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28話

いつもお読み下さりありがとうございます。





「チェリーちゃん!ウィルさん!ガトゥーラ邸へようこそ」



 馬車から下り立った親子は、栗色の巻き髪を一本の三つ編みにし毛先をピンクのリボンで飾ってお揃いの髪型で登場した。


 チェリーちゃんが、大きく手を左右に振りながら私に駆け寄ってくる。その可愛いらしい姿を見て、私も大きく手を振って笑顔で応える。


 久しぶりの再会に、4つのピンク色した瞳がキラキラと陽の光に反射して宝石のように光り輝いている。


「リュシエル様!大きなお家でビックリしたわ!」


「チェリー」


「あっ、ごめんなさい。···お久しぶりです。またお会いできて···嬉しいです」


「娘が無礼を···申し訳ございません」

「お久しぶりでございます。本日は、リュシエル様へご購入していただいた豆をお持ちさせて頂きました」



 チェリーちゃんに一喝入るウィルさんを見ると、先日訪れたリンドオーラでの微笑ましい親子の会話を思い出し、クスリと笑ってしまった。


「王都まで配達してくれてありがとう!それと、ウィルさんもチェリーちゃんも堅苦しいのは無しよ!せっかくお友達として出会えたのだから、素のままで接して欲しいわ。お願い。私もそうするからね!」


「うん!分かった」


「チェリーったら、まったく。分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」


「フフッ。先に邸の中を案内してから部屋に移動するわね!こっちよ」



 ガトゥーラ邸の別邸の扉から中に入ると、2人はキョロキョロと見回しながら三つ編みにされた髪の束を右に左に忙しなく揺れ動かし、回廊を私の後に付いて歩いてくる。チェリーちゃんは今にも転びそうな様子で、その後ろを使用人がオロオロと心配しながらついてきた。一通り使用するような場所を案内した後で、2人の寝泊まりする部屋に入った。



「わぁー、素敵!素敵なお部屋だわー!広い!広すぎる!あ、お母さん見てーベットが大きい5人で寝れるよ!···リュシエル様、ありがとう!」


「気に入ってもらえてよかった!それと、2人にお願いがあるの。リュシエル様って呼ばれるのは···リュシーって呼んでくれる?可愛い妹みたいなチェリーちゃんと、綺麗なお姉さんのようなウィルさんに様付けで呼ばれるのは辛いわね」


「分かったわ!リュシー姉さん!で、どうかしら?私の事も、ちゃん付けしないでチェリーって呼んでね」



 別邸の東側にある庭園の四阿で、3人でお喋りをしながら昼食を摂っていると、次第にコクリコクリとチェリーの頭が上下に動き出す。 


「あらあら、チェリーったら」


「長旅で疲れたんでしょ。俺が部屋まで連れてくよー。チェリー、抱っこするね!」


 背後から現れたマキシがチェリーの横に立つと、急に現れたマキシにウィルさんが目を丸くして驚いた。


 そして、チェリーを抱き上げると「あらら、もう寝てる」といいながら、そのまま抱えてスタスタと別邸へと歩いて行った。


 これには私も驚いた。あの面倒くさがりのマキシが、あのダラダラマキシが、あの仕事しないマキシが···自ら動いたのだ。


 私がポカンとマキシの後ろ姿を見続けていると「リュシーさん?大丈夫?」ウィルさんが私のすぐ目の前で手を振り視線を遮る。私は我に返ると瞬時に斜め右後ろを振り返り、ダンの顔を見た。

 ダンは両手を左右に広げ、『分からない』と首を傾げたので、今度は斜め左後ろに首を振りセクレイトに視線を送る。セクレイトは、左手首に肘を付き右手を顎に添えながらマキシの姿を穏やかに微笑んで見ていた。






 午後からは、ウィルさんとチェリーには別邸にてゆっくりくつろいでもらうことにし、ディナーの約束をしてから私は急いで本邸へと戻ってきた。


···早く、早く会いたい

···とても待ち遠しかった



 本邸の扉をバンと開けてしまったが仕方がない。


「···どこ?···どこなの?」


 逸る気持ちが抑えられない。


 すると、音もさせずに階段を下りてきた執事は「淑女教育初級からやり直しですな」と大きなため息を吐いた。


「ゲッ!ライモンド叔父様!ご、ごめんなさい」


 普通なら執事に謝るなんてだが···ガトゥーラ邸の執事は、私の叔父なのだ。母様の弟のライモンド叔父様はキレッキレの執事だが、来客がない限り邸の中では叔父として対応をしている。怒ると怖いのだが。


