スルメイカふたたび
出来るだけ短くしたつもりが、書きたい事が多すぎて、何時もより少し長いです。
あれから4年。30歳を目前に控えた今日この頃。
今の俺が何をしてるかって聞かれたら、1人で電車の旅。
向かう先は金沢のとある商店街。
「うー緊張する。久々だもんな……」
この4年間、爺ちゃんの船の名義を俺に変えて、ちゃんと普通の漁船として修理して、漁協に登録して漁師として生きる傍ら、専門学校に通って調理師の免許を習得したんだ。
誰かに作った料理を美味いって言って食ってもらえるのが、楽しいって本気で思えたから行動してみた。
「店に居りゃ良いけど。居なかったら安いホテルか安い旅館探して……何泊すりゃいいだろ……」
その報告にポセイドンの店を訪ねるとこ。
帰って来て数カ月後に送られてきた荷物に書いてあった送り主の住所、ストリートビューで探したら小さな看板に割烹 海って書いてある建物があったんだ。
見つけた時は飛び跳ねたよ。また会えるって思ってさ。
だけど、専門学校に通ったり漁師をしたり、色々と忙しくて行く暇が無かったんだ……なんて言い訳だな。
「どんな顔して会えば良いかわかんねえ……」
金沢に到着するまで、1人で悶えてた。
到着して、タクシーに乗って目的の商店街の入り口まで来て引き返したくなったけど、この3年、10歳くらい年下の同級生達に混ざって通った専門学校での生活を思い出すと、こんな事くらいでって思える。
ぼちぼち1人で歩きながら商店街の真ん中の交差点まで来た。
「やっぱり地方の商店街ってこんなもんだよな……」
シャッター街って言うの? 2軒飛ばし位でシャッターが閉まってんのな。
そんでシャッターに売り物件やら貸物件なんて書いてある張り紙がしてある。
交差点を曲がって、1つ裏の筋に入って少し歩いたら、ストリートビューで何回も見た場所に来て……
「あった…………」
住宅兼店舗になってる…………はずの…………
「売り物件か……」
看板なんか何処にも無くて、売り物件って張り紙してある、何度もストリートビューで見た店。
張り紙に取り扱ってる不動産屋までの地図と電話番号が書いてあって、商店街の中にある不動産屋だったから電話してみた。
「お兄さん、保生さんの知り合い?」
電話したら、2分くらいで来てくれた不動産屋さん。
「ええ。半分くらい師匠みたいなもんで、半分くらいは友達ですかね」
建物の中を見てみるか?って問われて、見てみますって答えたから鍵を開けてくれてるとこ。
「突然だったんだよね。ある日いきなり、俺はホットケーキ屋になるなんて言い出してさ。知る人ぞ知る人気料理屋だったのにさ」
「ホットケーキ屋ですか?」
中に入ると電気は来てるみたいで灯りを付けてくれた。
「トラックを買って、荷台を屋台に改造して、何処から持って来たのか分からないホットケーキ専用焼き鉄板を据え付けてさ、日本全国の児童養護施設を回って無償で子供達にホットケーキをたらふくご馳走するなんて言い出してさ」
「何時くらいからですか?」
ホコリ1つ無くて、掃除も行き届いてる料理屋の1階、居住スペースは2階3部屋と1階の奥の部屋で、そこには家具なんて何も置いてなくて……
「肺炎が流行った年があったじゃない、あの年の秋口だったかな」
「なるほど……」
地球でやりたい事が出来たって言ってた頃だ……
「商店街を抜けた所に児童養護施設があるんだけどね、そこにも毎月1回は来てるし、今じゃ全国に、たらふく運動とか言って広まってるらしいし、アパートの経営をしてたり、何個も会社を経営してたり、料理人だったりと、あの人も多彩な人だよねえ」
俺の知らないポセイドン……色々やってんだな……
「ここはなんでこんなに綺麗なんですか?」
少し気になった、どう見ても掃除は行き届いてるから。
「保生さんが毎月掃除しに帰って来てるからね」
良かった会えるかも知れない。
「まあ、この建物はね……店舗をこのままで使ってくれる人に売ってくれって委託されてるだけの建物だからさ。うちの店で扱ってるけど私の方ではどうにも出来ないんだけどね」
このままで……
「あの、この建物っていくらですか?」
頭の中で考えてもいなかった言葉が出て来て……
「手数料やら印紙代とか税金も全部含めて600万だね、安いでしょ? お買い得だと思うよ。立地条件はそんなに良くないけどね」
値段を聞いて自然に出た言葉が……
「俺が買います。調理師免許を習得したばかりで店舗を探してたんです」
通帳の中身は1円も使ってない。だから少し手出しするだけで足りる。普段の生活は漁業でなんとかなってるし……
「お兄さん本気かい? なら色々手続きがあるけど時間大丈夫?」
「大丈夫です。数泊するつもりで来てるので」
そして俺は地元を離れて、一国一城の主になった。
「おっし! これで準備完了」
今の俺が何をしてるかって聞かれたらイカの下処理、朝から海に出て釣ってきた、活きのいいスルメイカをな。
「後は……本日のオススメ・イカづくしっと……」
黒板にオススメを書いて……
字が汚いのが少し嫌でペン習字を習って、ある程度綺麗な字を書けるようになったぜ。
「さあ、今日が初日だ。お客さん来てくれっかな」
金沢に引っ越してきて2ヶ月、もちろん船も持ってきてるよ。漁協にも入ったし、日本海の荒波も漁船で100ノットで爆走した経験のある俺には普通の波さ。
今の職業は朝から昼まで漁師、夕方から板前かな。
「御食事処・釣政丸開店っと」
オススメはその日の朝に釣った活きのいい海の幸。
今の所ポセイドンには会えてない。建物を買った時も不動産屋さんが全部やってくれたし、その後に掃除に来る事も無くてさ……
「まっ、広告とかなんも出してねえし、来てくれるか微妙な所だな」
余ったら、仕込んだイカは全部塩辛行きだな。近所に配ろうかな。
「んーまだ角刈りの手触りに慣れないな……」
バチッと角刈りにしてみたぜ、これで俺も板前に見えるはず……
んー……昭和の任侠映画に出て来る俳優さんにも見えるかな?
