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たこ焼き

作者: 柿畑 紫慧

商業的な新卒


駅を降りると、淡くソースの香りがした。


まじか、噂は本当だったのか。これじゃあ九州のある駅を降りたら空気は豚骨スープに支配されているのか。恐ろしい。僕がラーメンとかいう食べ物に忌避反応が出てしまううちは、当分行けないじゃないか。まぁ、行く予定もないけど。


ネクタイの襟元をキュッと持って、位置を直す。ドラマとかでよく見る「仕事ができる人」がよくやる仕草なのだけれども、いまいちこの行動と当人の出来の良さに因果関係があるかどうか理解できていない。格好いいのと仕事できるのは違うだろ。

それにしても疲れた。新幹線で2時間半、慣れないスーツの肩が重たい。首を捻るとコキュリ、とおかしな音がした。もしかしてひねったか。とりあえず今日泊まる宿を探さなきゃ、とスマートフォンのマップを開く。


それにしても大きな駅だ。全身スーツに包まれてキャリーケースを引いている自分がちぃとも浮いていない。どこを見ても人で溢れている。東京では乗り換えに忙しくてまともに周りを見ている余裕なんてなかったけれども、こうして落ち着いてみると、やはり同じ日本とは思えないというか。都会と田舎の圧倒的な差をまざまざと見せつけられている気がした。


ガタン。点字ブロックの凹凸でキャリーケースが小さく跳ねる。スマートフォンの上の現在地を示す青い点が、「ひとりぼっち」を告げていた。


予約していたビジネスホテルに荷物をおき、ふらりと夕暮れ時の街を歩いてみる。採用面接は明日。元来臆病な性格なのでこういった知らない土地は絶対に一人でフラフラ歩いたりすることはなく、最寄りのコンビニで買ったお弁当をモサモサと食べるのだろうとここに来るまでは思っていたのだけれども。

駅で嗅いだ、あの匂いがどうしても忘れられなくて、こうして出てきてしまった。頭の片隅では『明日の面接に響いたら嫌だなぁ』という考えがぐねぐねととぐろを巻いて居座っているのだが、それ以上にたこ焼きへの欲が勝ってしまった。


おそらく、今まで生きてきた人生の中で一番たこ焼きが食べたいと思っている。間違いない。

大きな商店街に出た。平日だというのにそこそこな人通りで、閑古鳥すら飛び去ってシャッター街と化したうちの地元とはえらく違った様相だった。

革靴が床と当たってカツカツと音を立てる。ポケットの財布が、小銭をジャラリと言わせた。


たこ焼き屋は、拍子抜けするくらい簡単に見つかった。白い鉢巻を巻いたおじさんが、せっせと生地をひっくり返している。

「あの〜。」

「ん?なんだい?」

「たこ焼きを、ひとつ」

「あいよ!」

ください、まで言い終わらないうちに、おじさんはパッパッパと手際よく箱にたこ焼きを詰めていく。

「はいお待ち、500円ね。」

金ピカの500円玉を一枚手渡すと、おじさんは

「まいど!」

と白い歯を見せてニカリと笑った。


たこ焼きの箱を持ったまま商店街をフラフラと歩くと、急に川辺に出た。幅の広い水面に、漁の船だろうか、一艘浮かんでいる。僕は近くのベンチに座ると、ひとつ、たこ焼きを口に入れた。


あっつ、うん、うまい。

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