攫われ令嬢と、黒翼の魔王
企画作品です。書きたいところだけ書いているので、全体的な話の流れと終わりには配慮しておりません(´▽`*)
攫われ令嬢。月の女神。画家殺し。それらはルーナを表す言葉だった。伯爵家に生まれ年は18、花も恥じらう乙女の肌は陶磁器のように滑らかで、一度触れれば指が離れないと侍女たちが絶賛している。傷み一つない絹糸のような金色の髪は、流れる度にため息がでるような艶を生む。そして、海の水を流し込んだと言われる深い青色の瞳は、ルーナと名を付けた青い宝石が出回るほど人を魅了してやまない。
つまるところ、ルーナは自他共に認める国一番の美女だった。名だたる画家たちがその美貌を紙に留めようとしたが、己の無力さに筆を折っていった。さらには、美の結晶を手元に置きたいと、売れば金になると、幼い頃から何度も攫われてきた。
そして今もまた、乗っていた馬車が襲われ、ルーナは男に担がれているのである。男は近くにあった森の中に入り、一目散に逃げだしたのだ。護衛団は男の仲間たちに足止めされていて、振り返っても追ってくるものはいない。
「ちょっと! さっさと私を解放しなさい!」
ルーナは自由な手足をばたつかせて逃げようと抵抗するが、男の腕はびくともしない。荷物のように肩に担がれている。その男は、不精髭に刀傷の多い顔、服も血や泥、汗の染みが目立ついかにもな悪人だ。血と泥は新しく、鼻をつく犯罪の臭いにルーナはむえせかえった。
「活きのいいお嬢ちゃんだな。心配しなくても、届けるまで大切に扱うさ。大事な商品だからな」
下品な笑みを浮かべた男に、品定めをするようにじろじろと見られ、ルーナは鳥肌が立った。そしてその言葉から、この男を雇った者がいることもわかる。だてに何度も攫われていはいない。
「あのね、私を攫ったら大変なことになるんだから! うちの優秀な護衛団が今頃追いかけてきているわ!」
「それより早く、お前を引き渡して、たんまり報酬をもらうだけさ」
男は上機嫌で、報酬をもらえた後のことを考えているようだった。ルーナの胸のうちに、じわりと嫌なものが忍び寄る。それは不安。多くの場合、攫われる前に護衛団が片づけてくれる。たとえ攫われても、潜んでいた別部隊によって助けられていた。だが、今回は少々時間がかかりすぎている。おそらく、逃げた男が一人だったこともあって、捜索が難航しているのだ。
(まずいわ……早く助けて! あいつが来る前に!)
ルーナは攫われ令嬢である。だが、その全てにおいて無事に帰ってきた。もちろん護衛団が優秀であるのも理由の一つだが、もう一つ秘密がある。ルーナは護衛団の影を求めてもう一度振り返るが、ただ木々が立っているだけ。落胆を隠せず、焦りが滲んだ顔を前に向けたとたん、ルーナの顔が引きつった。視界の上に、かすかに黒いものが通ったのだ。
(なんでもう来たのよ!)
