社員その⑨ 石毛(女性)[2/2]
非常階段を駆け足で抜け、倉庫のドアを大仰に開けるや否やあたりを見回す。誰もいない倉庫はいつもよりも空気が澄んでいて、違う部屋に入った感覚が一瞬だけ襲った。
しかし、デスクの上に置いているものが目に入った瞬間、数年前と似た光景が自分の頭の中に鮮明に蘇った。
ぐちゃぐちゃに書き殴られた紙片と、真っ二つに折られたボールペンだった。
メルレのオフィスは魔界村というよりも大奥だ。女性同士のいざこざが醜く、しかもひた隠しになって進行する。前にもメルレ間で衝突があった。いわずもがな石毛さんが関与していたわけだったが、やり口としては同様のもの。前回は楊井主任がその場に出くわしたため発覚した。
石毛さんをクビにする案も浮上したが、辞めさせられた腹いせにパーフェクトマッチの悪評や機密事項を漏洩されてはと上層部が恐れたためお咎めなしとなった。石毛さんの標的となったメルレは旦那の転勤のためタイミングよく自己退職したが、この事は第二支部に周知されないまま自然と収束した。いなくなったメルレの方も、樋春さんのように、自分に対してとても懇意にしてもらっていた。
蓄積する疲労感を抑えたいため、窓に近づいて適度に冷えた夜の空気を取りこむ。開けられるのは年末の大掃除くらいのなのに、窓は抵抗なくスライドした。
樋春さんの件は誰にも報告せず、自分が新しく買ってきたボールペンで代替するつもりだ。手に入れがたいブランドものではないからいいが、多少ばかり値が張るのが痛い。だけど今だけは、穏やかに日々が過ぎてくれればいい。
夜の帳が下りていく。「俺」の中でなにかが終わりに近づく音がしている。多分それは気のせいじゃない。




