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社内監察代行─S.P.Y.株式会社【書籍版タイトル:S.P.Y.株式会社 社内の不正、お調べします】  作者: 九条 睦月


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12.監察完了

 菜花と結翔は、この月末をもって派遣期間満了となった。それが告知されるやいなや、此花電機社内はざわついた。

 菜花の方は、残念だと声をかけられることはあってもその程度だ。しかし、営業として戦力になりつつあった結翔に抜けられるのは困ると、営業一課長は上に訴えた。もちろん、営業部の他の社員も結翔を引き留めたがった。

 だが、上の決定を覆すことはできない。それに、次の職場もすでに決まっていると聞かされては、どうしようもなかった。


「ま、次が決まってるとか嘘だけど」

「だよね……」


 勤務最終日の昼は、二人ともあちこちからランチに誘われたのだが、それから逃げるようにして外に出てきた。そして、二人で昼食を取っている。会社から少し離れたカフェなのであまりゆっくりはできないが、仕方がない。


「それにしても、結翔君は大人気だよね。外面がいいから営業の仕事、向いてると思うし。惜しまれるのがよくわかるよ」

「外面言うな」

「それにさ、たぶん……水無瀬さんも抜けちゃうでしょう?」


 結翔がホットサンドにかぶりつきながら、頷いた。咀嚼し飲み込んだ後、溜息まじりに呟く。


「会社の金を横領してたんだ。当然解雇だろう。事件にするかどうかは、会社判断だろうけどね」

「そうだね」

「そっちも大変でしょ? 横山さんって、結構な仕事量を抱えてたみたいだし」

「うん。でも、こっちは高橋さんがいるから」

「……そうか」


 横山と水無瀬の二人が会社の金を横領していることは、じきに明らかとなった。

 金桝が依頼者である此花電機の人事部長の元へ出向き、そのことを報告していた。会社は、横山と水無瀬をしばらくの間謹慎処分にしている。

 金桝からの報告を役員会議にかけ、その後、正式な処分が下るとのことだった。


「結局、高橋さんの真意は謎のままだね」

「うん……。でも私、本人に聞いてみたいと思ってるんだ」

「聞いても、話してくれないと思うけど」

「そうなんだけどね」


 仁奈が終業後にキャバ嬢をやっていることは、報告書には記載されなかった。

 此花電機は副業を認めているし、ユリとして何か問題を起こしたわけでもなく、会社に不利益をもたらしたわけでもない。本人が隠していることを、わざわざ暴くことはできないという判断だった。

 そういうわけで、仁奈がどういう意図で水無瀬と付き合っていたのかは、つまるところわからずじまいだ。


「でもね……最後だから、ぶつかってみようと思って」

「菜花?」


 結翔が驚いてこちらを見ている。その瞳は不安そうに揺れていた。

 結翔は心配している。下手に接近し、こちらの正体がバレやしないかと。そしてもう一つ。


「非情な現実を知って、凹むんじゃないの?」

「そうかも」


 菜花は、仁奈を姉のように慕っている。仁奈があの二人に深く関わっていたと知った今でも、彼女をいい人だとまだ信じている、いや、信じたいのだ。

 だから、仁奈と話すことによって、彼女の狡さや汚さが露わになるようなことがあれば、菜花は傷つくだろう。結翔はそれを懸念していた。

 しかし、それでも菜花は知りたかった。


「凹むってわかってても、知りたい?」

「うん。私さ……高橋仁奈っていう女性を、ちゃんと知りたいの」

「菜花……」

「いい人なだけじゃないってことは、もうわかってる。誰にも見せていない裏があるんだろうってことも、ちゃんとわかってるの。その裏の部分は、本当は知らなくていいことなのかもしれない。でも、それも含めて「高橋仁奈」さんでしょう? だったら、それも知っておきたいんだ」


 だから、今日の終業後、話に付き合ってもらえないかと頼み込むつもりだと菜花は言った。

 菜花はそろりと結翔を見遣る。結翔はハァと大きな溜息を落とし、肩を竦めた。


「そこまで言うなら、やってみな」

「……うん!」

「S.P.Y.のことは、絶対漏らすなよ」

「わかってる」

「あーあ。惇さんが聞いたら大騒ぎするな。あの人、菜花に対して異常に過保護だから。怜史と張り合えるんじゃないかな」


 そんなことを言いながらも、結翔は菜花の気持ちを汲んで、金桝には黙っていると約束する。その代わり、話が終わり次第連絡をしてこいと言った。

 どんな話だったのかを聞きたいのかと思いきや、そうではない。


「凹んだ菜花を一人で帰せないでしょ? 迎えに行く」

「……プッ」

「なに笑ってんだよ!」

「だって!」


 結翔だって、人のことは言えない。


「ありがとう。絶対連絡するから」

「おぅ」


 素っ気なく返事をし、結翔は残りのホットサンドに大口で食らいつく。

 大口を開けた顔でさえ可愛らしく見えるところはさすがだ。そこかしこから視線を感じる。小さな声で「あの人、かっこいいのに可愛い」なんて言葉も聞こえてくる。

 結翔にしろ、金桝にしろ、一緒にいると目立つことこの上ない。それを引け目に感じたり、憂鬱に思うこともあるけれど、二人はそんなことなど全く気にしてくれない。お構いなしに菜花に構ってくる。まるで、兄がもう二人増えたみたいだ。


「ほら、のんびりしてる時間はないよ」

「はぁーい」


 菜花は笑いを堪えながら、同じくホットサンドにパクリと齧りついた。

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