木の根っこを避けるため、下を見ながら走っている男が気づくはずもない。黒い影は二人の上空を飛んでおり、次の瞬間、急降下した。ルーナは思わず見上げていた顔を前に戻し、男に叫ぶ。
「止まって! いえ、逃げてぇぇ!」
この男からも逃げたいが、迫ってくるものからも逃げたい。
「おい! 暴れるな!」
男が声を荒げ、ずれたルーナを担ぎなおした時、風が巻き起こりよろめいた。
「うおっ!」
「きゃぁ!」
ルーナは投げ出され、来るであろう痛みに目を瞑り体を固くしたが、何かに優しく包みこまれる。風が頬を撫でていき、ぴたりと止まれば、ふわりと香る上等なコロンの匂いに、観念して目を開けた。
「逃げてだなんて、つれないな」
耳朶をくすぐる声は低く、甘い響きを持っている。ルーナは横抱きにされており、頬に、首筋に彼の長い銀髪がかかっていた。女性的な美しさを持つその顔は、不敵な笑みを浮かべている。金の瞳にまっすぐ射抜かれれば、ルーナは大人しくしているしかなかった。
いや、その目だけではない。今ルーナがいるのは上空であり、落ちれば即死だ。彼の髪の向こうには黒い羽があり、古い物語では天使の羽を漆黒に染めたようだと形容されていた。その名をファルスと言い、夜を統べる王と呼ばれる魔王の一人だ。
「私の姫は、攫われるのがお好きのようだ」
「違うわよ! それに助けに来てほしいなんて言ってないでしょ!」
「お前に乞われずとも、私の宝石が盗まれたら取り返すものだろう」
「あなたの宝石じゃないわ!」
ルーナは誰をも魅了した。その昔、ルーナを攫いに来て、その美しさと面白さに「野で愛でる」と意味の分からない言葉を残して去ったのがファルスだった。魔王の襲来に今度こそ終わりだと幼いルーナは思ったのだが、その後ファルスは攫われるルーナをたびたび助けてくれるようになるのだ。
そして救った後は、決まって同じことを口にする。
「ルーナ。だから、さっさと俺のものになれと言っている。そうすれば、二度と攫われることなどない」
「嫌よ! あなたの国は地の底でしょ! 私はこの国が好きなの」
「そうか。なら、もうしばらくこの地で野に咲くお前を愛でるとしよう」
優しく目元を和ませ、口角を上げたファルスは羽で空気を掴み、風に乗って飛んでいく。その風が、ルーナの少し赤らんだ顔に涼しくて気持ちいい。
「ちょっと。護衛団を見つけたら下ろしてよね」
「その前に、ご褒美の口づけをもらっても?」
「ふざけないで」
いつものやりとりをしながら、ルーナは一安心して体の力を抜いた。もう何度目かわからないファルスの腕に抱かれ、疲れを感じて目を閉じるのだった。
そう、これは、攫われ令嬢とそれを助ける魔王の記録である。
★★
「ちょっと、止まりなさいよぉぉぉ!」
ルーナの絶叫が空に響く。空にだ。今日も今日とて、ルーナは攫われていた。だが、馬車でも、担がれてでも、船でもない。ルーナは抱きかかえられ、空を飛んでいた。
「あんまり騒ぐと、落とすぞ? 上に放り投げて、落下する直前で受け止めて遊んでやる」
「いやぁぁ、何その恐ろしい高い高い!」
いつもなら、手足をばたつかせ抵抗ぐらいするのだが、空を飛んでいてする勇気はない。だが、ツッコミをいれる余裕はあった。
「というか、あなた誰よ。ファルスの知り合い?」
空を飛んでいる。つまり、攫った者は飛べるのだ。男の背には蝙蝠のような羽があり、頭の上には角もある。顔はファルスには及ばないが美形であり、抱きかかえられた腕には筋肉があり男らしい。
「ファルス? はっ、そんな男知らねぇな。ま、人質は人質らしく、大人しくしとけや」
「え? きゃあっ!?」
男は言葉を返したのと同時に急降下し、ルーナは短く悲鳴を上げた。空気は冷たく、浮遊感に身をこわばらせる。抱きかかえられているとはいえ、怖いものは怖い。草原が見えたころ、通り過ぎていく景色がゆっくりとなり、男は静かに着地した。ルーナは衝突をまぬがれ、ほっと小さく息を吐く。
「ここ……王都からだいぶ離れた大草原じゃない」
この国で草原地帯は多くない。飛んでいた時間はそれほど長くなかったが、馬だと半日はかかる距離だ。
(さすがにうちの護衛たちでも、追ってこられてないでしょうね……。癪だけど、ファルス待ちだわ)
