朝食
「ねぇねぇ蒼くん。昨日はバイトから帰ってきて早々に寝ちゃったからあまりお話が出来なかったから今聞くね。昨日はどうだった?どうって聞かれても答えずらいよね。クラスにお友達は出来た?ほら、蒼くんって内弁慶でお姉ちゃんとはお話しできるけど他の人との会話となると固まって話せなくなるし不愛想にもなるから誤解されやすいと思うんだよね。だから上手くできてるかなって心配になって……もし昼休み一人で寂しいのだったらお昼一緒に食べる?あっはいはい、蒼くん。いいよ、渡すね」
この会話。会話と言っていいものか分からないものを遮り主導権を握るために挙手をした。この手を上げなければ話し出すことも出来ない僕は蓮見蒼真。桜を宙に舞わせるような爽やかな風吹く早朝から重い言葉を発する蓮見華墨の一つ下の弟である。
「現状クラスで人と話せれてないだけで、今日行って昼までに何か変わるかもしれないし決まったら姉さんに連絡を入れる」
「うん、分かったよ。それと今日もご飯ありがとうね、ごちそうさま。―今日は生徒会の会合があるから先に出るね。一人でも登校できそう?不安になったら―」
「何回か行ったんだから一人で行けるよ、姉さん」
「そうよね。じゃあ、いってきます。―蒼くん、戸締りしといてね。あともう一つついでに、愛してるよ、蒼くん。」
「あいあい、いってらっしゃい」
ご機嫌な状態のお姉ちゃんを横目に洗い場に移動する。玄関からガチャッっと戸が閉まる音が聞こえたので、ふと声を漏らす。
「そんなこと言わなくても分かるよ。お姉ちゃん」
僕とお姉ちゃんは同じ高校、私立神代高等学校の生徒だ。この学校は全国区で見てもトップレベルの学校で、多くの生徒が神と世に称される才を持ち、この高校三年間を経て更なる高みに近づくなどと噂されているが、実情は僕のような凡才でも入れる場所だ。噂は所詮噂。確かに神に価する卒業生は存在するが、それはほんの上澄み。実例のある事象に色鮮やかな嘘を塗り固めた芸術的代物だ。そんな学校の方針はよくある「生徒主体で物事を進行させ将来的に必要な技能を習得させる」というものだ。だからお姉ちゃんは朝から生徒会の激務を全うしている。
僕とは違ってお姉ちゃんは完璧な天才で、他のどんな人間よりも可憐で、僕が誰よりも尊敬できる存在だ。そんなお姉ちゃんが僕のことを心配してくれている、愛してくれているという事が生きる上で何よりも糧となる。けれど今年度から高校生となった僕は愛するお姉ちゃんに依存している現状から逸れなければならない。
そんなこんな、あれやこれやと軽く思考しながら朝食に使用した食器類を洗い、水切りラックに片し、事前に用意していた学校の用意を手にし、忠告通り戸締りの確認をして家を出た。
「行ってきます」
この声は誰もいない家の中でただ消えた。