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29話

お読み下さりありがとうございます



 母様に呼ばれ、出来たてのパンを持って執務室の扉を開く。丁度母様は休憩中で、執務机前のソファーに座りお茶を飲みながら執事であるライモンド叔父様と楽しそうに会話を弾ませていた。


「お母様、試食のパンが焼き上がったので持ってきたの。ライモンド叔父様も食べてみて!2人の感想を聞かせていただきたいわ」


 2人は目を丸くして「パン?」不思議そうに私の差し出した籠の中身を確認している。


「厨房にこもって菓子を作っていたのではなく、パンを作っていたのかい?」


 ライモンド叔父様が私を見上げた。


「うん。今日はパンなの。でも、食事で食べるパンとは違うのよ!菓子のようなパンを作ってみたの」


 母様が籠の中から手に持って取り出したのは、あんぱんだ。それを縦に割りふたつにしすると片方をライモンド叔父様に手渡した。


「リュシー、中に入っているものは何かしら?凄く不気味な色でドロリとしてる。口に入れるのが怖いわ」


 母様は眉を下げ、あんぱんを見ながら不快な微笑みを浮かべた。


「大丈夫よ!それは、豆を潰しながら煮たものよ。甘くて美味しいから勇気を出して食べてみて」


 先にライモンド叔父様が、パクリと口に入れてモグモグと食べ始めた「ほう。これが豆か」と呟くと、母様も恐る恐るパンを口に運んだ。


「どうかしら?」


「そうね。ドロリとした煮た豆がパンと一緒に···美味しいとは思う。でも、次にまた食べたいとは思えないわ」


「そうかい?私は、甘過ぎずパンと口の中で混ざり合いながらしっとりしていき美味かったよ」


 次に、豆を粒の形のまま煮たものをパン生地に混ぜ合わせて焼き上げた豆パンを試食してもらうと、こちらは好評だった。


「あっ、そういえば···私は呼ばれて執務室に来たのでしたね」


「ライモンドと話していたのだけれど、別邸での今夜のディナーを庭園にしてみたら?部屋の中でばかりだと息がつまるだろうし。貴族の屋敷に泊まるなんて初めてで緊張してるでしょうから、今夜は貴女もそちらで食事をしたらどうかと思って」


 なるほど。言われるまで全く気が付かなかった。確かに母様の言う通りだ。候爵夫人である母様が、平民の気遣いまで出来ることを誇りに思う。私がこの家に生まれてきたことを神に感謝したい。


「母様、叔父様もありがとう。ふたりとも、とても喜んでくれると思います」


「フフッ、今夜は小さなブッフェ風にして、好きな物をたくさん食べられるようにしましょう。ライモンド、お願いしますね」


 ライモンド叔父様は、「お任せ下さい」とにこやかに笑みを浮かべた。


「そうだわ!叔父様。せっかくなので私の護衛の3人にも一緒に食事を楽しませたいわ。リンドールでは、チェリーとウィルさんとも親しくしていたので、気兼ねなく話ができる人がいると食事も会話も弾むわよね」


「じゃぁ、肉料理を多目に用意させるとするか」


「それなら、庭園で仕事をしている使用人たちも全員一緒に食事をさせなさい。彼らは貴族の令嬢令息なのだから仕事といっても平民の世話をするなんて、プライドを崩させてしまっているわけだし。まぁ、イルキス様がいることで口も出せなく上手く回ると思うけれど···」


「そうね。平民の席に元王子がいるんですものね。ルキをうまく活用します。···あっ、叔父様!それと、ワインもお願いしますわね」


 叔父様がクスクスと笑いながら席を立ち執務室から出ていくと、母様は呆れ顔で「飲み過ぎないように」と言いながら執務机に移動した。





 別邸の庭園には簡易式のテントが張られた。松明が数ヶ所に設置され、その炎がテント内を明るく取り囲む。

 何台かのワゴン列の上には美味しそうな料理が並んでいて、反対側に置かれているワゴンの上にはカラフルなフルーツとワインの他にもカクテルや果実水などの飲み物が用意されていた。


 使用人は気さくな人を選び数も最小限にしたし、チェリーとウィルさんがなるべく気負わないように、私自身が細心の注意を払うようにしようと考えた。


 問題は、使用人を選んではみたが、使用人といっても貴族だ。貴族が平民と共に食事をする。それと、ディナーの用意を貴族がして平民をもてなすなんて本来ならばあり得ない。ルキと私が一緒にいることで、使用人たちの気持ちが少しは晴れるといいのだが。


