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1話



 保健室のベッド脇に隠れた私たちは聞いてしまった。


『『……に、妊娠?』』


···ヤバくない?

···盗聴の罪で罪人にされないよね?



 一瞬にして体の温度が下がり冷や汗が流れ出した私は、隣にいる彼を見る。


 彼はなんてことない顔をして、私に言った。


「秘密の話、聞いちゃったね」


···おい待てや

···そこの女は、貴方の婚約者ですよね




 時は少しさかのぼるが、

 5時間目の魔法の授業中での出来事だ。

 魔法ドームの中で、各々の属性魔法をグループに別れて順番に展開していたときに張り切り過ぎた人がいたらしく、魔力出力を誤って暴走させ発動した風魔法の竜巻が隣のグループを襲ったのだ。

 そして、隣のグループの中のひとりがその風圧で飛ばされ地面に軽く頭を打った。


 先生は事後処理があるため、唯一浮遊魔法が使える私が彼を保健室まで運ぶことになった。


 保健室では保健の先生が不在だったので、そのまま彼をベッドの上まで運んだ後でゆっくり降ろし魔法を解いた。

 先生を呼んでくるので、そのまま待っているように話す。

 すると彼は頭を持ち上げ私の腕を掴んできた。


「もう大丈夫だから」


 彼は私の顔を覗き込むと、ニコリと微笑みながらそう言ってベッドから下りようと体を起こす。


···大丈夫なわけがない



「無礼を承知で言わせて頂きますが、貴方様が大丈夫でも、怪我を負わせてしまった方が大丈夫ではなくなるのです。言っている意味分かります?第二王子を怪我させてしまった方は子爵令息ですよ?社交界でなんて言われるか···ですので、先生にきちんと診断していただくまで大人しくしていて下さ……い……」


···つい、言ってしまった。

···つーか、この人なんでニコニコしてるわけ?



「言い過ぎました。申し訳ございません」


 後々面倒なことになるのも嫌なので、私は頭を深々と下げて謝った。


「いや、君の言う通りだ。きちんと診てもらおう。約束は守るよ。私の方こそ至らず……悪かった。そういえば、まだ名前を聞いていなかったね」


「あっ、申し訳ございません。私はリュシエル・ガトゥーラと申します」


「ガトゥーラ、ガトゥーラ侯爵令嬢だね。貴女が宰相の最愛の娘のリュシーか――」


 そういって、ニコニコしながら私の名前を聞いてきたこの方は、ここビオスブライト国の第二王子のイルキス殿下だ。


 イルキス殿下は、騎士団で腕を振るうだけあり筋肉も伴っているらしい逆三型のスラリとした体型で、淡い金髪にアクアブルーの澄んだ瞳が麗しいかなりの見目をしている。

 しかし、メチャクチャカッコいいのに、いつも無表情で必要以外は口を開かないため、何を考えているのかも分からない。

 そのくせ、女子からは絶大なる人気を得ている。

 表情筋がないのでは?と言うことから『静なる殿下』と呼ばれている。なのに、私は先程からニコニコとしたご尊顔を向けられている。


···なぜ?



 初めて見る笑顔に疑問を抱きながらも、もう一度頭を下げて謝ると、私の腕を掴んだままのイルキス殿下は、体勢が崩れたのか急にベッドから落ちそうになった。

 慌てて、私は抱えようと掴まれていない方の腕を伸ばしたが男子を抱える力はなく、彼の下敷きになるようなかたちでベッドの下に転がってしまった。


 そして丁度その時、保健室のドアが開かれた。

 開かれたドアから二人分の足音が室内に入ってきた。


···まずい。だれか来た!

···こんなところを見られたら



 さすがにイルキス殿下も保健室にふたりきりでいるこの状況を察したらしく、直ぐに魔法を展開してくれた。


「隠蔽と防音のシールドを張った。こちらを認識できないから大丈夫だ」


 耳元でささやかれ、そちらに顔を動かしてみると、イルキス殿下の鼻に私の鼻がぶつかった。


···い、今···セーフだったよね

···焦った


「か、顔、近すぎなので離れて下さいますか」


「しー。静かに……」


 静かにと言われても、防音シールド張ってくれたんだよね?と言いたかったが、次に聞こえてきた声で口をつぐんだ。




「話とはなんだ?」


「この部屋に防音シールドをお願いしてもよろしいでしょうか。誰にも聞かれたくない話ですので···」


 聞いたことのある声に、ベッドの陰に隠れるように移動してからそちらに視線を向けると、そこに居たのは第一王子のアーサベルト殿下と……今、私の隣にいる第二王子の婚約者のバインダル公爵令嬢リュシエンヌ様だ。


「これでいいだろう」


 アーサベルト殿下が魔法を展開して保健室に防音シールドを張ったようだ。

 リュシエンヌ様がお礼を言ったあとで本題を話し始める。


「じ、実は……どうしたらいいのか分からず、殿下にご相談をと思いまして――」


「何かあったのか?」


「はい。……に、妊娠しました」



『『……に、妊娠?』』



 恐る恐る隣にいるイルキス殿下を見ると、なぜか目を輝かせて口は弧を描き、食い入る様に話を聞いている。


···なぜ?



