24話
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垣根から遅れてヒョッコリ出てきた騎士様に、披露宴の日に回廊で助けていただいたお礼を言うと、何故か右腕を掴まれた。更に、にこやかに微笑みを浮かべて私を見ている。
「ん?···どうかされましたか?」
私は掴まれた腕を見ながらどうしたのかと問うと、騎士様は突然顔を真っ赤にし、腕を掴んでいる手に力をこめた。
「あのとき···怪我などはしませんでしたか?」
···今しそうなんだけど!
···貴方の力でね!
私を気遣ってくれているようだ。しかし、腕が痛い。「腕が痛いのですが」騎士様は、慌てて腕から手を離すと、真っ赤に染まっていた顔を一瞬で真っ青に変えた。
「申し訳ありませんでした。···目の前から、また貴女が消えてしまうのではないかと思って」
ん?また消えてしまう?はて?
怪我といえば私は何ともなかったが、彼の手のひらにキズを作ってしまったことを思いだした。
あの日、披露宴が始まって食事を楽しんでいるときに飲み物を注がれ過ぎて、トイレから戻ってくる途中の出来事だった。
私は最後の階段を踏み外し転んだところに気がつけば、彼が私を抱えて転んでいたのだ。
丁度すれ違いざまだったらしく、慌てて抱き寄せようとしてくれたときに角度が悪くて一緒に転がってしまったという。そして、そのときに下敷きになった彼の手のひらに私の髪飾りで切りキズができてしまった。
「騎士様の手のキズは、痛みはないですか?」
「あぁ、ほら···もう大丈夫ですよ。あなたにハンカチを巻いていただいたので、スッカリ治ってしまいました。そうだ、後程ハンカチのお礼をさせていただきたいのですが」
私の不注意に巻き込んでしまい怪我をされたのに、お礼をするのは私の方だと伝える。
「あら?2人はお知り合いでしたの?それと、ベイルート···むやみに女性に触れてはいけません」
一部始終を見ていたレンが私の前に出ると「近づき過ぎですわ」扇でベイルートという目の前の騎士様の腕を軽く叩いた。
「···奥様のご友人に失礼いたしました」
そして、私の騎士仲間なのだとレンが彼らを紹介してくれた。
レンは、ファイニール領に嫁いだ後も毎日騎士たちと体を動かしているらしく、彼らは騎士仲間の様にレンとも砕けた話し方で会話をしている。
「フローレンス様の友人で、リュシエル・ガトゥーラと申します。彼女は侍女も連れずにラファイエ様の元に嫁いでしまわれたので、心配しておりましたが···彼女はこちらに来ても変わらずの様で安心しました」
「そうですね。奥様がこちらに来てからの楽しすぎるお話がたくさんありますよ。ただいま休憩時間なので、宜しければご一緒してもよろしいでしょうか」
騎士様の1人がそう言うと、レンが「では、みんなで温室に向かいましょう」と了承した。
温室に着くと、すでに侍女たちが待機していて直ぐにお茶の用意をしたあとで、騎士様たちには果実水が出された。騎士様たちは喉が渇いていたのか一瞬で飲み干してしまい、その後でカップに紅茶を注いでもらっていた。
「ガトゥーラ様は、王宮におられる宰相様のご令嬢でいらっしゃいますか?」
ボルドー色の長髪を1つに束ね緑色の瞳を持つ長身の騎士のラボス様が、カップをソーサーに置くと私に問いかけた。
「リュシエルとお呼び下さい。はい、父は宰相を務めさせていただいております」
「奥様と友達ということは、リュシエル様も王宮騎士団の団員なんてことは···」
ナルザイル様と呼ばれる茶色の髪と瞳を持つ少し年上の彼が、顔を強張らせながら聞いてきた。
「···レンと違って、私は運動音痴なのです。騎士様にはなれませんわね」
「リュシーはね、私を公爵令嬢扱いしなかった唯一の友人なのよ!みんなの前だから貴族令嬢らしく振る舞ってるけどね」
猫かぶりだと暴露されるが、被り物を剥がすつもりはない。が···そこにファウルドがやってきたことで、一瞬で地の私に戻ってしまった。
