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32話



 今日は、チェリーとウィルさんがリンドールに帰る日だ。私は二人を見送るため、朝食を早めに済ませると、料理長に頼んで朝一で作ってもらったお土産を厨房まで取りにきた。


 お土産を受け取ったあとで、セクレイトとダン、アンと一緒に別邸に向かい歩いていると、今回のマキシの騒動の話から続き色恋の話で4人は盛り上がっていた。



「マキシリアンが、幼女が好みだったとは···。全然気がつかなかった。ダンは気がついていたのか?」


「いや、全くだ。護衛としての業務時間、アイツは何をしていたんだ?···それより、セクレイトは浮いた話もないではないか?」


「セクレイト様は選び放題ですからね。ダン様こそ女性に関する話も聞いたことがないですが、気になる方とかは?いらっしゃらないのですか?」


「私も聞いてみたかったわ!アン、よく聞けたわね。私は怖くて聞けないけど···」


 コホンッ、ひとつ咳払いをし「いない」ダンは無表情でアンに答えた。


「じゃぁ、セクレイト様はどうなんですか?いつも群がっている女性は、美人サンばかりじゃないですか?その中に気になる方とかはいないのですか?」


「いないね!香水が臭くて、顔なんか見れるかよ!」


 何かを思い出しているかのように、セクレイトはめちゃくちゃ不快な表情をして「ジャラジャラ付けてる宝石は、品がないし···」などと顔以前の問題だと指摘し始めた。


「アン様の婚約者の方は隣国の方だと伺っていますが、どのようにして決まったのですか?」


「フフッ、ダン様にこういった話を聞かれる日が来るなんて、夢にも思いませんでした。···私の婚約が決まったのは――」


 母親が隣国に留学したとき、お世話になっていたお宅の令嬢と仲良くなり、二人は留学後も連絡を続けていたという。その令嬢が、後のアンの婚約者の母親だということだ。

 そんな中、隣国の舞踏会に遊びに来ないかと招待されて、母親はその令嬢と一緒に舞踏会へと行ったのだとか。

 舞踏会でその令嬢に婚約者を紹介されたときに、その婚約者と一緒にいた友人が、その後アンの母親と恋仲になり婚姻した。···アンの父親はお婿さんだった。

 結婚後も仲良くしていた家同士、子供の生まれた年も近いので必然的に婚約が決まったのだという。


「なるほど。そんなに小さな頃から決められてしまって···相手に不服はないのか?」


「セクレイト様みたいに選び放題だったら不服も多くなるのでしょうが···そうですね、不服はないです!小さな頃から何度も会っているし性格も穏やかで優しい人なので、私には勿体ないくらいの方ですね」


「勿体ないとまでアンがいう方と是非お会いしたいわね···そうだわ!婚姻式に招待すればいいんだわ!急だけど、いいわよね!」


 セクレイトとダンの家族は公爵側でどのみち招待しているし、エリーの婚約者はセクレイトのお兄さんだし、やっぱりアンだけ一人は良くないわ。


「「「えぇー!今からですかー」」」


「もう、決めました!フフッ、それにアンの婚約者は転移魔法を使えるっていっていたわよね!今からでも十分、ま、に、あ、う、わ!」





 別邸に着くと扉は開かれていた。馬車に荷物を積み込み始めているようだ。

 扉からは、まだ出発する3人は出てきていない。


 エントランスから外まで聞こえる声にダンが様子を窺うと、マキシが顔を出してきた。


「マキシリアン。リュシエル様がお見送りに来たのだが···」


「今、二人は階段を下りてくるところだよ」


 ラフな格好をしたマキシに「斬新だわ」と普段着の格好に目をパチクリさせたあと、料理長が拵えた豆パンを渡す。

 焼き立てだからと、小腹が空いたら車内で食べるように伝える。

 マキシは、行きは馬車を使うが戻りは邸まで魔方陣を使い転移して帰ってくる予定だという。2週間くらいで戻れると思うといい、にこやかに笑みを浮かべた。

 その後「お待たせしました」といって、お揃いの三つ編みにした髪型でチェリーとウィルさんがエントランスから出てきた。


「おはようございます。リュシエル様!大変お世話になりした。それと、チェリーの事ですが···本当にありがとうございます」


 何度も何度も頭を下げるウィルさんの後ろから、チェリーが私の前に出てくると


「将来、必ず恩をお返しできるように頑張ります。準備ができ次第、直ぐに戻ってきます」


 ん?チェリーの顔つきが以前と変わった?