 それと同時に思うことは、2日後にはチェリーとウィルさんはまた遠い距離を移動する。初めて来たという王都を楽しんで、いい思い出になるといいなーということだ。


 ルキと一緒に庭園まで歩いて来る途中で、今夜のディナーについて私の考えている作戦を彼に話す。


「ルキ、今夜は別々のテーブルに座ってね」


「嫌だ」


 かなりの仏頂面で私を見下ろすと、ルキは私の腰に腕を回して強引に引き寄せた。


「4つのテーブルを用意したのよ。ルキが座るテーブルにダン様。私のテーブルにウィルさん。マキシのテーブルにチェリー。それと最後にセクレイト様のテーブル···そして、それぞれの空いた席に使用人らが座るの」


「はぁ――。俺の返事が聞こえなかったのか?」


 更に彼は、眉間のシワをより深めて私を睨んでは、長いため息を吐きだした。


「とりあえず、ルキは機嫌を悪くしないこと。話し掛けられたらそれに応えて返事をすること。会話するのよ!···か·い·わ!分かるわね」


「なぜ俺がわざわざ気を遣わなきゃならない?嫌だからな」


「ルキ。やれば出来るわ!···きちんと出来たら、ご褒美をあげるからね。···ご·ほ·う·び!」


 上目遣いで瞳をウルウルさせた後、可愛らしくコテンと頭を傾けルキの胸に押し付ける。その間「ゴクリッ」と彼の喉で音がしたが、何の音だったのか?分からないが、まぁいいだろう。


「···褒美?···では、別のテーブルに座ることで褒美がひとつ。きちんと出来たらもう一つだ。それと、リュシーの願い事を聞くごとに増えていくからな」 


 顔を上げて彼の顔を確認すると、険しい顔も一瞬で晴れやかに戻っていた。


···フフッ。チョロイわね!

···ご褒美って、いい響きだもんね!

···次回も、使いまくろう!



「了解よ!···???」


 私の返事に、彼はニヤリと目を細め口角を上げた。


 私は、何故かブルリと震え···寒くないのに?なんでかな?···そして、この約束したご褒美。後で、めちゃくちゃ後悔することになった。





 食事が始まると私のテーブルには、ウィルさんと私付きの侍女のアン、なぜか庭師と御者まで着席している。

 確か···使用人の人数を7人くらいにしたような?ざっと見回してみたが、どう見てもその倍以上の人数がいる?気のせいではないよね?


 人数の多さに目をパチクリさせながら首を左右に回していると、アンが隣の席から私の耳元に顔を近づけてきた。


「実は···今、本邸には4人しか残っていません」


···な、なんとなー

···もしや、仕事放棄してきてるわけ?



「当初の7人は最後までいますが、余計な人たちは少ししたら帰ることになっています。奥様には了承を得ておりますので御安心下さい」


 目の前にいる御者と庭師の2人を見れば、皿の上には山のようにお肉が積まれていた。大きな口を開けパクパクと美味しそうに食べている。そんな2人と自然な笑顔を見せ会話を挟みながら、ウィルさんは楽しく食事をしているようだ。


 私とアンも食事を取りにワゴンへ向かうと、セクレイトのテーブルには順番待ちをしている侍女らが並んでいた。可哀想に、セクレイトは侍女らの餌食になってしまったらしい。

 更に視線を動かすと、マキシとチェリーの席は2人だけだし、ルキとダンのテーブルは母様付きの侍女らが陣取っているしで、なんとも言い難い食事会になっている。


 時間が経つに連れ、ポツリポツリと使用人たちは本邸へと戻って行くと、先ほどまでのガヤガヤとした雰囲気は無くなり穏やかな時間が流れ出す。


 チラリとセクレイトのテーブルに目をやれば、警備の騎士たちが順番で食事にきているようだ。彼は笑顔でワインを飲み、騎士たちと談笑している。

 しかし、マキシのテーブルはというと、未だチェリーと2人だけだ。フルーツを食べながら楽しく会話を弾ませているようだ···が、どうしてだろう?よく見ると、シールドが張ってある?何かあったのだろうか?何のためのシールドなのかを後でマキシに聞いてみることにし、ルキのテーブルに視線をずらす。

