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30話



 庭園での食事会も無事に終わり、邸の回廊を部屋に向かって歩いていると後ろから私を呼ぶ声がした。その声の方へ振り返ってみれば、マキシが駆け寄ってきた。


「マキシ?···何かあったの?」


 マキシは、私に付いて一緒に歩いていたアンをチラリと見たあと、少しだけ気不味そうな素振りをした。


「リュシエル様、友人として話したいこと···いや、相談したいことがあります」


 そういって、マキシはもう一度アンをチラリと見た。


 なるほど、ふたりきりで話をしたいらしい。私はアンを下がらせようかと彼女に視線を向けると、アンは私が口を開くより先に首を左右に振った。


「ふぅー。···では、ルキが戻ってきたら3人で話をしましょう。談話室で待っててくれる?」


 マキシはコクリと頷いて踵を返し、先に談話室へと向かっていった。


 談話室でのお茶の用意をアンにお願いし、私は私室にて急いで部屋着に着替えエントランスまで戻って来た。丁度ルキと、酔い潰れているダンを抱えた護衛騎士が邸内に入ってきたところだった。私の後ろにいたセクレイトにダンの介抱を頼み、ルキにマキシの件を伝えながら談話室へとふたりで移動した。


「···それで?俺たちの貴重な夜の時間を、お前に費やさなければならない話とはなんだ?もちろん、重大な話だよな?くだらない話だったら殺す」


 エントランスで私に向けた笑顔は何処へやら?


 談話室でマキシを待たせていると、回廊を歩きながら伝えるそばからみるみるルキの顔は笑顔から冷淡な表情に変わる。更に、扉を開けてマキシを見ると殺人鬼のような形相へと変貌した。


「くだらない話じゃないよ。重大な話だよ」


 一瞬ルキから目を背け、マキシは口を尖らせた。

 可愛らしい童顔のマキシが更に可愛らしくなり、私がその姿にホンワカと見入ってしまう。隣で小さく舌打ちをし「チッ、見過ぎだ」ルキが両手で私の顔を自分の方へと向き直した。


 アンがお茶を淹れ終わると私は彼女に目配せをする。すると、お替りのお茶の用意をして直ぐさま談話室から出ていった。



「相談したいことっていうのは、チェリーのことなんだ。チェリーと一緒にいて気がついたんだけど、彼女は魔力溜まりになっているんだよ」


 魔力溜まり···聞いたことがある。けれども、信じられなかった。魔力溜まりとは、言葉の通りで体に魔力が溜まってしまう先天性のものだ。しかし、今は昔と違って母の胎内から出てきたときにへその緒を魔法で切断する。それをすることで切断された部位から魔力が体内を巡り放出できるようになるのだ。


「魔力溜まりか?···彼女の年齢は?」


「それが、14才なんだ。どう見ても10才ぐらいにしか見えないだろ?」


 なんと、チェリーは魔力溜まりのため成長が滞っていたらしい。

 マキシの見解では、それに加えチェリーの魔力量は私に近い量を秘めていると。ということは、かなりの魔力保持者になる。

 そして、14年間魔力を放出出来なかった体を通常に戻すためには、徐々に魔力を外部に引き出して、体自身が魔力を放出できるようにしなくてはならないらしい。


「そこで、相談なんだけど。チェリーをガトゥーラ候爵家の養女に出来ないかなー?って、思って――」


「···?マキシの子爵家の方が養女にし易いわよね?でも、魔力溜まりからどう繋がったら養女の話になるの?」


 平民を候爵家の養女にするには、並大抵のことがない限り無理だろう。子爵の養女にする方が簡単だ。なのに何故ガトゥーラ候爵家を選んだのだろう?


「ん?マキシリアンは候爵だが?」


 するとルキは、大きく目を見開いた。信じられないとでも言うかのように私を見る。


···はっ?

···ん?えっ?



