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社内監察代行─S.P.Y.株式会社【書籍版タイトル:S.P.Y.株式会社 社内の不正、お調べします】  作者: 九条 睦月


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6-4.広がる綻び (4)

 喫茶店から出てきた二人は、仲睦まじく歩いている。

 これからどこへ行くのだろうか。

 背後から尾行しているので顔ははっきりと見えないが、時折二人が顔を合わせて笑い合っているのはわかる。しかし横顔だけでは、男が水無瀬かどうかはやはりわからない。

 本当は金桝に尋ねたいのだが、人の後をつけるということ自体が初めての菜花には、そんな余裕はなかった。こそこそと金桝に隠れるようについていくだけで精一杯だ。

 それに比べ、金桝は慣れたものだった。悠然と構えており、不自然さの欠片もない。

 おどおどするとかえって怪しまれるとはわかっていても、菜花はついあちこちを見回してしまう。


「菜花君、僕の隣に来てくれないかな?」

「へ?」


 いきなり声をかけられ、菜花は何度も瞬きをする。

 隣? どうして?

 すると、金桝が再び菜花の手を取り、その手を自分の腕に絡ませた。

 なに? どういうこと? 腕を組んでる!?

 菜花の思考はクエスチョンマークで埋め尽くされる。声を出したいが出せない。その葛藤からか、金魚のように口をパクパクさせていると、金桝が小刻みに肩を震わせながらこう囁く。


「僕の影に隠れてきょろきょろして、それじゃ挙動不審もいいところだよ。堂々としていればバレたって平気。あ、でも菜花君は面が割れてるから……」


 金桝はジャケットのポケットに手を入れ、あるものを取り出す。


「これでオッケー」

「これ……眼鏡ですよね?」


 手渡されたものは、紛うことなき眼鏡。オーソドックスな形で、それなりに誰でも似合いそうな。


「度は入ってないから大丈夫」

「変装ですか?」

「そうそう」

「これくらいで変装になりますか?」

「普段、菜花君は眼鏡をかけていないだろう? なら、割と誤魔化せるものだよ。ただし、オロオロせずに自信を持つこと。そうすれば、顔を見られても意外とバレない」


 そんなものだろうか。

 半信半疑のまま、菜花は渡された眼鏡をかける。菜花はコンタクトを使用しているが、度が入っていないなら問題ない。

 眼鏡をかけた菜花を見て、金桝は満足そうに頷いた。


「うん、可愛い」

「……っ」


 その一言はいらない。

 赤くなった顔を見られないように俯くと、金桝が追い打ちをかけてきた。


「いいねぇ。そのまま、もう少しこっちに寄って」

「な、何をっ」

「シッ。僕たちもカップルの振りをしてるんだから」


 そんな必要がありますか!?

 そう喉まで出かかったが、何とか堪える。

 二人で尾行しているからカップルの振り? いや、これが金桝と結翔ならそんなことはしないだろう。

 男女だから? にしても、超絶美形で洗練された大人の見た目の金桝と、平々凡々な大学生の菜花では、カップルになど見えないだろう。


「ううう……」

「えー、そんなに嫌? そりゃ、僕みたいなおじさんは嫌だろうけどさ、少し我慢してよ」


 そうじゃないだろーーーーっ! と心の中で叫びまくり、菜花はひたすら心の平静に努める。金桝はというと、肩を震わせながら楽しげに歩いていた。

 完全に遊ばれている。

 ついてきたことを若干後悔していると、突然金桝の歩みが止まった。


「え?」

「マンションに入る」


 すぐそこには、立派なタワーマンションが建っている。二人はそのまま中に入っていく。

 ここに住んでいるのだろうか。


「あの男の人、水無瀬さんだったんですか?」


 菜花はやっとのことで金桝から離れると、ずっと確認したかったことを尋ねた。すると金桝は、驚いたように目を瞬かせる。


「え? わかってなかったの?」

「う……」

「面白いなぁ、菜花君は。そうだよ。いつもの彼とはかなり雰囲気を変えていたけど、あれくらいで変装とは言えないよね」


 眼鏡一つで変装になると言ったのは、どこのどいつだ。

 事務所での金桝しか知らなかったし、大抵は結翔も一緒だったので、つっこみ役は全て結翔が引き受けていた。だから、金桝がこれほどまでにつっこみどころのある人間だとは思っていなかったのだ。

 だが、前回の依頼ではパソコンをウイルス感染させようとしているところを間一髪で阻止したり、その他にも、ターゲットの過去を洗い出したり、交友関係にある人物の特定や身元を調べたりなど、本職の刑事や探偵などが行うような仕事を短期間で詳細に調べ上げるなど、とんでもなく有能な部分も見せられている。

 金桝惇という人物は、つくづくよくわからない。


「ごく自然に入っていったところを見ると、しょっちゅう出入りしているようだね。あの彼女の素性を調べる必要があるな」

「え? ここは水無瀬さんの住んでいるマンションじゃないんですか?」


 菜花の言葉に金桝が大笑いする。


「あはははは! そりゃないよ。自分のマンションに浮気相手は連れ込まないでしょ。今、とても大事な時なのに」

「あ……」


 確かにそうだ。自分の住んでいるマンションに、婚約者ではない女性を連れ込むなどありえない。いつどこで、誰に見られるかわからないのだから。

 となると、ここはあの彼女のマンションということになる。


「こんなすごいところに住んでるなんて、彼女、何してる人なんでしょう? 綺麗な人だったし、もしかして芸能人とか?」

「さて、それは調べてみないことには何とも。まぁこっちは僕に任せておいて。それにしても……結翔君の報告にもあったけど、水無瀬遼はどうやら黒に近付いてきたね」


 そう言った金桝の顔を見て、菜花は小さく溜息をつく。

 何故なら、呟きに近い声でそう言った金桝が、怪しげな表情を浮かべていたからだ。

 どう暴いていってやろうかと、獲物を狙う捕食者のような微笑み。

 その顔を見ただけでわかる。金桝は絶対に敵に回してはいけない人物だと、菜花は痛切に感じるのだった。

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