社員その⑭ 東海林社長(男性)
と、とうかいりん社長? いえいえこれで東海林と読むのです。
転職活動時の私はアホでした。面接を受ける会社の長、ましてや面接は社長が担当すると告知があったのにも関わらず名前も把握していないとは。そんなアホを雇ってくれたこの会社が「ブラックバード株式会社」だ。
……ん、なにか相違があっただろうか? いや、ない。あれ、文法的に合ってるっけこれで。
反語もそこそこにいったものの、私が籍を置く会社はホワイトマッチではなく正真正銘ブラックバードなのだ。健康保険証に記載している事業所名称も後者である。
表向きはお堅く営業しているとはいえ、女性会員になりすましてメールを送ったり、サクラとして働くメールレディを募ったりするなど、詐欺まがいな部分があることは否めない。悪質な同業他社ほどうちは風前の灯火なんかではないが、いつ摘発されたっておかしくはない。年々この業界は悪化の一途をたどっている。他を傍目にして対岸の火事などと高を括ってはいけないのだ。
そしてこれはある種、救済措置といえる。私たち社員はブラックバードより派遣されたという体でホワイトマッチに勤務している。そうすればいざ窮地に追いこまれたとしてもブラックバードにはなんら影響がないように仕組まれている。年商一億を生み出すコンテンツがなくなるのは痛いのだが。
そして極めつけが、偽名。
パーフェクトマッチの会員はホワイトマッチに在籍している佐原という人間が、いつも対応していると思っている。もしホワイトマッチがなくなれば佐原も小谷も多賀も笹見も鬼頭も、みんな煙のように消えてなくなる。ましてや会員がここぞとばかりに積年の恨みを晴らそうと烈火のごとく、例えば佐原に対して、訴訟を起こそうとも暖簾に腕押しってやつなのだ。架空の人間を訴えることはできない。
この社長はどうしてそんなリスキーな事業を立ち上げようと思ったのだろうか。ずっと羨望していた夢だったのだろうか、このパーフェクトマッチを作り上げることが。四年経っても会社の核心に迫ることはできなかったけど、とりあえず証拠は揃えられたからよしとしようじゃないか。
こんな私でもわかることはふたつだけある。ひとつはこの応接室で真向いに座っている社長はバイセクシャルということ。そしてもうひとつは、今から私が退職届を差し出すということ。