腹立たしい。非常に腹立たしいが、今はあの男に頼るしかないとルーナは草原に腰を下ろした。取り乱すことのない様子を見た男は、ほぉと感心そうに声を漏らし興味深げに口角を上げる。
「さすがは攫われ令嬢。肝が据わっているな」
「そりゃあ、慣れもするわよ。でも、空を飛んで攫われたのは……」
もう何度目か数えてすらいない。慣れたとはいえ、自分の意志とは無関係に攫われるのは嫌なものだ。不満を瞳に込めて睨んで、攫われ方への苦情を言おうかと思ったが、はたと止まる。闇を溶かし込んだような色の羽と、そこにかかる銀糸の髪を思い出し、浮かない顔でルーナは草原に視線を飛ばした。
「初めてじゃないわね……」
「それは残念だ。なら、他の初めてをもらうとするか」
「え?」
どういう意味? と、顔を男に向けた時には、その精悍な顔が目の前にあって。頭の後ろに手が添えられ、彼の赤い瞳が光った。
「ちょっ」
「こういう時は、目を閉じるもの、だっ……!」
偉そうな口調でそう命ずる息遣いを感じる距離。口づけされる。そう思った瞬間、目の前を何かが通り過ぎた。ルーナには認識できなかったが、男がそれを避けようとのけ反ったのだ。
「悪いが、ルーナの初めては全て私がもらうと決まっている」
低く響く声。不機嫌さがありありと出ており、顔も嫉妬と怒りに歪んでいるのに、ルーナは安心してしまった。男は舌打ちをし、額に滲む血を手の甲でぬぐって立ち上がる。
「優秀な番犬だことで」
男は挑戦的な笑みを浮かべると、拳を鳴らし、腕と首を回しながらファルスに近づいていく。
「よくほざく負け犬だな。再び地の果てまで沈めてやろう」
ファルスが胸の前に手を突き出すと、闇が生じ、収縮したそれは抜き身の刀となった。王国では珍しい、細身のやや湾曲した片刃には紫の筋が入っており、ファルスの愛刀だ。
男は拳を握り構え、ファルスも右手で握った刀を体の中心に構える。そして、両者ともに地面を蹴り、上空へと飛翔した。宙で対峙する二人。ファルスが勢いをつけて上段から振り下ろし、男はそれを二本の指で止める。そのまま刀を下へと押しやった男は、空いている左で拳をファルスの顔へと繰り出した。それを避け、ファルスは刀を引き寄せ薙ぎ払う。拳と刀がぶつかり合い、火花を散らし、鋭い音を響かせていた。
「なんで刀を手で受けられるのよ……」
その戦いの細かいところは地上にいるルーナには見えないが、音と火花から激しさは伝わっていた。動きのあとを銀の髪が追い、線を描く。それが美しかった。
そして、一つ分かったことがある。
「あの二人、知り合いだわ」
ルーナは人の悪意や殺気に敏感だが、あの二人からは全く感じられないのだ。
「せっかくなら、観戦しながら紅茶が飲みたかったわね」
緊張感のない声で呟き、二人の戦いを目で追う。打ち合いの末、拳と刀が合わさり力比べとなっていた。
「おいファルス。あの子に熱を上げて、腕がなまったんじゃねぇか?」
「だまれ。今日はあいつを攫って、湖を散策するつもりだったのだ。それを邪魔した罪は重い」
誘ってではなく、攫ってというのがファルスである。男は呆れ顔になり、「この馬鹿が」と吐き捨てると、片方の手で手刀を突き出した。眉間へと迫るそれを、ファルスは上半身をずらして避ける。だが、遅れてなびいた髪の数房をかすめ、風を受けて散っていった。光を受けて輝きながら舞う銀に、ルーナは見入る。
二人は一度距離を取り、ファルスは足を前後に広げて腰を下ろし重心を低くすると、刃を上に向け頭の横で構えた。ファルスが勝負を仕掛ける時の恰好だ。男も同様に腰を低く落とすと、拳を解いてゆるく構える。
ファルスの姿がかき消えた次の瞬間、男の背後に現れた。高速の突きを男は後ろを見ることもなく躱し、身をひるがえすと指を一本立て、空を突いた。
「堕ちろ、空の王」
彼の指先から無数の光の弾が放たれ、ファルスを光が包んだ。
「ファルス!?」
思わずルーナは立ち上がり叫ぶ。彼が攻撃を受けることは滅多になく、光が消えた後、ルーナの目に映ったのは舞い散る黒い羽。羽を盾にして守ったファルスの体がゆっくり傾き、急速に落ちて行った。
「ファルス!」
間に合わないと分かりながらも、駆け寄る。ファルスは傷ついた羽でなんとか風を掴み、地上に降り立った。
