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わたくし佐倉は男ですが毎日殿方にラヴメール送ってます  作者: 香井 八輔
社員その⑧ 樋春(女性)
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社員その⑧ 樋春(女性)[1/3]

 まるで魔法薬だ。なにをどう混ぜればこんなにも鼻につく臭いになるのだろうかと、ここに来るたび苛まれる。


 手狭なオフィスに設置されている十数台のパソコンも抗えないのか、色んな化粧品の臭いを、放熱しながら回遊させ続けている。目がチカチカするような色彩が空気中に浮き出てきそうだ。


 入口のドア付近にある空気清浄機は滑らかな色白だった本体を小汚い黄土色に変色してもなお、淀んだ空気を懸命に浄化しようときいきい呻きながら稼働していた。こんなところで働くなんて本当に貧乏くじ引いたなあなんて、無機質な機械に対して密かに同情を寄せる。


 ただ単にここが劣悪すぎるだけなのだ。不快指数計を設置したら針が振り切れてしまうだろう。空気環境コンサルタントも未曽有の経験をするくらいに。


 ここはホワイトマッチ第二支部。通称「魔界村」。別にサタンがいるわけでもなく、ましてやプリンセスなどいるわけでない。まあスケルトンならわらわらと群れているが。


 いや、スケルトンはあまりにもひどすぎるか。妖艶な淑女たちが皺くちゃになった指先でしなやかにタイピングしている。これでオーケー?


 そんな感じだからその呼称に深い意味はないし、掘り下げる余地も無い。強いていうならここに来ると折に触れて耳に届くあの嗄れ声が――


「ようこそ、いらっしゃい……佐倉ちゃん」


 これだけが的を射ている。そしてそれが常だ。短く息をつくと、その声の鳴る方に目配せした。今日も頬のチークが日の丸のように浮き出ている。


「ちゃんづけは恥ずかしいんでやめてくださいってば、樋春さん」

「あらやだぁ、佐倉ちゃんってば反抗期ぃ? 樋春おばさん悲しい……ぐすっ」

「はぁ、なんかごめんなさい」


 両手で顔を覆ってすすり泣く樋春さんにしぶしぶと謝る。両手を顔から離すとバービーのような滑稽かつ卑猥な笑顔が現れた。背筋がすうっと冷えた。


「……てへっ、なんてね。冗談よ、冗談」


 冗談はその陰毛みたいな髪の毛だけにしろ。あと両目が壊死してしまうような色で敷き詰められている花柄パンツもだ。ついでにそのバーゲンの見切り品みたいなチュニックもさっさと黒電話のカバーにリサイクルしちまえ。ああ、止まらねえ。悪態がこんこんと湧き出て止まらないよ。


「どしたの、佐倉ちゃん。さっきから視線がちらちらと宙を舞っているけど。仕事終わりだから疲れているのね……そうだわ! 今日ウチにご飯食べにきたらどうかしら? 佐倉ちゃんの好物のカレー作るわよ」

「いえ、結構です。お気持ちだけ」


 光の速さを上回ったのではないかと自負するくらい即答した。それにカレーが好きだなんて一度も発したことなどないぞ。

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