上、忙しいなか公爵邸までお越し下さりありがとうございました。2日後の婚姻式は、朝早くからになりますが義父上にも宜しくお願いいたしますとお伝え下さい」


「分かりました。2日後の朝には、仲睦まじい二人の様子が見られますようにと思っております」


 ルキがどんよりした表情でそういうと、母様はニコリと笑みを見せてから返事を返した。

 そして、先ほどの雪から小雨に変わった外の様子に安堵しながら、ガトゥーラ候爵家の馬車に母様が乗り込むと小窓を開いて私を見た。


「まだ、そんな表情が出来るのね。置いてきぼりにされるときの子供の頃に見たリュシーの顔だわ。···2日後にまた会えるわよ」


 馬車が走り出すと私は手を振り、馬車が見えなくなるまで見送った。私が手を下ろすと、下ろした手に冷たい手が絡まる。すると、握られた手を意識してしまい心臓の音が波を立てはじめた。

 冷たい手に優しく握られると、私はどういうふうに応えればいいのか分からず、そう思って悶々としながら見えなくなった馬車の先から視線を逸らせずに、そのまま立ち尽くしていた。


 何の言葉もかけられず、彼も黙りしたままの状態がしばらく続いたが、冷たい風が私の火照りだした頬を横切ると、それを合図にしたかのように私が先に口を開いた。


「···寒いわね。そろそろ中に入りましょう」


 振り返り、顔も合わせず邸の中に入り私室に向かい歩き出すと腕を後ろに引っ張られ、転びそうになったところを抱き寄せられた。


 何も言わずにただ抱きしめられている時間が、とても長く感じた。全身で震えている彼に私はひとつため息を吐く。


「もう···怒っていないわ。理由も母様から聞いた」


「···すまなかった」


「謝らなくていいわよ。怒ってないから」


「私を見るのも嫌なんだろう?」


「···言い争ったばかりだったから、気が引けただけよ」


 ゆるりと首を左右に振ってそういうと、彼の手が私の顎を持ち上げ後ろから唇を重ねられた。

 何度も貪られ、立っているのもやっとのところで膝が落ちると、ルキは私を抱えながら私室へ向かい扉を開いた。

 部屋に入り扉を閉めると同時に、私は壁とルキの板挟みにされる。彼は、私を見つめながら自分の鼻頭と私の鼻頭をゆっくりこすり合わせる。言葉は何も発せられてはいなくても···縋っているのだなと感じた。

 その後も唇を何度も重ねられ続け、このままでは唇が腫れ上がると思い、彼の胸を両手で押しのけた。しかし、びくともしなく全く離れることがない。そして、次の瞬間突然私の体が宙に浮いた。

 そのまま宙に浮かされると、たくし上げられたスカートの中から出された私の両足が彼の腰にしがみつく形になっていた。

 私は驚いてルキの頭に腕を回ししがみつく、すると『ビリッビリッ』何かが破れた音がした。


「···な、な···」


 ルキが上を向くと私の頭を下げさせて、また唇が重ねられる。背に回された腕がゆっくりと私を下に下ろしていく。彼は、破かれたショーツの中から私の中に入ってきた。

 顔が離れると、彼は安心したような表情を浮かべてそのまま抱きついてきた。ぎゅうぎゅう抱きしめないで、く、苦しい。

 すると扉を叩く音がした。心臓がバクバクと早鐘を打つ。


「そろそろお食事の時間になりますが、こちらにお持ちいたしますか?」


「私の上に座らせれば、入れたままでも食事が出来るな」


 ルキが真剣な表情を向けぼそりと呟いた。


「着替えたらすぐ行くわ!」


 慌てて私が扉に向かってそういうと、彼はほんの少し不満そうな表情を浮かべチラリと私を見た。


 その後、不貞腐れた顔をしながらも私の中に入れたまま、私を抱え直してソファーまで運び横に寝かすと一気に加速して致し終えた。





 夕食の席では、使用人らがニッコリと温かい目で私たちを見ている。

 私は彼らの視線が気になり、食事を早く終えようと急いで食べることにした。


「リュシー、この煮込んだ魚はとても美味しいよ。口の中でトロリと溶ける。ほら、口を開けてくれ」


···何かのバツゲームですか?

···みんな見てるのですが?



 「次は、大好きなカリフラワーだよ。はい、アーン」


 次々とフォークに刺さった食事を目の前に差し出されると、さすがに恥ずかしさを通り越し怒りに変わってくる。しかし、私が自分で食べられるからというと、ルキだけではなく使用人らも残念そうな表情になるのは···なぜ?


「たくさん食べないと、今夜体が持たないよ」


···はぁ?後は明日のパン作りに備えて

    早く寝るだけですが?

···もしや···ま、また···やる気?



「リュシエル様、こちらは栄養ドリンクですわ。料理長がリュシエル様のために医師から教わり飲みやすいようにアレンジして下さいました」


···はぁ?栄養ドリンク?

···なんてもの料理長に作らせたのよ



 侍女のエリーが澄まし顔でテーブルの上にグラスを差し出した。その緑色の液体が栄養ドリンクだなんて···青汁の間違いではないだろうか。


 これを飲む勇気がない。助けを求めるように侍女頭のミネルバさんに視線を移すと、彼女は首を左右に振った後で手を口に持って行く動作を繰り返した。


···ジェスチャーで伝えられた?

···の、飲み干せってぇー



 今、カリュザイール公爵邸では私の味方は誰もいないのだろうか。

 主を筆頭に、私が青汁モドキを飲むのをみんなが穏やかに?見守っているようだ。


「リュシー、疲れがとれるから飲むといいよ」


 そして私は「はぁー」長いため息を吐くと、鼻をつまんで一気にそれを飲み干した。





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