「はぁー。リュシー、そんなでは公爵夫人としてやっていけないぞ。イルキス様が笑われるのだから、普段から淑女らしくしなさい」


「はい。申し訳ございませんでした」


「リュシーの探しものは···一足先に厨房へ行かれたよ。そちらでリュシーに会えるのを待ちわびているはずだ」


「本当ですか?ありがとう、ライモンド叔父様」



 さすがモンド叔父様!邸の中のことは、全てまるっとお見通しだ。なんだかんだ言いながらも、めちゃくちゃ甘い!姪と甥にはアマアマ叔父様なのだ。


 厨房の扉の前に着き深呼吸を数度繰り返し、高ぶる気持ちを落ち着かせてから扉を開く。


「みんなー!お待たせー!会いたかったわー!」


 厨房のみんなが手を止めて、何事かあったのかという顔で私を見たが、そのまま視線を戻して仕事を再開し始めた。


 私は厨房内をキョロキョロと見回す。すると右の壁面に添うように、主が来るまで一先ず置かれていたそれを発見した。袋を一袋づつ丁寧に開封していく。手に取りパラパラパラパラ···愛しの豆を確認!


「やっと再会できたわね!会いたかったわー。さぁさぁ、長旅で疲れたでしょうから、お風呂に入りましょうね」


 さっそく小鍋にお湯を沸かし、種類別に一掴み分の豆を茹でてみた。料理長が次々に私に指示を出す。


「こちら、茹で上がりました。あっ、こちらもです。···これも、隣の豆も···」


···料理長、恐るべし

···見ただけで分かるって、さすがだわ



 そして、いつの間にか次々と豆をザルに上げていく料理人たち。料理長の声で動いてしまう性なのだろう。

 えー、あなた達の仕事ではないのですが?私の楽しみにしていた豆仕事を取らないで欲しい。


 種類別に小皿に載せた茹で上がった豆を1粒、また1粒と口に入れて確かめる。黄色い油豆以外は茹でて良しだった。


 次に、料理人に手伝ってもらい黄色以外の豆を砂糖で煮詰め始める。煮詰め終るころに火から下ろし粗熱がとれ常温になるまで待つように話すと、私は赤茶豆と粒赤茶豆を使って餡作りに挑戦した。


 私が餡を作りはじめると、暇を持て余している料理長が私の傍から離れない。ジッと見られているのも不快なので、餡を作り終わったらパン生地を作るつもりでいたが、そちらを料理長に任せることにした。


「料理長、朝食のときに食べている丸パンの生地を作って欲しいのですが。いつもより、少し塩分を多めに入れて下さい」


 目を丸くして料理長が「えっ?丸パンの生地?」焼かなくていいのかと聞いてきた。


「はい。煮豆を混ぜてから焼く予定です。それと、私の作っている餡を入れたパンも焼きたいので生地の量は沢山あった方がいいです。出来上がったら皆で試食しましょうね」


 料理長の問いにそう言葉を返すと、シブシブ私のそばから離れてパン生地作りを始めた。こちらの世界では、前世と違いホップイの木の樹液を混ぜるだけでパン生地が発酵するので、パンを作るのに時間が掛からない。捏ねて焼くだけなので、すぐ出来る。


 私の餡が出来上がると、煮詰めた豆も常温まで冷めていたので1粒、また1粒と口の中に放り込む。茹でたときのパサパサ感もなくなり、味も良し!


 出来上がったパン生地に煮豆を軽く混ぜ合わせ、焼板に丸めたものを1つずつ並べると、その上にどの豆のパンだかを分かるように豆を押し載せてから火に掛けた。残りの煮豆も同じように焼いて欲しいと料理人らに任せて、私は出来たての餡で、小さなあんぱんを作った。


 次々と焼き上がっていくパン。前世で大好きだったパン。


 はやる気持ちを落ち着かせ、私が調理している間に厨房脇のテーブルの上にうつ伏せになって昼寝をしているマキシを起こした。


「マキシ!起きて!」


「ん、今···起きるからー。はぁーよく寝たー」


 両手を掲げ伸びをしながら起きたマキシに、新しいパンが焼き上がったからセクレイトとダンを呼ぶように話す。目の前でマキシが魔法を発動すると、直ぐに厨房扉が開き2人が現れた。


