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社内監察代行─S.P.Y.株式会社【書籍版タイトル:S.P.Y.株式会社 社内の不正、お調べします】  作者: 九条 睦月


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6.広がる綻び

「やっぱり沖縄で決まりでしょ!」

「えー、私、北海道がいい」

「私は京都がいいなぁ」

「九州もよくない? 食べ物美味しいし!」


 菜花の周りでは、そんな賑やかな声が飛び交っている。

 今日は、菜花が本来の姿に戻る日だ。

 大学構内は今日も穏やかでのんびりとしており、此花電機の社内とは全く違う。此花電機が殺伐としているというわけではないが、やはり大学と会社では、漂う空気やら緊張感が異なる。それは単に、菜花の気持ちの問題なのかもしれないが。


「菜花! 菜花はどこに行きたいの?」

「……え?」

「もう! ちょっと目を離すとすぐにこれだし。卒業旅行、菜花はどこに行きたい?」

「卒業旅行……」


 講義が終わった後、構内のカフェテリアに集合するやいなや、その話題で持ちきりだった。

 仲のいい友人たちとの、大学生活最後の旅行。

 ずっと楽しみにしていた。しかしそれは、今年の夏頃までの話だ。

 周りの友人たちは、全員就職先が決まっている。卒論にあくせくしてはいるけれど、卒業が危ぶまれるほどではない。就職が決まった後はもう卒業を待つばかりで、最大のお楽しみが卒業旅行というわけだ。海外へ行くというグループもあるようだが、菜花が仲よくしている友人たちは、皆国内派だった。だが、見事に意見が割れていて、いまだ行先が決まらない。


「そろそろ予約取らないとさ、いいところは埋まっちゃうし」

「そうだよねー」


 楽しみにしていた。いや、今だって楽しみなのだ。でも、手放しでというわけにはいかない。この中で、菜花だけがまだ就職が決まっていないのだ。置いてけぼり感が半端ない。

 だが、そんな気持ちを口に出すわけにはいかない。せっかく皆が盛り上がっているのに、そこに水を差すような真似はしたくない。しかし、嬉々としてこの話題に参加できないことも、また事実だった。


「私は特に……。皆と行けたらどこでもいいよ」

「もう、菜花には主張がない! もっと自己主張していいんだよ?」

「そうそう。控えめなのもいいけど、ここぞという時にはちゃんと自分の意見を言わないと!」

「はははは……」


 別にそんなつもりはないのだが、確かに彼女たちと比べれば、自己主張はあまりないかもしれない。しかし、全員の主張が激しいと、話がなかなかまとまらない。主張の強い者もいれば、弱い者もいる。それでバランスが取れると思うのだ。

 就職課で行われる模擬面接では、菜花はいつも同じことを言われていた。それは、今彼女たちが言ったことと相違ない。

 就職のことを思い出すと気が滅入る。バイトに明け暮れるよりも、本当はそちらに本腰を入れるべきなのだろうが、そんな気持ちにはなれず、棚上げ状態だ。この調子だと、卒業までに就職が決まらない可能性もある。そうなったら、皆と一緒に旅行になんて行けるだろうか。


「えっと、ほんとにどこでもいいんだよね。沖縄も開放感あっていいし、北海道も素敵だし、京都も憧れの地だし、九州は食べ物も美味しいし温泉あるし」

「菜花」

「私、就活のこともあるし、そろそろ帰るね。ごめん!」


 菜花は席を立ち、笑顔で友人たちに手を振りながらこの場を去る。皆は引き留めたそうな顔をしつつも、就職活動と言われてしまうと何も言えず、手を振り返すのみだ。

 ごめんね、と心の中で謝りながら、菜花は大学を出た。


 皆、いい友人たちだ。少々お節介なところもあるが、それは菜花がいつも皆より一歩も二歩も出遅れるからだろうし、世話を焼かれること自体は嫌ではない。それでも今は、彼女たちと一緒にいると疎外感を覚えてしまうのだ。

 友人たちは卒業後の進路が決まり、しっかりと地に足をつけている。それなのに、菜花は宙ぶらりん状態で、いつまでもふわふわとしたままだ。


「就活……どうしよう」


 エントリーしたって、どうせ弾かれるに決まってる。面接までいけたとしても、たいした動機や主張もなく無難に小さくまとまり、結局落とされるのだ。

 何度も何度もそんなことの繰り返し。これをやり続けなければいけないのは、どうしたって気が重い。

 憂鬱な気持ちで歩いていると、ふと目の前が暗くなり、柔らかな衝撃を感じた。


「わっ」


 人にぶつかったのだ。それも、まともに正面からぶつかってしまったらしい。

 菜花は、何者かの胸の中にいた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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