社員その① 小隅(男性)[2/2]
パーフェクトマッチの登録者数は男性三万人強に対して、女性は一万人前後。アクセス解析の定義期間にもよるがアクティブユーザーになると男性は半減、女性は八千人程度となる。
女性会員は登録も利用も完全無料だが、それでも「マッチングサイトはなんか危ない気がする」「純粋な出会いを望めない気がする」という負の先入観が邪魔をしてなかなか数が伸びない。最近ではマッチングサイトをきっかけに発生する事件も少なくないし、大々的にニュースに取り上げられることもあるから、どうしても二の足を踏んでしまうのだろう。無理もないことだ。
そこで私たちがノルマを課されて日々の業務として行っているもの、それがメール送信。
女性会員のアカウントを一日にひとつ作成する。登録して日の浅いまたは一定期間ログインのない男性会員を管理者画面から抽出してメールを送る。ちなみに男性会員は受信したメールを開封するのも、返信するのも有料。表向きはサイトの活性化を図るとのことだが、やっていることは正真正銘「サクラ営業」ってやつだ。奇しくも自分の名前が佐倉であることに誇りなど持つはずもなく、ただ忌々しいと感じるだけだ。
無論このことを男性会員に悟られるなどご法度だが、この小隅さんは昨日とは違う女性アカウントにも関わらず、新しい女性アカウントで一言一句変わらぬ文言のメールを、昨日抽出した男性会員に送信したのだ。そりゃあ年齢も血液型も身長も違う女性から同じメールが来れば、疑心暗鬼にならないはずがない。金払っている身としては文句のひとつやふたつ投げたくなるだろう。
「またやっちまったんすね」
「うん、またやっちまったの」
ちょっとは反省しろや、といってもちくわ耳の小隅さんには効果なしだ。ひとつ労いの言葉でも送ってやろうと開口したその時、コールが鳴った。小隅さんは一瞬だけ躊躇したが、二コール目の途中で受話器を上げた。いまいち煮え切らない男だ。
「お電話ありがとうございます。お客様相談室の『小谷』でございま……あ、はい。ええ……その件ですがこちらのシステムによる不具合でございま、あ……い、いえ、そのような営業活動は弊社では行っておりませんので……はい、大変申し訳ありませんでした……はい? ポイントの返還でしょうか……いえ、あのですね、サイトの特性上ポイント返還はできないと規約にも記載していま……た、退会したいと、あ、お手数ですが退会のお手続きはお客様ご自身で……代行による退会はできな……はい、はいそうで、ええ……」
どんな問い合わせ内容か訊くまでもない。因果応報。
私自身、今まで勤めた会社を振り返っても、小隅さんのようなうだつが上がらない社員は必要悪といっていいほど存在した。とりわけ業務内容が高度でなくとも、なにかにつけて失態をおかしてしまう。頭のよし悪しといってしまえば身も蓋もない話になるが、今までの生き方が起因しているといわざるを得ない。自分で汗かいて考えて、答えを見出した経験が圧倒的に足りない。つっけんどんないい方をすれば、その人が今までさぼってきたツケがまわってきただけだ。
でもまだ小隅さんは二十代後半。まだまだ起死回生の余地はある。私から勉強した方がいいなんて進言するのもおこがましいから黙っているが、いつの日にか一皮剥けることを向かいの席から密かに待ち望んでいる。小隅さんのサクセスストーリーがここから始まることを切に願っている。
「……はい……は、はい……申し訳ありませんでした……」
なんて、一縷の望みを託しても無駄になるだけだろうか。まあどうしても変わりたいなら、一回地獄でも落ちてみりゃいい。持論だけどね。
ちなみに蛇足だが、小隅さんは十歳上の奥さんがいる。とても不可思議ではあるがそれを聞かされた時、小隅さんに対して尊敬の念に似た歪な感情を僅かに抱いた。だけどそれ以来、私にそんな感情がまた舞いこんだことは、今のところない。多分これからも。