「お前を見下ろすのは愉快だな。羽をもがれた気分はどうだ、王様」
ファルスの黒い翼にはいくつかの穴が開き、そこから血が滲みしたたり落ちている。剥がれた羽が地面に黒い模様を作っていた。顔には血が飛んでおり、遅れて舞い降りてきた羽がその光景を引き立てる。
「誇張するな。少し羽が傷ついただけだ」
余裕のあるファルスの声に、傷の様子が目で分かる距離まで近づいていたルーナは、表情を和らげる。だが、彼の表情を見て、声をかけるのを止めた。
(うわぁ、すっごく怒ってる)
上空の男は勝ち誇った様子で高笑いをしているが、ファルスは無表情だった。常に余裕のある中性的な笑みを浮かべているファルスだが、怒った時は蝋人形のような顔になるのだ。
「羽が傷ついては、ルーナを連れて飛べないだろうが」
怒りのこもった低い声が地を這い、ルーナはぞわっと寒気を覚える。上にいる男は聞こえていないようで、「魔王も大したことねぇな」と笑っていた。
「ごみ虫が。地獄の業火に焼かれろ」
刀に刻まれた紫の筋が怪しく光り、ファルスは手首を返して斬り上げる。次の瞬間、すべてを飲み込むほどの巨大な炎の柱が空に向かって伸び、燃え盛る激しい音と引き寄せられる風に、ルーナはよろめく。
「きゃぁ!」
前に倒れそうになったその時、刀を持った腕に抱きとめられた。
「世話の焼ける」
ルーナが顔を上げると、ファルスは小ばかにしたように微笑んでいた。炎が消えた空にはあの男の姿もなく、雲すら無くなっていた。ファルスは露払いをするように刀を振ると、刀は闇へと戻った。
「さて、少し趣向は変わったが、今日は草原を散策することにするか」
そして何事もなかったかのように、ファルスはルーナを抱きかかえて歩き出す。その流れるような動作に、抵抗する間もなかったルーナは目を丸くする。
「え? ちょっと、なんで?」
「今日はお前と遊ぶ予定だったからな」
「いやそうじゃなくて、怪我の手当てもしないといけないし、まず私は歩けるわよ」
先ほどの戦闘との落差が激しく、ルーナは混乱していた。そこに追い打ちをかけるようにファルスは妖艶な笑みを見せ、耳元に口を近づけてささやく。
「私にとって羽は大切でな。責任を取ってもらいたい」
「……へ?」
「お前のために戦い、傷ついたのだ。そろそろ私のものになれ。お前が望むのなら、地の世界に太陽を作ってもいい。そしてお前を映したような月も浮かべよう」
「いやいや。待って!?」
「このまま地の底まで歩いて行ってもいいな。お前の部屋はすでに用意してあるのだ。城の侍女たちも、月の女神と呼ばれるお前が来るのを楽しみしている」
がっしりと力を込められて抱かれている腕に、ファルスがいつになく本気であることを感じたルーナは、死に物狂いで体を動かす。
「嫌! 嫌よ! 私はこの世界で生きるの~!」
そして、ファルスによる拘束散歩は、護衛団が半日馬を飛ばして駆けつけるまで続いたのだった。
★★★ 流血表現注意
「ねぇ、ファルス。癪だけど、少しは助けてもらっているから、贈り物をしようと思うのよね。……その、好きな色ってある?」
照れ隠しか、怒ったような表情でルーナはそう言った。それが、10分前だった。「何色でもいい」と答えたファルスに対して、ルーナは「青? それとも赤?」と、顔をじろじろと見ながら考えるように話していた。
ふふふ、と企むような笑みを浮かべるルーナは可愛らしく、すぐにでも地底に連れて行きたくなったファルスだ。日々抵抗され、かわされ、だがそんなやりとりが心地よい。
それなのに、今ルーナは紅の中にいる。腕の中に力なく横たわり、虚ろな目は焦点が合っていない。今日も、ファルスはルーナを攫って王都の大通りを歩いていた。絶世の美女の隣に魔王がいる。種族の融和が進んだこの国でも目を引くが、皆見慣れた光景だった。
贈り物をしてくれる。その一言に心が沸き立ち、愛おしさがこみあげていた。それが、一瞬だった。魔王であるファルスをもってしても、何が起こったのか分からなかった。
ルーナのおしゃべりの声が止まったと思えば、その体が崩れ落ちたのだ。反射的に抱き留めたファルスの目に飛び込んできたのは、深紅。支える手へ、腕へと流れ落ちる生温かいもの。
