社員その⑦ 乾(男性)[1/2]
なにかに似ている。昔どこかで聞いた音にどことなく似ている。学校だろうか、それとも自分の家だろうか、それとも友達の家……というかあまり友達いなかったからそれはないか。
ああ、暑い夏の日の屋外だった気がする。甘酸っぱい汗のにおいが鼻の奥で佇んでいたような。嗅覚が遠い昔の記憶を呼び起こすのに最適って聞いたことがあるけど本当なんだなあ……ってそんな感傷に浸っている場合ではないし、浸る価値皆無の取るに足らない記憶。
でも思い出した。親父からよく持たされていた冷凍スポーツドリンク。最初の方は甘いけど最後の方になると味気なくなるあれだ。懐かしいなあ。高校化学で凝固点降下を習ってはじめて論理的に理解できたよ。最後あたりで、ペットボトル内の氷が飲み口を通るか通らないかまで小さくなると、シェイカーのごとく音を鳴らしながら懸命に振っていたな。
ただ自分で鳴らす分には気にならないのに、他人が鳴らすとこの上なく不愉快になるのはどうしてなのだろうか。
遠い昔の邂逅から現実へ引き戻されると、右手後方から痰の絡んだ咳とガシャガシャと鳴る耳障りな音がオフィス内を巡っていた。ノスタルジックな日々が一気にぶち壊された気分だ。発生源はいわずもがな、乾の馬鹿だった。久賀さんの舌打ちも絶好調。耐え切れずに注意しようとしたが、その役目は楊井主任が担った。
「おい、乾」
「はえ?」
目にかかった前髪をかき上げてわざとらしく語尾上げで返答した。人を苛つかせる一挙手一投足を無意識にしているから厄介だ。
「うるせえんだよさっきから。耳障りだからやめ――」
「いやでも自分ちょっと喉が痛くて。これが一番効くから飲まなきゃいけなくて」
反論するなよ。しかも若干食い気味で。
「じゃあ今日はもう帰れ。帰ってその得体の知れないものをたらふく飲んでさっさと寝ろ」
「いやいや嘘でしょう? こうみえても自分超元気なんで大丈夫す。ていうか得体の知れないものって酷いなー。これですね、のど飴を水に溶かしてるんす。喉風邪にはこれが一番で」
所々タメ口使うな。友達と会話してるんじゃねえよ。それにお前が持っているのは得体の知れないものこの上ないわ。薄い茶色味で正直飲む気がしない。
「……てめえ誰にそんな口きいてんだ?」
「はえ? いや別に変な口のきき方してないっしょ?」
乾の鳴らす雑音が忍び声レベルになるほど、楊井主任のデスクを叩きつける音がオフィスの空気を震わせた。乾はまるで自分が悪くないと主張するように口をぽかんと開けてアホ面を作っていた。
これは完全に堪忍袋の緒が切れたな。ご愁傷様、乾よ。小隅さんみたく罵詈雑言を浴びさせられちま――
「こずみいぃーーっ!!!!」
え!? なんでそっち!?
「お前ちょっと来いやぁっ!」




