あばよ、パーフェクトマッチ
物心ついた頃から母親がいなかった。
仲よしこよしな家族をみても、巷に溢れている華奢な体躯もその中に強かさがあるような母親をみても、心動かされることなんてただの一度もなかった。我ながら無頓着な性格だったのだろう。そしてそれは今でも変わらないと思う。
いや、この復讐譚をはじめるために普通の人間なら持ち合わせているあれやこれやを対価にした結果が今の私かもしれない。
最後の親類縁者である父が強盗致死傷罪で逮捕されたのは、ちょうど大学を卒業する頃だった。近所の乾物屋に忍びこんで金品をくすねようとしたところを店主にみつかってしまい、勢いで殺してしまったというまあよくある話。
そうなってしまった元凶は、マッチングサイト。俺がアルバイトで稼いだ金すら無心にするほど、父は依存していた。そのマッチングサイトは今はない、というよりも消した。
父が北海道の拘置所に収容され、新卒で入社予定だった専門商社の内定取り消しを喰らった日の夜だった。父と二人で住んでいた郊外にある安普請のアパートに帰るとその封書は宛名もなければ消印もなく、ドアの郵便受けに乱暴に詰められていた。
中を開けてみると、ホワイトマッチにくる意味不明なお問い合わせよろしくやたら堅苦しい文章が羅列していた。古典の文章を読んでいるように、あたかも理解して読み進めるように単語を繋いでいった。そして、一番下に無機質に佇んでいた文章だけが、その手紙の意味を成していた。
債務者 佐倉 哲郎
連帯保証人 佐倉 達郎
私の筆跡ではない直筆の文字が連帯保証人の欄に並んでいた。気持ちばかり父の氏名の筆跡とは違う風を装っていた。ただひとつ相違なかったのはその下に雑に押されていた印。私が持っている認印だったってことだ。
連帯保証人――端的にいえば主債務者に返済能力がなくなったらその代わりにお前が払えよ、ということだ。先へ先へと読み進めるあまり、上部に記載されていた漢数字に目がいかなかった。
借入金額 金伍佰八拾萬円也
読み解くのにどれだけ時間がかかったのかなんてもう覚えていない。時間でさえ悪戯に私を弄んたんだろう。父は、やつは息子の社会的地位をどん底に落とすだけでなく、多大な負債を残していやがったのだ。闇金のやつらがカチコミのごとく乗りこんで来なかったのは、私みたいな若造に対する彼らなりの情状酌量だったのだろう。
のちに訪れる地獄のような日々など不幸自慢にしか聞こえないから詳しくいわないけど、結論だけいうなら私は自己破産した。こんな事由にも関わらず免責許可も下りた。
そして私は、ひとりぼっちになった。
久賀姐さんには劣るが理系国立大のIT系学科卒という経歴が功を奏して、お客様相談室に所属する傍らで社内のセキュリティシステムの管理も行っていた。処分予定だったハードディスクに摘発するための情報を入れ、それをくすねた。当然ホワイトマッチは機密情報を消去した上で処分済と手続き上ではなっているが、私が改ざんした。息の根を止めるには充分すぎるものばかりが詰まっていた。
後ろめたさも罪悪感もない。これでもう三社目になるのか。以前にいたところより時間がかかってしまった。時短を心がけるに越したことはないが、今まで潰してきた会社の数がなにかを測るものさしになるわけでもなければ、履歴書に記載できる実績になるわけでもない。
マッチングサイトにのめりこんだ父、闇金にまで手を出して挙げ句の果てには強盗を働き、人を殺した。その父は北海道の網走刑務所にいる。そんなことはもうどうでもいいんだ。この世に存在するマッチングサイトはすべて私が――俺がぶっ潰す。根絶するその時までこの足は止まらない。
あばよ、パーフェクトマッチ。運が悪かったな。