「なんだ、これは」
悲鳴が次々に起こる。声が、素通りする。ファルスはすぐに辺りを見回したが、怪しい気配も殺気も感じ取れなかった。
「……ファ、ルス」
かすれた、弱弱しい声が聞こえた。血の気の引いた顔、広がっていく赤い染み。心が冷えていった。口の中が渇いて、言葉をかけたくても、喉が閉まって声が出ない。ルーナは視線をさまよわせ、ファルスの金色の瞳を見つけると安心したように微笑んだ。そして、小刻みに震える血に濡れた手をファルスの銀の髪へと伸ばし、掴んだ。
「ルーナっ!」
その手は滑り落ち、ファルスは手を掴む。握り返す力は、ルーナに残っていなかった。
「あぁ……」
ルーナは霞む視界で、銀の中に朱が混じったのを見て目を細める。
「やっぱり、リボンは……赤がいいわね。よく、似合う」
うわごとのようで、ファルスは強く手を掴む。
「ルーナ! 待て! 私に贈り物をするのだろう! いくな。私を置いていくな!」
ファルスの意識は、そこで覚醒した。
「ねぇ、ファルス。私、自分の部屋のベッドで寝ていたと思うのよね」
目を覚ましたルーナは、いつもと違う天蓋といるはずのない存在に、重く息を吐いた。身を起こし、恨みがましい目をファルスに向ける。寝具にも夜着にも乱れはなく、何かあったような跡はない。見回せば覚えのあるファルスの私室であり、まるで最初からここで寝ていたかのようだった。
上機嫌のファルスは、ベッドサイドに置いてあった鈴を鳴らして、侍女を呼びお茶を淹れるように命じる。何度見ても見慣れない骸骨の侍女に、ルーナの眠気も一気に冷めた。
「ちょっと、聞いてる? 寝ている間に攫うのは、さすがにひどいと思うのだけど」
今までもファルスに限らず、寝ている間に攫われそうになったことはある。だが、夜は特に護衛団も警戒し、ルーナも気が付くためどれも未遂に終わっていたのだ。
「一応声はかけた。私と共に来いと。返事がなかったので、そのまま連れてきたがな」
「本気で起こそうとしなかったでしょ」
「私の姫が気持ちよく眠っているのを邪魔するのも気が引けたのだ」
そう悪びれもせず話すファルス。話をしている間にお茶が入り、骸骨の侍女が恭しくお盆に乗ったティーカップを渡してくれた。骸骨がお仕着せを身にまとい、優美な所作で給仕をしてくれる状態はまだ慣れない。
「……なんで、気づかなかったのよ、私」
普通なら物音一つで目を覚ますのにと、悔しさを滲ませるルーナに、ファルスは勝ち誇った笑みを見せつける。
「私の攫う能力が上回ったということだ。それに、最近はよく腕の中で眠っていたからな」
「あ、あれは、攫った人たちから逃げるのに疲れたから!」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、言い訳をするルーナは抱きしめたいほど可愛らしいが、ファルスは我慢して手を取り甲に口づけを落とす。
「さあ、朝食を食べたら私の国を紹介しよう」
「待って、一度家に帰してよ。今頃大騒ぎしているわ」
「問題ない。ちゃんとお前の侍女に断りを入れておいた」
それはもう、攫うとは言わないのではと心の中で思ったが、口には出さない。
「そうそう、前に連れてきたときには簡単な太陽を作っていたが、強い光と熱で溶ける魔物たちが出てきたからな」
心なしか弾んだ声のファルスに、ルーナは嫌な予感がする。そして音もなく、骸骨侍女がドレスを複数用意しており、飲み終わったカップを下げてくれた。
「お前の家の隣に屋敷を建てることにした」
「え、まさか、取り壊されている理由って……」
ルーナは貴族の屋敷が立ち並ぶ一角に住んでいる。最近近所が騒がしいと思えば、隣の屋敷が取り壊されていたのだ。老朽化しており、長い間誰も住んでいなかったと記憶している。同じ年頃の令嬢でも来ないかしらと、楽しみにしていたのだが……。
ファルスは満足げに口角を上げ、ルーナの手を引いてベッドから降ろした。
「私はどこからでも、この国に戻れるし、これでお隣さんというやつだな」
「そんなお隣さん嫌!」
攫われ、助けられ、言い合う。まだこの関係は続きそうだった。
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