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27話

お読み下さりありがとうございます



 ファイニールを出発してから10日後、雨も降らず天候にも恵まれた私たちは、予定よりも2日も早く王都に帰って来ることができた。

 私たちが戻ってくる5日前には、カリュザイール公爵邸が完成したらしく、邸には家具なども運び入れられていて使用人たちも4日前から入邸しており、後は主人の帰りを待つだけになっているとか――。


 今朝方、ルキが宿にて朝食を食べたあとで、ファイニール領まで一緒に旅をした使用人たちに、この後は公爵邸へ移動するようにと伝えた。そしてルキは、一先ずガトゥーラ邸にて一泊してから、明日に新公爵邸へ向かうという予定を告げる。


 侍女頭のミネルバさんは、一晩で使用人達をまとめられないので寝泊まりだけは二晩ガトゥーラ邸でお願いしますと、やる気に満ち溢れている。長旅で何もしていない私でさえ疲れているのに、ミネルバさんの元気の源はどこからくるのですか?と問いたくなる。···聞かないけどね。


 それと、リンドオーラの街を出発したチェリーちゃんとウィルさん親子も、後3日後には豆を携えて王都に到着する予定だということだ。

 

 ガトゥーラ邸の門をくぐり玄関前までくると、ガトゥーラ家の使用人たちが馬車から下りる私たちを出迎えてくれた。


「「「お帰りなさいませ」」」


「ただ今戻りました」


 久しぶりの我が家のみんなの笑顔に、胸がキューと熱くなる。夕方の忙しい時間にもかかわらず、ほとんどの使用人たちが出迎えてくれているみたいだ。


「リュシエル様!お疲れでしょう?先に入浴してからゆっくりされますか?」


「うん。そうするわ!たくさんお土産を買ってきたから、食事の前に、みんなに渡すわね!」


 自室に戻ると、不在の間も毎日掃除をしてくれていたのがわかるほど綺麗にされていた。そして、いつもの場所に配置された切り花を見ると、帰ってきたことを実感する。


 今朝まで一緒にいた私付きの侍女は、先にカリュザイール公爵邸へと向かってくれた。

 彼女らの自室は気に入ってもらえたかな?カリュザイール公爵邸に作られた侍女らの部屋は、ガトゥーラ候爵邸の部屋の倍の広さがあるのだ。

 休みの日など自邸に帰らないときでもゆっくり出来るようにしたくて、ルキにお願いしたのだ。

 壁紙は、候爵邸と同じアイボリー色に薄い桃色と茶色の模様が入ったものを選んでシンプルにしてみたのだが、後で感想を聞いてみよう。


「お嬢さ···リュシエル様、お付きの2人が公爵邸に向かわれたので、私たちが入浴のお手伝いをさせていただきます」


 母付きの侍女らが入室してくると、その後からやってきたルキが、


「リュシーの用意は、私がやるから君たちは下がっていい」


 おいおい!母の侍女らに何てことを言ってくれてんだ!あからさま過ぎだろう。


「あらあら、お若いっていいわねー。では、公爵様に甘えさせていただきましょう」


「そうですわね。公爵様、宜しくお願い致します。そうそう、候爵家ではリュシエル様がお戻りになったことで、本日のディナーはシェフもいつもより腕を奮っておりますの」


「公爵様も御一緒にお食事できることを、みんな楽しみにしていらっしゃいました。旦那様もそろそろお戻りになりますので、すぐに食事の用意をさせていただきますわ」


「では、食事の用意ができましたら、またお迎えにあがります」


 さすが、母様の侍女らは強い。そういって、侍女らは満面の笑みで部屋から出ていった。


 侍女らに言い返す隙を与えてもらえなかったルキを見て、私はクスリと笑ってしまった。母付きの侍女なだけあり、半端ないわ。


「ク、クソッ!」


 遠回しに、今から2人で仲良く入浴している時間はありませんよ?さっさと入って、さっさと出てこい!と言われたのだ。


「ルキ、時間がなくなるから先に入るわね。その代わり、夜はゆっくり2人で過ごしましょう」





 次の日の朝、私は夜明け前にガバッと布団を剥いだ。


···ソファーじゃない?

···不味いわ。やってしまった


 チラリと隣で寝ているルキを見る。ヤバい。ルキは、目を開けて私をじっと見ている。


···お、起きていらっしゃる?

···なんで起きてるのー


「ル、ルキ?···お、おはよう」


···じゃなくてー

···頑張れ私


「昨夜は···ごめんなさい。私の記憶では、ソファーに座ってお茶を飲みながら、父様に呼ばれたルキを待っていたの。···その後の記憶がないってことは···寝ちゃっていたのね。ごめんなさい」


「疲れは取れたか?リュシーは、ソファーで寝ていなかったぞ。ソファー下の絨毯の上で大の字になって寝ていたんだ。大丈夫、怒ってない。まだ早いから、もう少し寝よう」


 な、なんと···絨毯の上?大の字に?どうやって移動したのだろうか···


「ほら、早く!もう少し寝るぞ」


 腕をまわされ私の背を引き寄せた彼は、そのまま倒れて元の位置に横になった。そして私は、今日からまた忙しい毎日になるんだと思い、もう一度目を瞑った。


 一度起きてしまっていたため、中々眠れない。

 とりあえず、横になっていれば疲れもとれるかな?などと考えていると···後ろからとても小さな吐息が聞こえてきた。そして、気がつけば背中に当たる硬いものが···ゆっくり上下に動き始めた。