「そうか。……では、イルキスの子供とすればいいだろう?」


「えっ?」


「なんだ?バレなきゃいいだけの話だろう。1週間後の卒業式の後、王宮に君の部屋が用意されるんだったね。そうだな、媚薬を何本か渡すから後は上手くやれ。大丈夫だ、産まれる月日が早くても早産だと言えば信じるだろう。二人だけの秘密にすればいいだけだ」


「分かりました。アーサベルト殿下と私の子、無事に産んでみせますわ」


「それより、この後は王宮に妃教育のために来るのだろう?終わったら私の執務室で待っている。大丈夫だ、負担にならないようゆっくり優しくするから」


 リュシエンヌ様は頬を染めて小さく頷き、そして二人は口づけを交わした後で保健室を後にした。





「秘密の話、聞いちゃったね」


 話の内容に固まっていると、隣から声がして恐る恐るそちらをゆっくり振り向いてみる。

 イルキス殿下はケロリとした顔で、まるで他人事のように微笑んでいた。


···ちょい待てや、なぜ笑顔?

···貴方様の婚約者、王子二股って凄いわー



 この後、私はなんて言葉を掛ければいいのか思い浮かばず、今のことは聞かなかったことにする……ことにした。


「では、保健の先生を呼んできますね」


 何事もなかったかのように振る舞い立ち上がるが、イルキス殿下に腕を掴まれたままだった。

 腕を離して欲しいと訴えると、ニコリと笑みを見せたままスルリと腕を離してくれた……が……。


「二人の話の内容、聞いてたよね」

「いいえ、聞こえませんでした」


···私は罪人になりたくない


「私のことが心配だよね」

「いいえ、何も心配事はないかと」


···殿下の閨事など関係ない


「私のことを助けたいよね」

「いいえ、恐れ多くて」


···私の身を助けて欲しいです


「避妊しとけばよかったのにね」

「いいえ、そもそも行為をしたこと自体…が……」


···ん?



「君の気持ちは分かった。不敬罪になりたくないよね。では、約束は守ってもらうってことで今回のことは見逃すよ」


···はぁー?

···この人、面倒臭いんだけど



「大丈夫だよ。面倒臭いことは少ししか頼まないから」


···人の心が読めるわけ?

···それより、この場の空気を読んでくれ



「わかりました。それでは、先生を呼んできます」


 これ以上、会話を続けては身の破滅になると思い、私は急ぎ足でその場を離れることにした。







 その日の夜、食事を終えた後で部屋でまったりしながら読書をしていると、ドアからノック音が鳴った。


「旦那様が、お嬢様に書斎に来るようにと仰せです」


 執事から伝えられ、ガウンを羽織り書斎に向かう。


「父様、お帰りなさい。帰宅が遅かったみたいですが、何かありましたか?」


 眉尻を下げ疲れた顔を隠すように、心配そうな表情で私を見る父様。


「あぁ、陛下に呼ばれてね。私は詳しい事情は分からないのだが、本日見聞きしたことは箝口令を敷いたので、リュシーに伝えるようにとのことだ」


「あっ……」


「内容は言わなくても分かると言っていたが、何のことだか分かるのか?」


「はい」


「そうか。話は以上だ。遅い時間に呼び出してしまい、すまなかった」


 帰りが遅かったのは、私がイルキス殿下と保健室にいたから……父様が国王陛下に呼ばれたのね。


 部屋に戻った私は、保健室での出来事を思い返す。

 国王陛下に話が伝わってしまい、この後はどうなるのだろうか?まぁ、私は関係無いからどうってことないんだが。それにしてもイルキス殿下の言っていた『約束』とは何のことだろう?

 その時の彼の微笑んだ顔。やけにその表情が頭から離れなかった。


 次の日から、イルキス殿下は学園を欠席している。

 あれから一週間が過ぎ、卒業式の日を迎えた。アーサベルト殿下とリュシエンヌ様はひとつ上の学年で、今日で学園を卒業する。今日もイルキス殿下は来なかった。


 答辞の挨拶をする中でアーサベルト殿下が、イルキス殿下は留学中のため卒業式に来られないことが残念だと話していた。





 春休みも今日で最終日を迎え、私が趣味のパン作りをしていると、突然父様が厨房に現れた。


「リュシー、渡したい物があるんだが……まだまだ時間が掛かりそうだな。そうだ、フィナンシェを20個程作ってくれないか?明日の手土産にしたいから、包装も頼む」


「わかりました。出来上がったらお持ちします」


 久しぶりに父様から菓子を催促されると、やる気になった私は更に腕を振るいだす。


···ちょっと作り過ぎたかも



「父様、リュシーです」


 包装した焼き菓子と、出来立ての新作パンを片手に父の書斎を訪れる。父様が丁度小腹がすいたので休憩しようと言ったので、私はソファーへと座った。


「まずは、これを……イルキス殿下から預かった」


 父から渡されたのは、淡いブルーの薔薇の花束と立派な家紋の蝋印が押されている手紙だ。


···なぜ?