 私がテーブルの上を拭いた後、焼き上がった出来たてのパンたちが置かれて行く。椅子の数が少ないので、みんな立ち食いで試食をすることにした。


「それではどうぞ召し上がれ!」


 私がパンを2つに割ると、中から薄っすら湯気が立ち上がる。そしてパクリと口の中へ――。モグモグと食べるそれは、懐かしい豆パンの味だった。


···出来た。ちゃんと出来てる

···今世でまた豆パンが食べられるなんて

···シュウちゃんにも食べさせたい



「そんなに嬉しかったの?リュシエル様?」


 隣で立っているマキシの手が伸びてきて、私の顔に触れた。

 気がつけば厨房のみんなは食べる口を止めて、瞬きするのも忘れたかのように私をじっと見ていた。


「ん?みんな、どうしたの?美味しいわよね?」


 この雰囲気の意味が分からず、私は首を傾げた。


「リュシエル様の頬に涙が流れていたから、みんな驚いているんだよね」


 耳元でコッソリとマキシが話すと、私は自分の手で頬を触った。あらら、いつの間に?


···そうか

···懐かしい味は

···嬉しくて、なんだか切ないな



「···みんな、ありがとう。みんなのお陰で豆パンが完成したわ!食べてみてどうだったかしら?パンなのに甘いでしょう。菓子とパンを合わせた菓子パンよ!私は菓子パンを商品にしたいのだけれど。甘いパンを食べた感想を聞かせて」


 そう。この世界には甘いパンがない。ジャムはあるのだが、パンに付けて食べるのではなく紅茶に入れて嗜むのが一般的だ。


 料理長は、パン自体は美味しいが甘いパンで食事をするとなると難しいのではないかと発言した。他の料理人らも同意見のようだ。


「うん。食事のときのパンだと、肉や魚と合わないものね」


 では、いつ食べるのかと···みんな興味を示してきた。


「軽食よ!それは、みんなが知っているティータイムで食べるパンになります。本来ならば、お茶と焼き菓子よね!その焼き菓子の代わりが菓子パンなの」


「「「·····」」」


「斬新でしょう!でもね、ちょっと考えてみて!そのティータイムの時間って、ちょっと小腹が空いてるから焼き菓子をパクパク食べられるわよね!」

「お腹が空くと食事をしたくなるでしょう?ティータイムは甘い物が食べたいでしょう?そのため、パンと菓子を合わせた食べ物が菓子パンよ」


「「「·····」」」


「お腹も満たすし、甘い物も満たされるわ!どうかしら?」


「リュシエル様、いいと思います。騎士の奴らも喜びますよ。休憩のときに甘い物ばかりで、食べ始めたのはいいんですが食べ終わるころには甘くて気持ち悪くなることが多くて···」


「そう言われると···私達も食事を作る前の休憩時間で菓子を食べてから作り始めますが、たまに気持ち悪くなるのは甘い菓子を食べすぎているからかも――」


「そうでしょう!そうでしょう!」


 この場で、明日からのガトゥーラ邸のティータイムでは、焼き菓子をやめて菓子パンになり、使用人たちの休憩時間の焼き菓子を菓子パンに代えることに決定した。


「料理長。これを――」


 私は、何枚かの用紙を料理長に渡す。料理長は、それをパラパラとめくり、ざっと目を通した後「こ、これは――」驚いた顔で私に視線を戻した。


「私の、菓子パンレシピです。今日の菓子パンは、上級者向けでした。明日からの菓子パンは、そちらの初心者向けから始めてみて下さい」


···きなこも作りたいな

···揚げパン。食べたいなー



「リュ、リュシエル様」


「どうしたの?」


···まさかの、料理長の驚いた顔!

···菓子パンの種類に驚いたわね



「このグシャグシャした絵?は何でしょうか?···それと、できれば上級者向けのレシピをお願いします。初心者向けのレシピは···簡単過ぎてレシピはいらないかと――」


 そこまで言った料理長は、私のヒクヒクと引きつった顔を見て慌てて両手で自らの口を抑えた。


「グシャグシャした絵?···それは、完成した菓子パンの絵です!」


 まったく失礼だ。上級者向けのレシピを作るときには立体感を出してパンの挿し絵に更に色を付けて、料理長をギャフンと言わせてみせるわ!


 小さな闘志を燃やしていると、厨房の扉が開かれ母様の侍女が顔を出した。


「リュシエル様、奥様がお呼びです」


 侍女に母様は執務室で待っているといわれ、私はでき上がったパンを籠に入れて執務室へと向かった。


誤字脱字、

申し訳ありません。


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