 この数日間で色々なことがあり、人生の一大決心までしたんだもんね。


「恩返しなんて、考えなくていいのよ!チェリーの歩みたい人生のために頑張りなさい。戻って来るまでに、チェリーの部屋を用意しておくわね。それと、チェリーがガトゥーラ候爵邸に来るころには、私はカリュザイール公爵邸に住んでいるの。生活を共にすることが出来ないのだけれど、ちょくちょく顔を見せにくるからね」


 そういうと、チェリーは少し淋しそうな顔をして微笑んだが、直ぐに表情を変え「はい」と笑顔で返してくれた。


 3人が馬車に乗り込むと、馬車がゆっくりと走り始める。そして、チェリーは私たちの姿が見えなくなるまで車内から両手を振り続けていた。





 目の前に広がるガトゥーラ領にある世界一澄んだ湖と呼ばれるタトゥル湖。青く澄んだ湖上が日差しを反射させ、ときおりキラキラと小舟の波紋を輝かせている。それに乗った貴族たちの優雅な時間を過ごしている光景を横目に、私たち親子は馬車で通り過ぎた。


 視線を前方に戻せば、目的地であるタトゥル街の街並みが見えてきた。街に入り、活気のある露店街を過ぎると有名店が軒並み並ぶ商店街がある。

 ガトゥーラ候爵家の馬車に気づいた領民たちが笑顔で手を振って出迎えてくれ、私と母様も馬車の中からそれに応え笑顔で手を振る。


 私の菓子店は、露店街を過ぎてから商店街へと入って直ぐの土地に建てていた。


「思いの外、大きな建物になっていますね」


「お父様が、リュシーが出店するのだからタトゥル商店街で一番大きな菓子店にするって、張り切ってしまった結果よ」


 建設中の店の前に馬車を停めると、建物の中から一人の男性が現れた。


「ガトゥーラ候爵夫人、お嬢様。お待ちしておりました。さ、さ、中へどうぞ」


「ガイアス、少し早く着いてしまいました。作業中のところごめんなさいね」


 ガイアスと母様が呼んだ、無精髭を生やし汚れた作業服を着ている彼はここの責任者だ。

 前に母様から紹介されたときは、ダンディーなオジサマ風の美男子で立派な衣装に髭も無かったような?候爵邸に挨拶に来て下さった彼とは、同一人物かと疑ってしまう。


「ガイアス様、お久しぶりでございます。顔も見せずに任せきりにしてしまい、申し訳ありませんでした」


「おいおい、候爵夫人もお嬢ちゃんも貴族なのに腰が低すぎるんだよな。平民相手にそれで、貴族の中でよくやっていけるな」


「ガイアスだって、元は候爵家の令息だったでしょう。貴方だって、貴族相手にその言葉遣いはないのではなくて?全く、自分のことを棚に上げすぎですよ」


 小さな頃から仲良しだったという二人は、店内に入ると昔を懐かしむかのように会話を弾ませた。


 候爵家の次男だったガイアス様は、建設の仕事がしたくて学院を卒業と同時に家を出たという。

 今では、建物や道路に橋などの建設を貴族らから請け負い、各建設業者に振り分けるなどの商団を立ち上げていて、ほとんど現場には出なくなっていたという。

 今回は、ガトゥーラ候爵家が自ら立ち上げる店だということでガイアス様が指揮を執ることにしたのだとか。


「とりあえず、直して欲しいところや足して欲しいところがあれば言ってくれ。お嬢様の希望に沿うようにするからさ」


「一通り見て参りましたが、このまま進めていただいて大丈夫です。裏側もとても気に入りました」


 私とガイアス様の会話に、母様が「裏側?」首を傾けた。


「あぁ、この店は2つの顔があるからな!···もしや?夫人は知らなかったのか?」


 実は、この建設中の建物は商店街のメイン通り側は菓子店なのだが、裏通り側は小さなパン屋になっているのだ。観光客や貴族などをターゲットにした菓子店と、領民たちの食事に欠かせないパンを安く販売するためのパン屋だ。