 私はそのまま息を潜めていたが、お腹にあった彼の手は、いつの間にか胸の位置に置かれている。少ししたところで手は下に移動し、それと同時に私の声が洩れた。その後は、侍女が入室する直前まで昨晩の約束事を致したのであった。






 朝食を食べ終えると、ルキは直ぐ様公爵邸へと出発した。

 見送りをしてから、私は母様の執務室へと足を運ぶ。母様の執務室に、ファイニール領に行っていた間に溜まりに溜まったカリュザイール公爵家の書類が保管されているからだ。

 

 学院を卒業してルキがカリュザイール公爵位を賜わり、私も母様同様に自領となるカリュザイール領の仕事を少しずつ処理しているのだ。といっても、カリュザイール領は普通の領地ではない。普通なら、公爵は領地を持たないのだ。カリュザイール領といっても、実は王家の領地の一部なのである。


 簡単にいうと、カリュザイール領の管理は公爵家、収入と支出は王家。王家は管理をしないで収入を得られ、公爵家は領内の物品を低コストで購入できる仕組だ。


 母様の執務室に入ると、すでに母様はデスクに積み上げられた書類の処理に追われていた。ガトゥーラ領はリゾート地として栄えている領なだけあり、書類の量が半端ない。


 それを横目でチラリと見たあと、私も公爵領の書類に目を走らせた。


「リュシー、書類の他にも公爵家への手紙が届いているわよ。貴女の机の下の箱の中に入っているわ」


 目の前のデスクで、母様が書類にペンを走らせながら目だけをこちらに動かして私に告げた。


「今回は、フローレンス様の結婚披露宴だったことを貴族たちは承知で手紙を送ってきているわけだから、必要以外は返事を書かなくていいのよ」


 たまに私を気遣って、分からない書類があれば手を止めてアドバイスをしてくれる。力強い味方だ。


「そういえば、貴女の出店する菓子店なのだけれど、外壁の工事は終わったと報告がきたわ。続けて内装工事を始めてるから時間があるときに見に行ってらっしゃい」


「え?もう外壁が終わったのですか?分かりました。早いうちに、見に行きます。楽しみだわー」


 外壁が出来上がったということは、すぐにガトゥーラ領に住む領民や、領に遊びや観光に訪れた貴族たちに周知されることになるだろう。

 リンドオーラの豆も届くし、メインとなる菓子やパンなどを本腰入れて考えないと――。


···ん?


 

「そうだ、母様!すっかり忘れてました。2日後に2人のお客様が来ます。ファイニールの手前にあるリンドオーラという街で豆を購入したのですが――」


 豆の配達先を、ガトゥーラ候爵邸にしていたのをすっかり忘れていた私は、慌てて母様に伝える。


 2人の母子にお世話になった旨を伝えたあと、その母子が遠いリンドオーラから約10日間かけて私が購入した豆を運んでくること。

 そして、購入した豆の調理を教えてもらうことや、商人だけど平民の親子であることなどを説明してから、邸に宿泊させたいと母様に告げた。



 母様は、少し複雑な表情を浮かべ、


「平民なのよね。···本邸は無理だわ。別邸でもいいかしら?」


「ありがとうございます」


 私がお礼を伝えると、母様は笑みを見せ「条件もあるわよ」と私を見つめた。


 条件の1つは、使用人を付けて監視をするということだった。身元が分かっているからといって、本来ならばおいそれと宿泊させるなどとはいかない。例えば、その母子に他の貴族が何かしら関与していて、ガトゥーラ邸に潜り込みを企てたかも知れない。無くもない事だろうと母様が、何事にも先入観を捨ててはいけないからと困り顔で微笑んだ。


 もう1つの条件は、食事だ。平民が貴族と食事を嗜むには無理がある。そう、テーブルマナーだ。せっかくの食事も環境によってはストレスになるため、食事は部屋にてゆっくり食べてもらうこと。


 最後の条件は、豆の調理以外は本邸に出入りをさせないこと。何かあったとしたら?それを避けるため、このことは母子を守るための最低限の条件であると、母様は穏やかな口調でいった。


 どれもこれも、チェリーちゃんとウィルさん親子を守るための条件を母は提示してくれた。ここでも母様は、力強い味方だった。


「母様。ありがとう」


 母様の優しさに胸がホンワリと温かくなり、ちょっとだけ照れながらお礼を言えば、


「貴族だろうが平民だろうが、リュシーがお世話になったのでしょう?」


 親として···を、第一に考えるのは当然だと、当たり前のように話す母様は、とても私の誇りである。


「ほら、サッサと手を動かしなさい。いつまで経っても終わらなくなるわよ」


 そして、母様のデスクの山のような書類の上に、隣にいた執事は追加の書類を更に積み重ねた。






誤字脱字がありましたら

申し訳ありません

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