社員その② 久賀(女性)[1/2]
※ 冒頭の一文に誤字がありますがすべて故意的です ※
『先日、御社のサイト無いでメッセージのやり取りをしていた女性と合って、はじめは普通にお茶をして、そのあとホテルに逝きまして、共にお風呂に入ったときにいきなりに浣腸をされ、尾てい骨ってところにヒビが入り怪我しまた。しかもですよ、自分が痛み悶えている間に彼女は財布からお金を取りました。そしてにげましたた。一万円もです。ひどいです。そこで本題です。この精神的苦痛に対する賠償と治療費は貴社にて賄ってくれるのでしょうかネ?』
なにいってんだこいつ。浣腸喰らって頭おかしくなったんじゃないのかネ?
だけどこれが、真面目も大真面目な問い合わせだから落胆する。民度が低いとか世間知らずだとかそういう域じゃない。サラリーマンとして日々あくせく勤労している人間であるはずなのに、よくもまあこんな誤字脱字まみれの文章を送ってこられるものだ。
メールアドレスから顧客情報を参照してさらに気分が落ちこむ。四十八歳、既婚。働き盛りも過ぎ、管理職に就いてゆったりしていてもおかしくない年頃。そんな人間がくれやがる問い合わせ内容がこれか。ていうか妻帯者がマッチングサイトなんて使ってんじゃねーよ! お前登録して半年だけど、今までの入金額二十万超えてるぞ! しかもなんだニックネームが「あなたの最後のパズルピース」って!
いくつになっても理性は性欲にかなわない。毎朝出勤してパソコンをつけると折に触れてそう実感する。朝一番で問い合わせ専用のメールボックスを開くと、いつも十何通と問い合わせのメールがたまっている。内容も陳腐でくだらないものばかりで、ある程度のものは用意している回答用テンプレートでやり過ごすことができる。
いつものように適当なテンプレートを挿入し、カーソルを送信ボタンにマウスオーバーした。その時だった。
「あ、そのメール送るのちょいとお待ち」
三十過ぎとは思えない久賀さんの幼い声が隣の席から飛んできた。
「パズルピースさんでしょ? その人さー同じような問い合わせを三回も送ってきたからさっき私が返しちゃった。それゴミ箱に捨てちゃっていいよ。もう一通を返信しようとしてるのは八幡さんかな? それも捨てちゃって」
私の隣にいた八幡さんは眼鏡を整えながら無言で頷いた。私はわかりましたといいながらゴミ箱ボタンにカーソルを移動させ、勢いよく左クリックする。二度と送ってくんじゃねえぞと呪いをかけながら。非常に気持ちがいい。
「今日も問い合わせが多いわー。メールならテンプレートあるしパパっと返せて楽だけどさ、絶妙にストレスを感じる作業よね。嫌になっちゃう」
そうおどけて久賀さんは話すが、本当はテンプレートを一切使用していないことを私は知っている。
正直なところテンプレートをそのまま挿入して返信しても、うまく噛み合わないことがたまにある。そうなってしまえばまたその内容に対して回答を求めるメールがくる。また、同じ社員が同じ会員の問い合わせを対応しているわけではないので、当該会員の送受信履歴を確認しないままテンプレートを使おうものなら、自転車操業のごとく話は収束しなくなる。ねちっこく問いただしてくる会員ほどその傾向だ。
ただし久賀さんは違う。
送受信履歴の確認はあたり前のこと、会員が次に質問するかもしれない問い合わせを予測し、その内容を併せて返信する。作成する文章も冗長でなく、読み手が不思議と納得してしまう端的な回答なのだ。そしてタイピングが恐ろしいほど速く、そのくせとても静か。完膚なきまでに論破するのが久賀さんの流儀。ストレス感じるだなんてチャンチャラおかしい。逆にメール対応で日頃の鬱憤を発散しているのだ。送ったメールは十中八九返信がこないから、陰で久賀さんのことを「デッドエンドマン」と呼ぶ人もいる。女性だけど。