 見られた私の方が「今のはなに?」信じられないって感じなのだが――。



「知らなかったのか?」


「え、えぇぇー!ビブジョア子爵の令息よね?どういう事?マキシが候爵ってなに?」


 元々マキシは姓名が無かった。主従の紋様をルキに刻んだため、ルキの魔術師となりマキシは魔術の塔から出ることになった。そのときに陛下から候爵という爵位を賜ったということだった。


 そして、新たに得た爵位で学院を通うと最高上位貴族たちに不審を与えかねないため、一時的にビブジョア子爵の令息ということにして学院に入学した。


 私はその話の内容に、以前にルキからマキシの過去を聞いたときのことを思い出した「生まれてすぐに死んだことにされた」と彼はいっていた。


 このビオスブライト国では、爵位を授かってから6年間。当主が婚姻してから3年間は養子を迎え入れられないという決まりがある。そのため、マキシはガトゥーラ候爵家にチェリーをお願いしたいと思ったのだろう。


 しかし、なぜ養子なのか?マキシは続けて話すと、チェリーに毎日魔力を放出させるためだという。ガトゥーラ家ならば、マキシが毎日通うことが出来ると。そして、大量の魔力を使いこなせるように1年後に学院へ入学させたい旨を伝えられた。


「食事会で、シールドを展開していたのは···もしかして、その話をしていたの?」


 先ほどの疑問をその内容に続けて問うと、マキシは顔を赤らめた。


「あー。あれは···空間魔法の一種。魔方陣を展開していたんだ」


「どうして?あの場で魔方陣を行使する必要があったのかしら?」


 魔力を放出することが出来るか色々と試していたらしく、それをするに当たり体に触れていなければならなかったためだとか。

 焦り顔で「手を握っていただけだよー」といって、額の汗を拭っている。


「しかし、マキシリアンがチェリーにそこまでする必要はないだろう。魔術の塔から爵位のある家門を選んでもらい、事を成せばいいだけではないか?」


「だって、チェリーの魔力がさぁー。···俺の中を巡らせると気持ちがいいんだ。体内だけじゃなくて血液にまで他人の魔力を巡らせることが出来たなんて初めてなんだよー」


···はぁぁ?

···頬を染めて気持ち悪いんだけど

···貴方は少女趣味でしたか



「マキシリアンがよくても、チェリーは嫌かもしれないだろう?このことは、チェリーもそうだが母親にも確認しているのか?」


「ちょっと待て!イルキス様には言われたくないね!自分のときを棚に上げないでくれますかー。外堀埋めるの手伝ってやったよねー」


「チッ···分かった。協力しよう。だが、俺のときはリュシーとの将来の約束があったから出来たことだ。マキシリアンはどうだ?何事も無くか?子供を陥れるようで気が進まん」


「何事も無いわけではありません――」


 マキシは口角を上げてニンマリとルキを見る。


 その姿にルキは呆れ顔で「そうか」と一言いうと、これで話は終わりだとでもいうかのように、右手を上下に振りシッシとマキシに帰るように促した。





 次の日、私はカリュザイール公爵邸へ向かうため、チェリーとウィルさんが王都へ観光に行くことになっていたので、護衛と称してマキシに王都を案内するように話した。


 ルキは先に公爵邸へ向かって出発していたため、いつもなら馬車に同乗しているマキシも居ないので、久しぶりにひとりの時間を過ごし馬車に揺られてカリュザイール公爵邸へ向かった。


 カリュザイール邸に着くと使用人たちが私が到着するのを待ち構えていた。

 執事はルキと一緒に出かけたらしく、侍女頭のミネルバさんが前に出てきて使用人達を一人ずつ紹介していく。

 まだ入籍していないのに、奥様と呼ばれるのは恥ずかしいが後一月ちょっとでそうなる訳だからと、ミネルバさんが今から慣れるようにと言って微笑んだ。

 ほとんどの使用人を知ってはいたが、これからカリュザイール公爵邸の女主人として仕えてくれる彼らに敬意を込めて初めての挨拶をした。


 カリュザイール公爵邸を一部屋ずつ見ながら、私は使用人らにも要望などを聞く。住み始めている彼らに邸の不便さ等を聞いて修繕するため気になるところがあれば言うように伝える。最後に私室へと向かい扉を開いた。その中を隅々まで確認する。


「···ここは···?」


「奥様のお部屋になります!」


 私の後ろに控えていたエリーは、声を弾ませそう答えた。


「···部···屋···」


「はい!私も初めて入室させていただいたときは驚きましたが、素敵なお部屋ですよね」


 邸の中に、家がある。といえば分かりやすいだろうか。部屋の扉は玄関?キッチン、風呂、トイレ、寝室、···どうなっているの?


