34話
「信じられない!あり得ない!牢屋行きよ!」
いくらなんでもあんまりだ。
私とルキ、マキシは···王宮内の図書館にいる。図書館といっても、閲覧禁止になっている図書館の更に奥の暗い一室の中だ。
そして、その場に似合わない煌びやかな衣装に包まれた3人が、扉に向かって歩いていく。
「時間に間に合わせるには、この方法しかなかったのだから仕方がないだろう」
「そもそも、ルキが早いうちに封書を開けていればこんなことにはならなかったのよ」
「大丈夫だよ、受付で上手く言いくるめるからさぁー。俺に任せて2人はそのままシレッと出ていって」
マキシに任せていいものか、悩みどころだが。
私達3人は晩餐の時間に間に合わないため、マキシの祖父が王宮の塔からマキシのために王宮図書館の蔵書を閲覧させるのに組んだ秘密の魔方陣を使い転移してきたのである。
国王陛下に許しをいただいていないのに、魔方陣を勝手に使用したのだ。
図書館の扉を前にして受付の人が立ち上がると、入室した形跡がない私達を見て眉を顰めた。その瞬間「バタン」扉が外から開かれた。そして、その開かれた扉からバタバタと数人の騎士らが入室してくる。
先頭にいた一人の騎士がルキの姿に気がつくと、直ぐ様後ろから入室してきた騎士らの足を止めた。
「第二王宮騎士団か?」
「イ、イルキス殿下?···御無沙汰しております。なぜ図書館に?第一騎士団の団長らが、今から門前にてイルキス殿下の到着をお待ちするのに出るところですが?···しかし、先に到着されたという伝令は―――」
「はて?国王陛下から、知らせがなかったのか?今回、急ぎの件が出来てしまい時間の前倒しで王宮に入宮することになったのだが···。あぁ···極秘案件だったな。急遽時間の変更になったため、行き違いになったのだろう。騎士団が困惑して上手く機能を果たせていないと、私から父上に叱っておこう」
「と、とんでもございません。騎士団の連絡が何らかの状況で遅れてしまったのかと。イルキス殿下には、不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした。今後、このようなことがないように精進させていただきます」
「そうか。···第二王宮騎士団は下がっていいぞ。あぁ、それと言い忘れたが私のことは公爵と呼ぶように」
「···は、はい。大変失礼いたしました」
踵を返し騎士団らが図書館から出て行くと、受付にいる司書の男性は眼鏡をクイッと持ち上げて私たちを凝視している。
「おい、君は受付の仕事を怠けてはいけない。図書館に入室したときにうたた寝していたぞ。緊張感を常に持って仕事をしろ」
ルキが冷たい視線で受付の司書様に言い放つと、一瞬理由が分からなかった司書様は首を傾げたがルキの冷淡な表情に、みるみる真っ青な顔になり「はい。以後気をつけます」涙目で視線を泳がせていた。
そして、私たちは何事もなかったかのように図書館を出て回廊を歩き始めた。
「司書様、突然身に覚えがないことを言われて可哀想だったねー」
「第二騎士団の方たちにも申し訳なかったわよ。ルキのペラペラ口から出てくるでまかせで、あんなに騎士様を翻弄させてしまって。よく回る舌だこと。···ん?もしかして!私に対しても同じようなことしているんじゃないでしょうね?」
「急ぎの件、極秘など本当のことだろう?父上にも魔方陣使用の許可願いを文章で送っているし」
「えっ?国王陛下のことも嘘じゃなかったの?」
「魔方陣を使用する直前にマキシリアンに封書を送ってもらった。今まさに、封書が開かれているはずだ」
「は?」
「行き違いになったのも、嘘じゃないだろう?真実を作っての言動だ。安心しろ」
···しおらしいと言えばいいのか
···あざといと言えばいいのか
最近、益々ずる賢さに磨きがかかってきているような気がするのは気のせいだろうか?
