11-2.驚愕のイコール (2)
「あ……それですか……」
「それですかって。菜花君が就職できるかどうかだよ? 僕だって心配するよ」
「す、すみません」
菜花からすると、気付いてしまった支払い依頼書のインパクトが強すぎて、面接の方はすっかり頭から抜け落ちていたのだが、金桝は菜花の就活事情を知っているのだから、気になっただろう。
菜花はしどろもどろになりながらも、今日の面接の成果について話す。
「社内は若い人がいっぱいいて、楽しそうでした。でも、お仕事はハードみたいです。あと、私の他にもたくさん声をかけていたみたいなので、受かるかどうかは……」
「菜花君は、その会社に行きたいと思った?」
ギクリとする。目線を彷徨わせながら答えを探すが、何と答えていいのかわからない。
「え……と。あの……」
「いいよ、正直に言って。気兼ねなんてする必要はない」
金桝がそう言って柔らかく笑うので、身体から不要な力が抜ける。菜花は、感じたことをありのままに話すことにした。
「以前は、そこに入りたいって思ってたんです。でも……その会社で働きたかったのか、ただ就活を終わらせたかったのか、よくわからないっていうことに気付いて……。今も、よくわかりません。わからないっていう時点で、それほどの熱意はないのかな、なんて思ったり。だから……不採用だとしても、それほど落ち込まないんじゃないかなって……」
だったら、どんな会社なら入りたいという熱意が持てるのか。
わからない。それが、とても情けない。
皆、目指す会社から内定をもらい、来年の春から社会人として旅立っていくというのに。
自分はまだ、そのかなり手前で躓いている。ふらふらと気持ちが定まらない。
すると、金桝が菜花の頭をポンポンと優しく撫でた。
「前はわからなかったことが、今ならわかる。それは成長だ。菜花君がそれだけ自分の気持ちと真剣に向き合っているということで、僕は素晴らしいことだと思うよ」
「か……惇さん」
「あ、今金桝さんって言おうとした」
「……堪えました」
「よしよし」
金桝はニコニコと微笑みながら、また菜花の頭を撫でる。子ども扱いされているような気がしたが、それが何故だか心地いい。
兄の怜史は菜花を甘やかすが、こんなことは言ってくれない。菜花の成長を認めるような言葉を口にしてはくれない。怜史にとって菜花は、いつまでも手のかかる妹なのだから。
それだって決して嫌なわけではない。だが、成長していると言われたことが何より嬉しかったし、ほんの僅かでも自信になる。
菜花は金桝を見上げ、はにかみながら笑う。金桝は変わらずニコニコと穏やかな表情を見せていた。
「はーい! いい雰囲気のところを邪魔してごめんなさいねぇ!」
「美沙央さんっ!」
自分のデスクで絵を描いていた美沙央が、いつの間にか菜花の隣に座っていて驚く。
「描き終わったんだね? ぜひ見せてもらいたいな」
「いいわよ。どうぞ」
美沙央は形のいい唇をクイと上げ、テーブルの上にノートを広げた。
そこに描かれた人物の顔を見て、菜花は大きな音を立てて立ち上がる。あまりの驚きに、声も出なかった。
美沙央が菜花を見つめ、してやったりといった笑顔を浮かべる。次に金桝に向かって、こう言った。
「どうやら、ビンゴみたいね」
金桝の人並外れた美しい容貌が凄みを増す。これでもかと整ったアーモンド形の瞳を鋭くし、菜花に問うた。
「菜花君、ノートに描かれたこの女性は、いったい誰なんだ?」
菜花は愕然として、膝から崩れ落ちそうになりながらも、震える声を絞り出す。その声は掠れるばかりで、なかなか音にならない。
どうして彼女の顔がここにあるのか。
菜花の頭の中は大パニックを起こし、収拾のつかないことになっていた。