「リュシー!探したよ!昨日は、ありがとう。帰ってきてからファイニールの厨房でレシピ通りに作ってみたんだ。簡単にできたよ!その後で、城にいた護衛のみんなにも味見をしてもらったんだ」
「えっ?ファウルドったら、帰ってからも作ったの?味見した護衛の方の反応はどうだった?」
「みんなビックリしてたよ!こんな食べ方があったんだって···」
「そう!なら、よかった。感謝しなさいよ」
私の隣に、侍女らが椅子を用意するとファウルドは試作品を厨房から持ってくるように話し着席した。
朝食後にアレンジしたものを作ったので、今から試食させてくれるらしい。
「貴方、朝から料理をしたなんて···男の子なのに趣味が料理だなんて、ラファイエ様に私が怒られるなんてことないわよね」
「料理が趣味でもいいじゃないか。確かにリュシーから習い始まったんだよね。なるほど!父上に怒られたら、リュシーを怒るように言えばいいのか」
「冗談じゃないわ」
私とファウルドとの会話に、今日は私と会える最終日なのにと、レンが私を横目でジロリと見ながら嫉妬している。すると、ボルドー色の髪に澄んだブルーの瞳をキラキラ輝かせながらベイルート様が身を乗り出した。
「ファウルド様ともご友人なのですか?」
突然に身を乗り出したベイルート様に、ファウルドがのけぞり「あ、あぁ」友人というよりは師匠のような存在だと話し始めた。
少しすると、先ほどの侍女が厨房から戻ってくる。彼女一人では持ちきれない試作品を2人の騎士に持たせているようだ。
「リュシエル様、昨日はご馳走さまでした。いつお会いしても女神のように美しい。昨日のエプロン姿を拝見できたことと手料理をご馳走になったことを、私の一生の宝にしますね」
「昨日は、ご馳走でした。あの後、ファウルド様の手伝いをしましたが、次々に油が跳ね上がるので参りましたよ」
侍女に試作品を持たされ現れたのは、昨日ベルトア伯爵邸の別邸でファウルドと私の試食品を食べていた護衛騎士の2人だった。
まさか、騎士様たちに料理を手伝わせるとは···。
ファウルド、逸脱しすぎじゃないかな?
「なんだって、お前らリュシエル様の手料理を食べたのか?」
突然席を立ち上がり、ベイルート様が「どういうことだ?」と後から来た2人の騎士様に詰め寄った。
「ベイルート、先ほどから貴方の行動は騎士としてよくないわ。今日は、どうしたのかしら?もう少し冷静になりなさい」
ベイルート様の言葉に2人の騎士様が返事を返すより早く、レンが不服そうな表情を浮かべて静かにそう返した。
その場の雰囲気がガラリと変わると、私は複雑な表情になってしまったが、とりあえず笑顔を貼り付ける。
「では、ファウルドの試作品を試食させてもらえる?どんな味付けをしたのかしら?楽しみだわ」
「うん。ちょっと自信がないからさ、リュシーの分は小さく切ってもらうね」
何種類かある試作のコロッケは、小さく切ってからお皿に盛り付けられた。
まずはひとつ目、玉ねぎの甘さとベーコンの塩分が食欲をそそるコロッケだった。次のコロッケは、たっぷりお肉が入っているが固形のお肉がいまいち。最後のコロッケは色々な種類の野菜を加えられていた。
「どうだった?」
それらを食べ終わるのを待って、ファウルドはおどおどしながら感想を求めてきた。
「玉ねぎとベーコンのコロッケは、凄く美味しくできているわ。お肉を入れたものと具だくさんの野菜入りコロッケは、改良しましょう」
お肉は、微塵切りにして叩いてから一度炒めたものを芋と混ぜ。野菜は、茹でて柔らかくなったものを混ぜこむこと。
ひと手間掛けることでかなり美味しくなるといえば、ファウルドはメラメラと瞳に闘志を燃やした。
「リュシー、ありがとう。息子がファイニール城の総料理長になる日も近いのかしら?」
ファウルドをにこやかに見たレンは「フフッ」と笑うと、私に向き直り穏やかな表情を浮かべた。
「そういえば、レン?披露宴でサプライズをするって言ってたけど、何をする予定だったの?」
レンは呆れ顔で「···分からなかったの?」と私に軽蔑の眼差しを向けた。
···はてはて?
