3話
「僕は褒美をもらえるだろうか?」
いつも淡い金髪の前髪を垂らしている彼が、今は王族の装いに合わせてオールバックにしている。その為か、麗しさを倍増させていつもより良く見えるアクアブルーの澄んだ瞳を潤わせ私の顔を覗き込んでいる。
······ふ、ふ、ふ「ふざけんな!」
······な、な「なんなの?」
······「私は何にも聞いてなかったわよ!」
心の声が漏れたところで、今更だ。
「可愛く瞳をうるうるさせたって、許さないんだから!あんたが頑張った話なんか知らないわよ」
思いを口にしたら止まらなくなり、次から次へ言葉が吐き出る。
「私だって······約束の未来を夢見て、ずっと頑張っていたわよ。学園に入学してからあんたの顔を見て、すぐにあのときの男の子だって分かったわ。でも······王子だった。約束なんか意味なかった。更に、バインダル公爵令嬢のリュシエンヌ様と婚約してた。ずっと夢見ていたあんたとの未来はそこで途切れたわ。約束なんかしなきゃよかった。それでも、目で追ってしまう自分が大嫌いだった。ずっと今日まで約束したことを後悔していたわ!」
大きく見開いたアクアブルーの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「······私だと·····気がついてくれてたんだね。ずっと、俺は······傷つけていたのか」
「ごめん。リュシエル、ごめんな」
謝りながら伸ばされた手は、私の頭を一撫でした後で体を引いて彼の胸に抱き寄せられた。
「約束は意味があったんだ。頑張ったから今を迎えてる。約束しなきゃ君を抱きしめられなかったかも知れない。後悔させた分、たくさんの幸せを君に捧げる」
「ずるいわよ。王族が涙を見せるなんて······」
「でも、俺は約束を破っていないよ。大人になった俺は君との約束を果たすんだ」
······『僕も大人になったら一緒に···』
······『配るときはいつも一緒···』
······『僕と結婚すればいつでも一緒に···』
······あっ、約束破られていないわ
······寧ろ、私が破る側にいたのか?
「大丈夫だよ。約束を果たすのはお互いこれからだから」
「勝手に私の頭の中を覗かないで!」
頭の中は流石に覗けないらしい。「君の百面相から大体分かるだけ」と、しれっと言いやがった。
「リュシエル。俺は幸せになるために、君を幸せにし続けると約束をしたい。俺と生涯を共にしてくれるかな?イエスなら、出会ったあの日の本当の姿に戻ってくれる?あの日、恋した君に会わせてほしい」
······ノーだったら?は、ないのね
······今度は私に約束を果たせと
······『うん。約束よ』
そして、彼は私をそっと胸から離して優しく微笑み、唇を私の唇に重ねた。
☆
互いの唇が離れると、なぜか拍手の嵐が······。
······「ああっー!外野がいたんだった」
またまた心の声が漏れたが、今更だ。
父は困り顔だが、母からは怒りの形相で睨みつけられた。
そして、陛下と王妃様は直ぐ様部屋を出て行った。同時にドアからは王妃様付きの侍女だという3人が入室し、イルキス殿下から私を引き剥がし、泣き腫らした顔を化粧で修復?しはじめ、ドレスのシワを取り除き完璧な装いに仕立てあげた。
「髪の色が変わったので、ドレスに合わせて髪の結いかたを少々変えさせていただきます」
侍女のひとりがサイドを緩く編み込んでいく。そしてアメジストとアクアブルー色のダイヤで作られた小さな髪飾りを幾つか差し込んでくれた。
支度が終わるころ両親も先に後夜祭の会場へと移って行った。母はすれ違いざまに「言葉遣い気を付けなさい」と一言説教してから出て行った。
「お待たせしました」
衝立から出てきた私の姿を見たイルキス殿下は「マテ」と長い時間待たされた子犬のように、またもや瞳をうるうるさせて、直ぐ様私の腰に手を回して抱き寄せた。いや、ぎゅうぎゅうと締め付けてきた。
······く、苦し、い
「殿下!いい加減になさい!」
一番年配と思われる侍女が、イルキス殿下を怒鳴りつけると、私を引き剥がしてくれた。
「いくつになってもそんなんじゃ、婚姻前に逃げられますよ」
目をつり上げて説教しはじめた侍女は、もとはイルキス殿下の乳母だったらしい。
私の後ろにいた侍女が、耳元でこっそり教えてくれた。
そして、ドアのノック音の後に「そろそろ向かわれるお時間です」と声が聞こえた。
「リュシエル。行こう」
「はい」
腕を絡ませてきたイルキス殿下を見上げニコリと微笑むと、瞬時に耳まで真っ赤にさせ、空いている手で顔を覆い隠しながら「今すぐ襲いたい」などと心の声がダダ漏れた。
ドアを開けたところで後ろを振り返り「行って参ります」侍女らに告げる。
乳母だったという侍女が「頑張って下さいまし」と、送り出してくれた。
騎士を先頭にして会場に向かう。気がつけば長かったはずの回廊の前には、いつの間にか会場の扉が見えた。
「今更、言うことではないと思うことと······今、言うことではないことなのだが?」
「な、なに?言ってみて?」
突然、彼は真剣な顔をこちらに向けてきた。
「うん。今から私のことをルキと呼ぶように。私はリュシーと呼ぶからね。···そのドレスは、今日の日ために私がデザインしてプレゼントしたんだよ。それと今更だが、今から婚約発表だからね」
「はっ?」
「それと、俺は婚姻するまで我慢できないから。今までずっと頑張ってきたんだ、もう我慢することはできないから···ね···」
「な、何を···?」
「早く妊娠させたいな。子供はたくさん欲しいしね」
「······に、妊娠?」
何を言われたか理解できずに放心状態になってしまった。私が自我を取り戻したのは、軽いリップ音が聞こえたからだ。
「えっ?」
「······もう扉を開けていますが···」
彼を背にして開かれていた扉の向こうには、大勢の人の視線がこちらを向いていた。その中で、一人だけこちらを睨みつけて見ている女性と目が合った。
······ヤバい。母様だ
······帰ったら永遠のお説教じゃん
そして二人は大歓声の中、会場に足を踏み入れたのだ。
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