社員その⑫ 内海課長(男性)[1/2]
慣れというものは恐ろしいものだ。四年も経てばおばあちゃん家にでもある木彫りの熊同然にみえる。オフィスに入ってすぐ近くに常備されている木刀も、催涙スプレーも、刺又も、スタンガンも。
それらの上に場違いのごとく位置する神棚だが、そもそも設置場所や向きはルールに則っているのだろうか。役職者は毎朝決まって二拝二拍手一拝する。今日もトラブルなく過ごせますようにと祈願する。そのトラブルは上層部に届く前に私たちが尻拭いしているとも知らずに。
人様に胸張っていえるような仕事でないとはわかってるけど、恨まれて報復の余地がある仕事に就くんだったら弁護士とか検事とかがよかった。まあ望んだところでそんな高尚なものになれるわけないけどさ。
「報復か……」
そう独り言ちたのがまずかった。
「報復だと? なに物騒なこといってんだお前」
太い声に虚を突かれて振り向くと、木刀が似合う豪傑、ではなく内海課長が泰然として立っていた。
昔気質な棟梁を思わせる風貌のわりには、前職が知育玩具を開発する有名メーカーの広報と異色の経歴を持つ。そして近くにいると香水とは違う甘ったるい匂いが鼻孔をくすぐる。
「なに目ぇ丸くしてみてんだよ、気持ち悪いな。おら、さっき届いたファックス処理しとけ。客を待たせんな」
「あ、はい。承知いたしました、おやぶ――いえ、課長」
「んん? あぁ、頼んだぞ」
まるで部下を追いこみへと見送るサラ金の親分のようだった。今時こんな古めかしい表現はしないだろうけど、本当に凶状持ちなんじゃないかと思うことがある。彫物が入っていると耳にしたことがあるし。今度訊いてみようかなあ。エンコ詰められるかもなあ。




