社員その② 久賀(女性)[2/2]
たまったメールを一掃したところで久賀さんは一息つく。デスクの上にあるスマートフォンを手に取ると、にんまりとしながら画面を眺めていた。
「姐さんなんだか楽しそうっすね。彼氏さんから連絡でもきたんですか?」
久賀さんが三白眼で睨みつける。童顔のせいかちっとも恐くない。
「違うわ。うちにいる猫ちゃんたちの様子を観察してたの」
印籠を振りかざすように、スマートフォンの画面をこちらに向けた。
玄関の天井から俯瞰するように部屋の様子が映っている。おそらく電球ソケットにそのまま取りつけることができるダウンライト型防犯カメラだろう。最近だとペットの監視用で使う人もいる。廊下から部屋に通じるドアが開け放しにされ、二匹の猫がみえ隠れする。
「あ、アンコちゃんとキナコちゃんですか? ご主人様がいないことをいいことに遊び惚けてますねー」
「勝手に名づけんな。リナとリアだ。二人合わせて――」
「『リナリア』でしょう? 春先から初夏にかけて咲く白い花の」
どっちともオスなのにね、とつけ加えようとしたがあまり調子にのると本当に殺されてしまう。
「姐さんが私の指導係だったころに、耳だこなくらい聞かされましたよ。たしかリナリアの花言葉は『この恋に気づいて』でしたっけ。名前の由来もですけど、狂おしいほど可愛い猫ちゃんたちだったから覚えてますよ」
そして姐さんの溺愛っぷりと、花言葉から引用するというアラサーの恋愛観アンド少女趣味に少しだけ引いたことも覚えてますよ。
「そ、そうかしら」
満更でもない反応だ。気分がよくなったようでなによりです。
些細な社内営業が成功したところでパソコンのディスプレイに目を遣ると、メールボックスには問い合わせの受信数を示すバッヂが「1」と表示されていた。メールを開封すると見覚えのあるメールアドレスと、長ったらしい駄文が並んでいた。
「あ、あの、姐さんすみません」
「あ?」
「パズルピースが……」
椅子の背もたれから細い身体を起こしてスマートフォンをデスクに放る。慣れた手つきで開封し、剣幕な顔で駄文を見、ピアノを奏でるようにキーボードを打ちはじめた。パズルピースの行く末も気になるところだが他の業務が滞ってきたため、取り急ぎ姐さんにとどめを刺してもらうことにする。たのみましたよ、デッドエンドマン。
仕事のできといい地頭のよさといい、おまけに国立大卒の久賀さんがどうしてこんなところで働いているのかと時たま思う。幼さが残るも整った顔立ちと柔和な雰囲気は男性を惹きつけるに違いなんて思っていた、最初のうちは。
チッ、チッ、チッ。
あ、また聞こえた。今日は三連続か。中の上といったあたりかな、苛立ち具合は。
入社したての頃は思わず泡を食ったが、今では生活音の一部のようになって気にならなくなった。むしろ、そのお陰で久賀さんの機嫌がどれくらいのものなのか測ることができている。やはり完璧な人間なんていないのだなと実感するとともに、久賀さんに恋人ができない理由がその舌打ちに如実に現れてるなとも感じる。
冷房の効いた十階のオフィスから微かにみえる青白い快晴の空を細目で眺めながら、私はそう勝手に結論づけた。そしてリナとリア――もとい、アンコとキナコには平穏な生活を送っていてほしいと、心の中で手を合わせながら祈っていた。