 ダンがグラスを片手に···もう片方の手にはワインのボトルを持っていた。···あれは誰?見てはいけなかったかも。ダンは顔を真っ赤にし目は虚ろ、何も言葉は発していなくニコニコと微笑んでいるだけのようだ···キモい。美青年が台無しだ。

 それを吹き出しそうな顔で見ているルキは、私の視線に気がついた。こちらを見て、片目の瞼を一瞬閉じる。こちらは毎度のことながら、何かしら企んでいるかのようにニヤリとした笑顔を私に向けた。


 食事も終盤に差しかかると、私のテーブルに座っているのはウィルさんとアンだけになった。ワインを飲んでいるせいか気楽な言葉で会話も弾んでいた。


「チェリーちゃんのお父様は、今回はお留守番をしているのですか?」


 アンの何気ない一言だった。


「いいえ。旦那様は二年前に事故で他界しています」


「えっ!·····」


「アンリエッタ様、気にしないで下さい。今では、チェリーと楽しい日々を送っていますから――」


 ウィルさんは、穏やかな表情で過去を話しだす。


 話を聞くと、ウィルさんの旦那様はナイジェ男爵だった。リンドールの南にある、農業が盛んな小さな町に住んでいたという。

 リンドールの街での商売の帰りに馬車に乗ろうとしたところ、後方から来る馬車の前に女の子が飛び出したらしく、助けようとした際に旦那様が馬車の馬に蹴られてしまいこの世を去ったということだった。

 そのため、ナイジェ男爵を旦那様の弟夫婦が継ぐことになり、ウィルさんとチェリーは旦那様のリンドールでの商売相手だった今の豆の卸問屋にお世話になっているのだと。


「豆の卸問屋は、リンドール伯爵様の商会なのよ。とっても良くしていただいて···今回も、旅行がてら楽しんでおいでって言って下さったのです」


「そうだったのですね。その方と再婚などは?」


「フフッ。囲われている訳ではないのですよ。リンドール伯爵様には奥様がいらっしゃいますし、お孫さんたちで手がいっぱいですわ。アンリエッタ様はどうなのですか?お綺麗なのでたくさんの求婚相手がいらっしゃるでしょう?それとも、もうお決まりの方がいらっしゃるのかしら?」


「···リュシエル様にもこれから話をしようと思っていて、まだ話せずにいたのですが···幼い頃からの婚約者がいます。隣国の伯爵家の方です。約2年後に婚姻の約束をしております」


「ちょっと、アン!し、知らなかったわ」


 侍女でいられるのも、後1年くらいだといい瞼を一度落すと、瞬時に目を開きニタリと含みのある笑顔で「エリーより先に幸せになります」とこの場にいないエリーに勝ち誇ったように、右手を掲げ拳を振り上げた。


「おめでとう。···そうなのね。···隣国かぁー。会えなくなっちゃうわね――」


 喜ばしいことだが、長年一緒にいた彼女がいなくなると思うと、淋しいという感情がポロリと口から漏れ出した。


「いえ!何なら毎日会えますよ!」


 アンってば飲み過ぎてるの?不思議な表情で彼女の顔を覗き見ると。


「私が嫁ぐ伯爵家は、皆さん転移魔法を使えるのです。だから、たまに会いにきますね!」


 そういって席を立つと、アンは仁王立ちになり腕を胸の前に組んで「いつでも駆けつけます」なんて、顔を赤らめながら言ってくれた。

 恥ずかしいのか?酔っているのか?分からないが、そう言葉にされると私の心はとても温かくなった。



 食事も終わると使用人たちは、庭園の席を片づけ始めた。私も率先して手伝いをはじめると、チェリーとウィルさんは、テーブルの上にある皿やグラスをテキパキとまとめて片づけを手伝ってくれた。


 使用人らは困り顔で私たちを止めたが、一緒に片づけをしたいのだとお願いする。ワゴンの前では、マキシが転移魔法で次々と厨房へワゴンを送ってくれたので、あっという間に片づけ終了。



 その後は、チェリーとウィルさんが別邸へと帰っていくのを見送ると、私も使用人らと会話を弾ませながら夜道を邸まで歩いていく。

 ルキには、酔い潰れるまでワインを飲ませた罰として、ダンを任せて――。



 



誤字脱字、申し訳ありません


今回、足踏みした内容でしたので

次話は加速しようと思います


次の投稿は、一週間後くらいに

なります



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