「ガイアス様、いつ頃完成予定になりますか?菓子職人の4人と見習いの4人がオープンの一月前には引っ越してくる予定なのです」


「そうだな、あと4ヶ月くらいかな?···オープン予定の2ヶ月前には完成するぞ。それより、店の看板だよ。店名決まったら言ってくれ」


 その後で、厨房にて使用する魔道具のリストを見直し道具の搬入前にまた来ると伝え店を出た。


 母様と外出するのは、とても久々で勉強になることが多い。建設中の店を出てから何軒もの店に二人で顔を出していく。母様は、店に入る度に「客数の入りはどうか?」とか「街の治安はどうか?」と聞いてまわっている。

 その間、買い物も忘れない。衝動買いでは?と思うくらいの量で、寝具店に行けば「あちらの寝具カバーを20セット候爵邸へ」菓子店では「詰め合わせを20箱」仕立屋では「タイピンを」宝飾店では「髪飾りとブローチを」···など、入店先で次々と購入していくのだ。途中昼食を挟んだが、買い物はまだ続くらしい。


「母様、そんなに大量に···もうそろそろいいのでは?」


「使用人らのお土産よ。まだ足りないでしょう?」


 彼らの働きに感謝して、毎回タトゥル街に来たときはこうしてお土産を買っているのだと。本来なら、露店も歩くのだが今日は時間がないので商店街で終わりにするといい、その後も酒屋でワイン、肉屋で肉の燻製などを購入して馬車に戻った。


 馬車に乗って、商店街と露店街の狭間にあるタトゥル街に駐屯している警護団の支部に移動する。支部の前には2人の警護団員が立っていた。


「御苦労様です。街の様子はどうですか?」


 母様は一度馬車を下り、目の前にいた団員らに声をかける。


「貧民街で、何件かいざこざなどがありました。その他、大きな事件は発生していません」


「警護団内では、どうですか?上司との衝突などは大丈夫でしょうか」


「はい。団内での問題もありません」


「分かりました。近い内に、また参りますので支団長にもよろしくお伝えください」


 やっと本日最後の仕事を終えたと、母様は御者に邸へ帰りますと伝えると馬車はまた動き出した。


 帰りの車内で、母様に「今日の収穫は何だか分かりましたか?」と聞かれる。


「どの店も客数の減少がなかったこと。事件も無く治安が安定している?でしょうか」


「そうね。それと、働きやすい職場であること。各店の奥にいた従業員たちを見ると不安な顔をしている者もいなく、笑顔が多かったと思うわ。何かしら問題がある店の従業員は、疲れ切った顔をしていたり領主が来店すると視線で訴えかけてくることが多いの。隅々まで見るのは無理だけど、ちょっとした様子で分かることには手を打ちやすいわ」


 そういった事を私に教えていなかったと思って、今日は勉強を兼ねた外出だったと母様は優しく微笑んだ。





 沐浴を終え、髪を乾かしているところにルキが私室へと入ってきた。


「おかえりなさい。今日は、遅かったの···ね···」


 淡い金髪の艷やかな髪をボサボサにして、目の下には薄っすらと隈が出来ている。それに加え、めちゃくちゃ不機嫌だ。


「先に体を洗いたい。その後で食事を頼む」


 ぶっきらぼうにそう言われ、私は侍女にルキの食事を私室に用意するように頼む。侍女が私室を出ていくと、ルキは私の手を引いてバスルームへ移動した。


 パッパッと衣服を脱ぐと薔薇の花弁が数枚浮いた湯船に浸かり「髪を洗ってくれ」と仏頂面で私をチラリと見た。


「はいはい」


 返事を返したあと、ルキの髪にブラシを入れて軽く梳かしてからお気に入りのシャンプーで彼の髪を洗う。ハーブのオイルを髪全体に馴染ませ、その後お湯でさっとオイルを流してタオルを巻いた。