「誰も来ないな……」
開店直後に誰か来るなんて考えてなかったよ。
来たのは開店2時間くらい前に商店街の花屋さんが1人、上の兄ちゃんから花が届いたくらいだな。
「仕方ねえ、録画してたやつでも見ようかな」
ここ1年くらい毎週見てる番組があるんだ。見れない時は録画してる。
「ポローニャちゃん可愛いな……」
ハーフタレントのポローニャちゃんが出てる日曜朝の釣り番組。どことなくポムに似てるアイドルさんで、自称釣りアイドルらしい。
ポムと比べたら、キラキラ光ってて、亜麻色の髪がサラサラで、透明感のある笑顔がとびっきり可愛くて……しかも若い19歳。
「手開きでウルメを食べる所なんて、可愛すぎるだろ」
そんなシーンを見てたらポムの事を思い出すんだ。
「3週間分見ちまったか……」
もう7時前。開店から2時間くらい経った。
開店準備やら新しい漁場を探して回るのに忙しくて録り貯めてたのも、殆ど見てしまって……
「不動産屋のおっちゃんくらい来てくれても良いのに……」
なんて呟いた瞬間、店の扉が空いて……
「へい! いらっしゃい」勢い良く挨拶したら。
「久しぶりだな爆釣。先月は忙しくて顔を出せなかった。開店おめでとう。食いに来てやったぞ」
ハーパンとTシャツ、ビーチサンダルを履いた陽気な白人さんぽく見える人が入店して来た……
「ポ……セ……」「おっと、日本では保生と名乗ってるからな、そっちで頼む」
色々話したい事はある、でもなんにも声が出なくて……
涙が溢れて来て……
「イカづくしと……生ビールを大ジョッキで頼む」
そんな事を言うもんだから……震えた声で……
「イカづくしいっちょ、生大いっちょ、少々お待ちを」
としか答えられなかった。
少しずつ話し始めて、1時間くらい経ったかな。
お客さんはポセイドンしか来なくて、暖簾を下ろそうかと考え中。
話した内容ってのが……
「お前とポムちゃんの物語は、数百年後に神話になるかもな」
「なんだそれ?」
俺とポムの物語?
「邪神に立ち向かう海の神が力尽きそうな時に、惚れた女神の為に命を投げ捨てて邪神を倒し世界を救った人間の英雄と、愛する人間が失った命を取り戻す為に、自分の力を全て使って笑顔のままで消えてしまった美しい女神の話がな、今年の寒ブリ祭りで演劇になったそうだ」
めちゃくちゃ恥ずかしい……
「詳細なんて誰も見てなかったろ?」
「それがな、お前には常に監視が付いてたんだよ。ポムちゃんの上司が24時間付けてたらしくてな。常に撮影しっぱなしで、丁寧に編集されて上映会とかしてたぞ」
なっ……マジかよ……
「お前が死にたくないと喚きながら船の上を火だるまになってのたうち回ってる姿を見て、他種族から人間もやるもんだと見直されてたな」
恥ずか死ぬ…………
そんな話の他にも……
「でな、そこの商店街を抜けた所にある児童養護施設で杏が暮らしてるんだ。月イチでボランティアを集めてやってるたらふく運動にお前も参加するか?」
杏が何処に居るか教えてくれて、俺の事をボランティア活動に誘ってくれる。
「参加って何すりゃいいんだよ? そりゃ参加したいけどさ」
「なに、美味い物を作って食わせるだけで良い、特別な事なんかしなくて良いさ、お前の得意料理を子供達に振る舞ってやれ」
そんな事なら断る理由なんて無いから二つ返事でOKして……
んで……今話してる事が……
「日々の忙しさにかまけて、忘れてた事があってな。覚えてるか? 俺との約束」
「約束? そんなのしてたっけ?」
なんだろ? なんかあったかな……
「俺も兄ちゃんと一緒で、ケチと思われるのが嫌でな」
ん? なんの事だ?