後ろから「昔からですよ」マキシに思考を読まれるも言葉を返すのも疲れて、口から漏れ出たため息にルキがチラリとドヤ顔で私を見た。
···はぁー。勘違いだよ
···褒めてないから
全く以て散々な王宮入りに、このまま晩餐会で上手く立ち回る気力もなくなった。
☆
晩餐会では、国王陛下と皇后陛下ではなくルキの父親と母親として楽しい時間を過ごしたいと両陛下に告げられたため、なるべくそれに沿うように言葉遣いも砕いた会話での食事になった。
婚姻式を目前に、何かしら不自由はないかとか悩みはないかとか、皇后陛下は義母として出来ることは相談して欲しいと強い味方になってくれそうだ。
隣に着席しているルキと国王陛下は、先ほどの魔方陣の未許可使用についてガミガミと彼を叱っていたが、結局はルキの勝利で話を終えた。口ばかり達者に育ててしまったと、国王陛下は深いため息を吐くと眉根を寄せてボソボソと小声で呟いていた。
「マキシリアンは、外の世界に出てどうだ?お前は、彼の手綱をしっかり握っていなくてはならない。一生絶対離すことが出来ない手綱だ」
「大丈夫ですよ。そんなことを言わなくても、塔から監視をされているではないですか。マキシリアンは愛を覚え始めました。普通の人生を送らせるつもりです」
国王陛下はルキの言葉を聞いてから、視線を私に向けると柔らかな表情を浮かべた。
「リュシエル。イルキスの手綱をしっかり握っていてくれよ。此奴の手綱を上手く握れるのは、そなたしかいないからな」
「はい。しっかり握らせていただきます」
クスリと笑い陛下に返事をすると、笑い事ではないぞと念を押された。
「そうよ、リュシエル。イルキスは激しい···若干、貴女への執着が異常···少し執着心があるから、必要以上の執着をされたら私達に相談してね」
皇后陛下はチラリとルキを見たが、なんてことなく黙々と食事をしている。私は苦笑いをして、その場をやり過ごす。
「ふぅー。どういう訳か、イルキスみたいな愛の執着ではないのだけれど···マティレクスも貴女への別の執着が見られるのよね?義姉への思いが溢れてると言えばいいかしら?あの子も、婚約者であるファームス国のローズフィレット王女が来国すれば、また変わるのでしょうが――」
「カチャリ···」
ぶっきらぼうにカトラリーを置くと、ルキは皇后陛下に冷たい視線を向けて淡々と言い放つ。
「いくらマティレクスが次期国王であろうと、私の弟であろうと···邪魔をしない限りは何もしませんよ」
···はぁ?話が噛み合ってない
···急に物騒なこと言わないでよ
「リュシエル、腹の探り合いじゃ。妃は、兄弟の争いを心配したのだ。イルキスは、何も心配ないと言ったのだよ。ハハッ」
どこを突っ込んでいいのか分からない。国王陛下も私の思考を読めるの?言葉にしていなかったよね?マジ王族怖いわ。
その後は、どうにか何も考えないように無に徹するも、努力は報われず···楽しい腹の探り合いの中、ようやく食事会は幕を閉じたのであった。
☆
食事会を終えるころ、カリュザイールの馬車が王宮に到着した。
知らせを受けると、ルキは国王陛下と皇后陛下に帰る旨を示し、私は3日後の婚姻式での立会いを快く引き受けてくれた義両親に感謝の言葉を伝えたあとで席を立った。
馬車の前ではマキシが待っていた。両陛下が馬車まで見送りにくるという前代未聞の事態に、マキシもヒクヒクと顔を引きつらせている。
「マキシリアン、元気でやってるようだな。タガだけは外すなよ」
国王陛下の言葉にマキシは「分かってますー」いつもの調子で言葉を返した。そんなマキシの頭をクシャクシャと撫でた陛下の顔は柔らかな表情だった。
馬車に乗り込むと、両陛下は手を振り見送ってくれた。なんとも緊張した時間だったが、両陛下の隠された家族愛を垣間見られた一時だった。普段見ることが出来ない柔らかな笑みが、私の胸に優しく響いた。
「はぁー、やっと今日という長い一日が終わったわぁー。後半はバタバタと言うより、ずっと神経を使っていたって感じよ」