「はい、できました」


 そういって、私がバスルームから出ようとすると「次は体を洗ってくれ」浴槽から出ながら、彼が私を呼び止めた。


 私は振り返り「はいはい」といって石鹸で泡を作る。泡を塗るように、彼の体に手の平で延ばしていく。途中、お湯を被せながら腕から首、背中、おしり、脚···そこから先は···無理だ。


···不味い!マジマジと見てしまった

···なんでこんなに大きくなってるのよ



「···さ、最後は自分で···できるわよね?」


 私がそれにタップリの泡を乗せてそう告げると、ルキはテキパキとそれを素早く洗った。

 そして、艶めいた瞳で私を見ると口角を上げる。


「リュシーの口で、もう一度洗ってくれ」


···な、なんと?

···どこで習ってきたんじゃい



 私は、頬をピクピクと引きつらせて苦笑いしながら視線をずらした。


「ご褒美をやるからと、庭園での食事は別のテーブルで我慢したぞ」


···あっ!覚えてたんだね

···私はすっかり忘れていましたが



 仏頂面はどこへやら?ニヤリ顔で私を見下ろしているではないか。


「今だって、ずっと欲しくて見ていただろう?恥ずかしいのか?顔が真っ赤だ」


 そして私は、約束したご褒美を頑張った。

 途中、濡れてしまった寝間着を剥ぎ取られいつの間にか一緒に浴槽へ入っていたが、その後は久しぶりの一緒の入浴時間を満喫した。


 遅い時間の食事を済ませた後で、お互いの今日の出来事を報告し合うが、徐々に眠気が押し寄せてきた。私は、抱きかかえられていたため彼の胸に何度かコクリコクリと頭をぶつけた。しかし、眠気には勝てそうもなく彼の声が段々遠のいていくと、急に唇を押しあてられた。


「ん、···ちょ···っとまっ···て」


「まだ、寝させるわけがないだろう?」


 またまた、ニヤリ顔で私を見下ろしているではないか。


「ま、まさか?」


「今だって、ずっと欲しくてスリスリしていただろう?」


···ち、違う!

···眠気を払っていただけなのにぃ



「大丈夫だ。眠気は俺が払ってやるから」





 次の日の朝。朝食の席で母様に、疲れ切った顔をしていると指摘された。


「昨日も、タトゥル街の街に行ってきたんだろう?このところ忙しい日が続いていて連日の疲れが出ているのではないのか?新しい事を始めるにしても、色々と頑張り過ぎるのもよくないぞ。程々にして、たまにはゆっくりしなさい」


 心配そうな表情を向けて、父様が覗き込んできた。


 私は直ぐさま笑顔を作り「大丈夫です」と、父様に言葉を返す。


「そうね、頑張りすぎるのもよくないわよ」


 そう言いながら、母様はルキを冷ややかな表情で見据えた。


「義父に言われたように、昨日も色々と頑張りましたからね」


 ルキは、ツヤツヤな顔でニマニマしながらとびきりの笑顔でそう話すと、テーブルの向かいにいた母様が大きなため息を吐いた。その様子で何かを悟った父様は、突然声を荒げだす。


「な、な、な!···やり過ぎ···頑張らせ過ぎだ!」


「過ぎていませんよ。程々にしていますから···ね、リュシー?」


 マジ勘弁して欲しい。私に振ってくるな。親に閨の報告をしろと?あり得ないよね?


 父様は眉間にシワを寄せプルプルしながら私を見てるし、母様は呆れた表情を浮かべているしで最悪なんですが――。


「姉様、頑張って下さい」


 何も理由が分からないカイルは、複雑な表情をしながら応援してくるし···。


 朝食も喉を通らなくなった気不味いこの空間の中で、ルキだけが満足そうに口角をあげていた。





 

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