「···もしかして、イルキ···旦那様から何も聞いていないのですか?···そろそろ昼食になるので、お戻りになってるはずです。直接お伺いした方がよろしいかと――」


 哀れんでいるかのような視線を向けるエリーに、私は一度ため息を吐く。何となく想像がつく。多分···そうだろう。


 部屋を後にし、小ホールへ向かう。今日の昼食は、婚姻式後の披露宴の食事を決めるために、厨房の料理人たちが数多くの種類の料理を用意している。


 ホールに入ると、すでにルキの姿があった。各テーブルの上にたくさんの種類の料理が並べられていて、彼は料理長に何やら説明を受けているようだった。


「リュシー、邸は無事見終えたのかい?今、料理も全て出し終えたところなんだ」


 私の姿に気がつくと、ルキは料理を選ぼうといって試食を始めることになった。一品一口ずつ口に入れても、全品食べられなさそうな数が陳列されている。


「これだけの数があるんだ。リュシーと私はメインを決めよう。家の使用人は、みんな優秀な家門を背負っているから、他はみんなに任せよう」


 ルキがみんなに、各テーブルに分かれ意見をまとめて何品か決めるように話すと、我先にとアンとエリーはデザートのテーブルへ小走りで移動している。


 各テーブルで選ばれた何品かをミネルバさんと料理長で確認し、無事に披露宴の食事が決まった。


 午後からは、宝石商が王都からやってきた。最初に、ベルベットの布地で覆われた上品な箱を取り出すと、「ご確認下さい」と目の前で箱を開き渡される。婚姻式で私の頭部を飾るティアラだ。淡いアクアブルーと淡い藤色の宝石がいくつも施されていた。キラキラと輝くティアラの宝石は、輝く光が虹色を放っている。ルキが隣で「気に入ってくれた?」と顔を覗いてきた。


「とっても綺麗な光を放つのね。ダイヤで作るっていっていたでしょう?この宝石は···初めて見たわ。透明度が高くて素晴らしいわね。お互いの瞳の淡い色がとても気にいったわ」


「ん?これらはダイヤモンドだよ。城で眠っていたからいただいてきたんだ。この大きさに粉砕することができてよかったよ。リュシーのティアラには、絶対にこの石だと決めていたからね」


···ど、どういうこと?

···これらは···ま、まさかー!



「仕方ないだろう?私のデザインに合わせるには、あまりにも大きすぎたのだから」


「ちょ、ちょっと!嘘だと言ってよ!何考えてんのよ!こ、こ、国宝よ?分かってる?それも2つも?あ、あり得ないでしょう!」


「大丈夫だよ。国王陛下と王妃陛下には了承を得ているし、宝石だって眠らせておくよりいいだろう?それに、一粒だと分けられないが10粒なら分けられるから、子供が出来たらみんなでお揃いのアクセサリーにでも作り直すとしよう」


 ルキの言葉に呆気にとられ、私の開いた口は長い時間閉じることを忘れてしまった。


「国宝を割るなんて···私たちは震えが止まりませんでした。やっと、やっとお届けできました。毎晩、罰が怖くて眠ることもできませんでした」


 宝石商の方の目の下には、どす黒い隈が出来ていた。彼は涙目で私に語りかけていた「無理矢理やらされた」と···。


 その後で、真っ白なレースを施した箱を蓋を開けて渡された。今度は指輪だ。ふたりお揃いの指輪は、ティアラの宝石と同じものだった。私の指輪の中心にはルキの色、彼の指輪は私の色で回りには自分の色の石が散りばめられていた。


 その後も次から次へと出される度に確認し、最後に渡されたのは、砕かれた国宝の残りの石だった。···石だけではなく、粉まで入ってる。


「宝石の粉末は、加工したときに出たものです。国の宝ですから···す、全てお持ちしました」


 最後の大仕事を終え、ようやく肩の荷が降りたというような顔をしながら、彼は深くお辞儀をして扉から出ていく。

 何日も、気が気でなかっただろうに、今夜からはゆっくり眠れるといいのだが。私は彼の背中を見送りながら深く頭を下げた。




 

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