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2-2.監察開始 (2)

 菜花が仕事を始めて一時間ほど経った頃、壁の向こう側から数人の声が聞こえてきた。

 この書庫は、後から間仕切りをして作られた部屋なので、壁が薄い。


水無瀬みなせさん、今日もかっこいいよね!」

「ねぇ、知ってる? 水無瀬さん、また新規案件取ってきたんだって」

「知ってる知ってる! 本当は二課が担当してたんだよね。でも、誰も契約が取れなくて困っててさ、水無瀬さんが間に入ったらしいわよ?」

「え? じゃあ、水無瀬さんが契約したその取引先、二課に譲ったってこと?」

「そうそう」

「一課の水無瀬さんには何の得もないのに、進んで引き受けてくれたんだって。優しいよね」

「さすが水無瀬さん!」


 菜花は書類を仕分け、ファイリングしながら小さく溜息を漏らす。

 ここの壁が薄いこと、そしてすぐ隣に休憩スペースがあることは事前に聞いていたが、ここまではっきりと声が聞き取れるとは思わなかった。

 会議室などは重要機密を扱うこともあるのでそんなことはないだろうが、こういった書庫や休憩スペースなどは費用を抑え、簡素にしたのだろう。


「あー、水無瀬さんと付き合いたい!」

「無理無理! 水無瀬さんに釣り合う女って、相当レベル高くなきゃ!」

「だよねー。でもさ、水無瀬さんってイケメンだし仕事もできるのに、いつも笑顔で皆に優しいじゃん。こんな人が彼氏だったらなぁって夢見ちゃうよねぇ」

「わかるー!」


 その後もしばらく水無瀬の話題で持ち切りだったが、やがて彼女たちは休憩スペースから出て行く。仕事の合間の休憩なので、それほどのんびりしていられない。時間にして、約十分ほどだった。だがその間、ほとんど水無瀬の話だったように思う。


「のんびり一人で仕事できるし、気を遣わなくて楽そうだと思ったけど……。盗み聞きなんてほんとにいいのかなぁ」


 菜花は再び溜息をつく。

 菜花がこの場所で仕事をすることには意味がある。それが、この「盗み聞き」だ。

 できるだけ多くの社員と関わり、監察対象の情報を集めることが第一なのだが、菜花は自分から初対面の人間の輪に入っていけるタイプではない。自信がなくて、どれほどの社員と関われるかは期待しないでほしいと言ったところ、


『菜花はお人好しだし、人に警戒されないよね。だから、自分から頑張ってどんどんコミュニケーション取っていけば大丈夫だって』


 と、結翔が励ましつつも暗にやれと言い、


『なるほど。それじゃ、隠密行動をお願いしよう!』


 と、金桝が突拍子もないことを言い出したのだ。

 隠密行動なんて、忍者でもあるまいし。

 訝しげな顔をする菜花に、金桝は此花電機のフロア案内図を広げ、書庫と休憩スペースの話をした。ちなみに、休憩スペースの反対側は、営業部のフロアだ。

 休憩スペースは、フロアの北と南に一ヶ所ずつある。だが、北側の休憩スペースは奥に喫煙ルームもあることから、男性が集まっていることが多い。そこには役員なども含まれるので、女性はなんとなく入りづらい雰囲気があった。故に、女性は南側を使うことがほとんどなのだという。


『噂話、内緒話の類は意外と侮れない。女性の情報をキャッチする能力はすごいからね。ただ、個々の思惑が絡んでることもあるし、正誤の精査は必要だと思う。それも合わせてよろしく頼むよ、菜花君!』


 隠密行動、すなわちそれは、「噂話、内緒話に聞き耳を立てろ」というなんともゲスい、もとい、はしたないことなのだった。


「でも、これなら水無瀬さんの情報は取り放題だな」


 パチンとファイルを閉じ、菜花は呟く。

 此花電機から依頼を受けた監察対象、それは、営業部一課の水無瀬みなせりょうだった。

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