···見逃したのだろうか?
「グラスタワー。マティレクスが考えたのよ。その後で、グラスに注がれたシャンパンを配りましたでしょう?」
「あ、あれね!グラスを重ねた一番上から2人でシャンパンを注いでいたわね!」
···あれかい!
···前世で結婚式の定番だったやつ
「···ん?リュシー、今のは?···今回は、よく分からなかったわ」
思考を読めなかったのね。危ない危ない。恐るべし、レン!すっかり忘れてたいたわ。
「本当なら、披露宴でもう一度ブーケトスをしたかったのですが、リュシーにトス出来なかったのが残念ですわ」
「でも、なくて正解よ。レンはトスじゃなくて、私に向かって投げつけたでしょうから。元公爵令嬢ともあろうものが、ブーケの豪速球を披露するなんてありえないからね。フフッ」
何度かブーケトスをしたくて様子を見ていたのだが、ラファイエ様にブーケを押さえられて諦めたということだった。
「では、私がブーケをリュシエル様にお贈りしてもよろしいでしょうか?」
笑い声がピタリと止まりみんな一斉に声の主に視線を送ると、顔を真っ赤にしたベイルート様が私に視線を合わせている。
ファウルドが「冗談いうなよ。面白いな。ハハッ」とかなり顔を引きつらせながらベイルート様の肩をポンと叩いた。それに合わせ、みんなも「「「ハハハ」」」と苦笑いでその場をスルーして終わるはずだった。
「いえ、冗談ではありません」
ベイルート様は椅子から立ち上がると「リュシエル様は受け取ってくださいますよね」と柔らかい微笑みを私に向けた。
ラボス様が声を荒げて「いい加減にしろ!」と立ち上がりベイルート様を見据える。
「いい加減な気持ちではありません」
ベイルート様も視線をラボス様に移し見据えると、後ろからナルザイル様が2人の間に入り込み「休憩時間も終わりだ」持ち場に戻ろうと話す。
ファウルドの護衛騎士らも、そろそろ戻りましょうと声をかけた。
そして、騎士様たちが「ご馳走さまでした」といって踵を返したときに、ベイルート様は突然私の手を取り跪いた。
「披露宴の日、リュシエル様が私の手の怪我にハンカチを巻いていただいたときに一目惚れいたしました」
「···は、は、は、い?」
突然の告白に、私は思考が止まる。
「ベイルート!お前、恋愛小説の読み過ぎだ!」
ラボス様が声を張り上げる。
「シュウ様の小説を侮辱しないで下さい!」
···シュウ様?恋愛小説?
···あー!もしかして?
···今世でも、あんなドロドロ恋愛書いてるの?
思い出したわー。シュウちゃん、ガラス工房が休みの日には、せっせと恋愛小説書いて出版社に送ってたんだよね。うわー、ベイルート様ってシュウちゃんの小説読んでるのかー。シュウ様だって!ちょっと引くなー。
などと前世を思い出して、1人別世界にふけっていると、隣で怒鳴りだしたファウルドの声が、私を現実に引き戻した。
「お、お前は死にたいのかぁー!保護者がきたら大変だ!は、早く、早くベ、ベイルートをここから連れて行けー」
「連れて行かなくていい。どういうことかな?」
時遅し。温室の扉の前には両腕を組んで冷ややかな視線をこちらに向けているルキが立っていた。
その後ろには、額に手をあてて顔を背けているラファイエ様。セクレイトの兄のジューク様は楽しそうに笑いを堪えてこちらを見ていた。




