社員その④ 酒々井(女性)[1/3]
「そういえばですね、八幡さんちょー早かったんですよー。手で三回ストロークしただけで発射しちゃって。前に武勇伝のごとく語ってたからどれだけのモノをお持ちかと思いきや皮かぶりまくりの短小……それみた瞬間ポークビッツを思い出しちゃって……ふひぃっ」
今現在、お食事中であれば不徳の致すところと存じます。ただ同じように私も食欲減衰はもちろん、胃の底から酸っぱいものと罵倒の言葉たちがせり上がる気分でございますので何卒ご容赦いただければ。
それに会話の途中からおっぱじまって申し訳ない――というわけではなく、なんの前置きもなく猥談の口を切るのが酒々井さんの常。あまりお腹が空いてなかったからといって軽食にしなければよかったと、ビニール袋に入っている白の包みにくるまれたあらびきソーセージを諦念たっぷりにみつめた。
一緒に買ってきた緑茶を流しこんで一息つく。あのなあ、といいながら斜向かいの席にいる酒々井さんに目を遣ると、ドーナツを頬張ったまま携帯の画面を凝視していた。また犬の動画かよ、と小声で悪態をつきながら私は頬杖をついた。
酒々井さんとは同い年。私の一年ほどあとに中途社員として入社した。肩にかかるくらいの黒髪を揺らしながら、丁寧な言葉遣いと売れっ子声優よろしく耳に心地よい声で自己紹介したことを憶えている。
コールセンターが前職ともあって顧客対応も問題なく、ほどよく整った顔立ちもさることながら人あたりがよかったためすぐにみんなと打ち解けた。小柄で犬好きのためなぜだかチワワを想起させられた。あと胸がでかい。造形美もなかなか……おっとこれは余計だっただろうか。
今思い起こせば私にとってこれが酒々井さんのピーク。その好印象が回れ右と百八十度変わったのは酒々井さんが入社して二日か三日経った、今日と同じように昼休憩が一緒になった時だった。
あの時はお互いに一切の会話を介さず黙々と弁当を食していた。私はいつもより遅いペースで口に運んでいたにも関わらずあっさりと弁当を平らげてしまい、なんとなく落ち着かない時間を過ごしていた。
正直なところ私は人とのつき合いはじめに投げかける月並みな会話にひどくストレスを感じるタイプだ。「兄弟姉妹はいるんですか?」とか「職場までどうやって来ているんですか?」やら「休みの日はなにをしているんですか?」など、あたり障りのない会話を不毛と捉えている。「彼氏いるんですか?」って質問は捉え方によってセクハラになるらしいから気をつけなければならない、世知辛い世の中だ。
一服しに席を立とうとしたが、せめて一会話くらいと思い、絞り出した。
「パソコンじっと眺めてると、肩とかすごく凝りませんか?」
なんだこの唐突な質問はと心の中で何度も自分を叱咤した。その瞬間、林立したビルの窓ガラスに反射した陽光が、部屋に差しこんで視界を朧げにする……
傍らで酒々井さんはくすくすと口に手をあてながら笑みを浮かべて、
――あ、わかります。ずっと同じ体勢でパソコン画面にずっと目を遣っているので肩カッチカチ……って表現が幼稚っぽいですね、へへ。
と柔和な表情で笑いを含みながら答え、
――私もそうなんですよ。
なんて人に合わせることこそ月並みこの上ないと思いながら、気持ちだけ語尾を上げながら同調し、
――勤務中でも小休憩なら取って大丈夫ですので、ご自身のペースで業務に取り組んでくださいね。
と、温かいエールを送りながら颯爽と休憩室を去る。整えたジャケットの背中に尊敬に近しい眼差しを受け止めながら……
そんな陳腐なストーリーが展開されるはずだった。