···花束をもらう理由が見当たらないが?


 その後で、箝口令が敷かれていた話の内容を父様が話し出す。


 あの日、陛下は陛下の影より保健室内での情報を得た後でイルキス殿下を私室に招いたらしい。そこでイルキス殿下をしばらく王宮から離れた場所に隠すことにしたという。

 

 そして昨日、陛下はアーサベルト殿下とリュシエンヌ様、リュシエンヌ様の父のバインダル公爵当主、第三王子のマティレクス殿下を呼び出し、そこで王命を下した。


 内容は、第一王子の婚約者ファームス国の第一王女ローズフィレット殿下を、マティレクス殿下の婚約者とし、

 第二王子の婚約者リュシエンヌ嬢がアーサベルト殿下の婚約者へと入れ替える。

 更に、第一王子を廃太子とし、第三王子を王太子にする。第一王子は男爵位を授けるが一代限りとするため領地は無いという内容だ。


 バインダル公爵はこの内容に異議申し立てをしたが、自分の娘が第一王子の子を妊娠しているとは知らなかったらしく、この王命を受け入れるしかなかった。


 しかし、陛下は生まれてくる子供には罪はないことと、王族の血が流れていて政権事に巻き込まれる可能性が高いため、バインダル公爵の養子とするよう王命を追加した。


「アーサベルト殿下は、子を作れないようにされ、リュシエンヌ嬢は、出産後に子を成せなくされるということだったよ」


 そして、大国ファームス国とのやり取りが終わるだろう2ヶ月後、貴族らを集めて内容を伏せた上で王太子の変更を行うことを周知するという。


「第二王子のイルキス殿下が王太子ではないのですか?」


 父様の話の中に、イルキス殿下が全く登場してこなく疑問に思って聞いてみると、父様は一瞬顔を強張らせた。


···ん?

···アイツ何かやらかしたの?


「あぁ、……イルキス殿下は当初通り、学園卒業後カリュザイール公爵の名を授かる。そのまま変わらずだ」




 春休みも終わり、最終学年の新学期が始まった。しかし、まだイルキス殿下は学園には来ていない。留学中だと担任の先生が話していた。


 ただ、何故か毎週のようにイルキス殿下から花束と手紙が届けられている。花束の色は毎回ブルーを基調とするものばかりで、前回は星形の凛とした水色が映えるオキシペタラム。その前は存在感溢れる水色のデルフィニューム。


 手紙の内容はというと、――の花が公園に咲いていたから部屋に飾ったとか、――の花を花屋で購入し部屋に飾ったなどだ。毎回最後の一行は『頑張るよ』と書かれている。意味がわからん。

 なので、返す手紙の末文には「頑張って下さい」と一言。



 そうして何事も変わらず、明日から夏休みを迎えることとなった今日は学園で後夜祭がある。

 家に帰ると、父が用意してくれた後夜祭で着ていくドレスに着替える。

 今流行りのシースルーに刺繍をあしらい、ふんだんに宝石をちりばめたオーガンジーの薄布のドレスだ。

 昨日の夕方、大きな箱に大きなリボンを付けられてそれは届けられた。

 届けてくれた人が……多分お店の人だと思うが「後夜祭楽しみですね」と挨拶した後、ドレスの特長や着方などを侍女に伝授して帰っていった。



 父様の仕事の関係で、一時間以上早く後夜祭会場に着く。すると前方からひとりの女性がやってきた。


「リュシエル·ガトゥーラ様。私はフローレンス・ドゥルッセンと申します。以後お見知り置きを」


···はっ?

···知らないわけないじゃない!


 クラスは違うが、同じ学年のドゥルッセン公爵令嬢のフローレンス様だった。艶のある金髪をサラリとなびかせ、グリーンエメラルドの瞳を持つ美少女が私に微笑みかける。


 フローレンス様は即座に私の手を取り、一緒について来てほしいと言いながら会場とは違う方向に歩き出した。


「突然でごめんなさいね。リュシエル様のドレス、とても素晴らしいわ。とても似合ってる。リュシエル様は、学園では目立たないように過ごされていたでしょう?綺麗な容姿が勿体ないと思っていましたのよ。お茶会も夜会やパーティーにも、いつもガトゥーラ侯爵様から欠席のお返事をいただいていたので、今日は心配しておりましたの」


「……心配……ですか?」 


「そうですわ。それと私達は今、お友達になりましたわ。これからは、何かありましたら何でも相談して下さいね。……あぁー、話したいことが沢山ありましたのに、迎えが来てしまいましたわ」


 すると前方から、イルキス殿下が足早にこちらに向かってきた。


「レン、助かった。後日、約束の礼はする」


「まぁ、上手くやりなさいよ!じゃぁ、私は会場へ行くわ」


 近い内にお茶会をするから必ず来てねと、フローレンス様は言った後で踵を返して護衛の二人と会場へと向かって行った。


 そして私は、話したいことがあると言い優しく微笑むイルキス殿下に学園の応接室に連れて来られた。



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