「初めて会った頃に言っただろ? 海を太平洋位の広さにして、オーストラリアの半分くらいの陸地をってな」
「あ〜。言ってたなそんな事」
釣りアイドルと結婚してプロの釣り人としてってやつかな?
「結局の所、海も陸も達成は出来なかったが、それでも十分楽しいバカンスだったからな。プロの釣り人には自力でなったようだし……」
釣りアイドルと結婚……
「俺の経営してる芸能事務所のアイドルを紹介してやる、結婚出来るかはお前次第だけどな」
なんてポセイドンが言うんだ。
芸能事務所とかやってんのかよ……多彩だな。
「紹介だけなんて無茶だろ?」
日焼けした角刈りの30手前のおっさんだぞ?
「丁度到着したようだ。お〜い、入って来て良いぞー」
ポセイドンが大きな声で扉に向かって叫んだら……
「こんばんはー」
入って来たのは、店のテレビの中で美味しそうにイカの刺身を頬張ってる釣りアイドルのポローニャちゃんで……
唖然としてたら、ポローニャちゃんは店の中をぐるっと見回して……
「イカづくしか……イカフライを多めに、飲み物はホワイトサワーで」
なんて言ってポセイドンの隣に座ったんだ。
「おっ。私の出てる番組見てくれてるんだ」
そりゃ見るよ、釣り番組だし。
「ええ、毎週見てますよ、見れない時は録画してます」
「なんで他人行儀? あれ?」
キョトンとしてるポローニャちゃんと、隣でニヤニヤしてるポセイドン。
「ちょっと爆釣、分かって無かったりする?」
「え? なんで俺の名前を?」
いきなり名前を呼ばれて困惑してたら……
「ちょっと、これならどう?」
胸ポケットから黒縁メガネを取り出して……
「あれっ? ポムじゃないよな。ポムなんて、もっとこうモッさい感じで髪の毛も白かったし猫耳も付いてたし……」
そんな事を呟いたら、俺とポセイドンを交互に見てるポローニャちゃんが……可愛い……
「あれ? ポセどん、爆釣に教えてくれてなかったりする?」
ちょっと怒った感じでポローニャちゃんがポセイドンに向かって言ったら……ポセどんだと?
「そりゃこんなシーンを想像したら教えるより黙ってる方が楽しいだろ?」
なんて答えたポセイドンの額には、アクションカムが張り付いてて……
その後は……
「えーー! 19歳って……それに全然こっちの方が綺麗じゃん! 詐欺だ詐欺!」
「アイドルがサバを読むのなんか普通でしょ」
なんて言われて……
「見た目が違いすぎ、何処と無く似てるけど別人じゃん」
分からなかった理由を指摘したんだけど……
「女の子は化粧で塗装する生き物だって教えたでしょ!」
なんて怒られて……
「ほんとにポムか? なあホントにポムなのか?」
「1年ちょっと会わないだけで忘れちゃう?」
1年ちょっと? なんて疑問に思ってたら……
「あっ、そうか……俺は過去に戻ったけど、ポムはあの頃からの続きなんだな……」
「うん。私ね、神様に戻る修行の為に人間になっちゃった。何もかも元通りにはならなかったけど元気に暮らしてたよ」
それは……
「元気だったのは知ってる、毎週テレビで見てたから」
その後は、ポムにイカづくしをイカフライ多めに振舞って、ポセイドンと3人で色々話をして……
「俺は明日も立て込んでるからそろそろ帰るぞ、後は若い2人でな」
なんて言ってポセイドンが帰ろうとして店の扉を開けるんだ。
次にいつ会えるか聞こうと思ってたけど聞けなかった……
「あっ! お代、2400円!」
食い逃げか! 初めての客が食い逃げとかシャレにならんぞ!
「近いうちにまた来る、ツケにしといてくれ」
なんて言われて一安心。
「おう。ツケにしとくから、ちょくちょく顔出せよ。あと飲酒運転はするなよ」
「歩きで来てるから大丈夫だ。俺の家は裏のアパートの2階だぞ。この建物は店舗として使っていただけだ」
マジか……だから家具とか無かったのか。
「ポセどん、またねー」「またなポムちゃん」
なんて言って、ポセイドンが扉を閉めたら……
「ねえ爆釣、今幸せ?」
なんてポムに聞かれて……
「ああ、めちゃくちゃ幸せだな」
なんて答えて……
「もっと幸せになりたいから……ポム、俺と……」
「喜んで、よろしくお願いしますね」
用意したスルメイカをお代りしまくって、1人で殆ど食べ尽くしたポムを抱き寄せて……プロポーズした。
「お腹ポッコリしてんぞ」「もう! 爆釣はデリカシーが無い!」
まだまだ俺の不思議な体験は続きそうだ。
読んで貰えて本当に感謝してます。
次で本編最終話です。
最終話の後に人物紹介とあとがきを書きます。