何度か伸びをして、緊張していた体をリラックスさせると冷たかった手足まで血液が行き渡りポカポカと暖か味が増してきた。
「そういえば、じーちゃんからイルキス様に聞けって言われたんだけど――」
私達が食事をしている間に、マキシは祖父に会いに王宮裏にある魔術の塔に行っていたという。塔の屋上で祖父と夜空を見ながらの久しぶりの食事は、有意義な時間を過ごすことができたみたいだ。
しかし、塔から少し離れた場所に以前はなかった建物が目に入ったので「じーちゃん、あれは?何の建物?」と建物を指さして聞いた。祖父は、あれが完成したらマキシリアンの魔術でシールドを張ることになっていると言ったらしい。詳しくはイルキス様から聞きなさいと言われ、それ以上のことは何も言わなかったということだ。
「あぁー···あれな···後で教えるよ。今はリュシーがウトウトしだしたから、静かにしてやりたい」
「私も聞きたいわ。それとも隠し事?」
ルキは、大きなため息を吐いてマキシを睨んだ。
「隠し事じゃない。完成してから話したかっただけだ。···あれは、カリュザイール邸だ」
「「·····はぁっ?」」
「あんな小さな建物が?」
マキシはかなり驚いていた。
それは、小さな建物らしい。
「王都に邸を建てないって、いってたわよね?それは、王宮の敷地に建てるからだったの?」
ルキは以前、カリュザイールの領地にしか邸を持たないといっていたのだ。
「ふぅー、···理由を言うよ―――」
王都に邸を持たないことに、国王陛下とマティレクス殿下が反発したということだった。
それに加え、特異体質のマキシがルキと主従の紋様を刻んでいたためである。王家にとってマキシは、諸刃の剣だから。本来ならば、国王に仕える者が公爵に仕えているためだ。
「そして、更に···マティレクスがな···」
「マティレクス殿下がどうかしたのですか?」
「あぁ、この世界で生きて行くのに、前世のこともあるから心配してのことだと――。お互い何かのときは相談し合えるし慰め合えるからと···今は若いから何事もないと思うが、マティレクスが即位した後を考えるとすぐに会うことは許されまい。王宮内なら魔方陣で人に知られず移動可能だからな――」
ルキは寂しそうな表情で、前世に関してだけは俺では力になれないこともあるだろうと、私を抱き寄せた。
自分では、どうにも出来ないことだからと不安に駆られている様子に私も強く抱きしめ返す。
「きっと、この先も何もないわよ。だって私には、ずっとルキがいてくれるから」
そういって、下からルキの顔を覗き込むと額に唇を押しあてから「俺のリュシー」とポツリと呟かれた。
ルキの顔の表情も穏やかになると、目尻、頬と顔中にリップ音を鳴らされ、最後の唇に落とされた彼の唇は離れることを知らない。
「あのー。目の前に俺が居るの忘れてません?」
向かいの席からマキシの苦情が聞こえてきた。
「マキシリアン、先に転移で邸に帰れるだろう?」
マキシはブスクレ顔で「では、ごゆっくり」と言いながら指をパチンと鳴らす。そして、ユラリと空間が動きその場からいなくなった。
「それと、マキシリアンには言いづらいのだが、マキシリアンの祖父も私とマキシリアンの関係を心配しているんだ。まめに祖父にも会えるようになるし、これはこれでいいかと思った。邸の件は、相談なしに決めてすまなかった」
嬉しいことにマキシのお祖父さんが、王宮の邸とカリュザイール領の邸に魔方陣を組んで転移の移動ができるようにしてくれるという。国王陛下の了承も得ているとのことで、私も好きなときに邸を行ったり来たり出来るらしい。
「母上が、リュシーをいつでもお茶会に誘えると喜んでいるぞ」
「えっ?···お茶会?」
それを聞いた私は、なるべく王宮の邸には来ないようにしようと心の奥で決意したのだった。
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