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さよなら大好きな人


「何やってんだよ……」


 素っ裸で地面にへたりこんで、下を向いてる俺。


 なんでこんな事になったんだよ……




 ぐちゃぐちゃになって吹っ飛びながら、こりゃ死んだなって思ったのが最後……最後だったはずなのに俺は生きてる。


「あれ? スライムってどうなった?」


 釣政丸を停めてた桟橋の近くの地面で目を覚ましたんだ。


 周りを見てみれば、足が元に戻ってるポセイドンとか、半泣きになってるロナルディとかリスティールさんとか、顰めっ面してる中野の爺さんとか……


 その他にも暗い顔した島の皆が居て……


「この通りだ。助かった爆釣。お前が来て居なければ今頃島は食われていた……助かった……」


 すごい申し訳無さそうにポセイどんが言うんだ。


「マジか! なんだよその大きさ」


 バランスボール位の大きさのポヨンポヨンした半透明のジェルの中に、透けて見えてる内臓があって、それを指さしてポセイドンがこの通りだって……


「海の浄化作用は多少の強酸なんか屁でも無い。数日は海水が少し酸っぱくなるくらいだが、しばらくすれば元に戻るさ」


 おお……マジか。


 でもなんで、周りの皆は暗い顔してんだろ?


 こんな時は、何時もポムがなんか言ってなごむんだけど……


 周りをどんだけ探してもポムは居なくて……


「すまん爆釣。問い詰められて答えてしもうた」


 悔しそうな顔して、拳を握ったまま下を向きながら頭を下げて来る中野の爺さん、何を答えたんだろ?


「神風の意味だよ。お前が何をしようとしてるかを教えてしまったらしいんだ」


 俺が……


「コレを……」そう言ってロナルディに渡されたのは、灰色の小さいチョッキで……


 俺が見た白いイルカと白猫は……


「巻き込んじまったのか? なあポセイどん、ポムは何処だよ?」


 でも、俺が最後に見た白いイルカに跨った白猫は、結構遠くに居て……


「ポムちゃんはな……消滅しちまったよ」


 意味が分かんなかった。


 死んだとか爆発に巻き込まれて行方不明とかなら分かるけど、消滅したってなんだよ?





 ポムを探して周りを見回す俺にロナルディとかポセイドンとか中野の爺さんとかが、何があったのか教えてくれるんだけど、殆ど耳に入って来ない。


「なあポムは神様なんだろ? なんで神様が消えちまうんだよ?」


 釣政丸1艘だけで海に出るのを展望台から見てたポムは「神風って何?」なんて中野爺さんに聞いて、問い詰めて、俺のしようとしてた事を知ったらしい。


「神と言っても下級の神だ、死もあれば消滅する事もあるんだ」


 展望台から飛び出したポムは、前に見せてくれた浮く能力で溶岩の川を浮いて渡ったんだと。


 食料を全部出してカラになったインベントリに、リスティールさんが展望台まで肩に担いで来た杏博物館の中に置いてあった白いイルカのぬいぐるみを入れて、俺が向かった方向に走ってったらしい。


「僕やポセイドン様のように生まれながらの神であるなら、消滅しても時間はかかるけど自力で復活も出来るんだ……」


 ロナルディが風の力を借りて追い掛けたらしいんだけど、ポムの走る速さはめちゃくちゃ速くて追い付けなくて……見失ってしまったんだと……


「なんで止めてくれなかったんだよ……」


 凄く眼の良い鷹の獣人さんが見てたらしいんだけど、白いイルカに跨って、爆走する船を追い掛けて行ったって……


「止めるも何も……出来無かったんだよ……あんなに必死なポムさんを初めて見たんだから」


 海面を漂う、爆発でぐちゃぐちゃになってスライムの酸で溶かされた俺の頭の欠片を拾って、怪我してまともに泳げないポセイドンを乗っけて桟橋まで帰って来たらしいんだけど……


「なあ、なんで俺が死んでも守りたかった奴が居なくなって、俺が生きてんだよ……なんでだよ! おかしいだろ!」


 俺の体は世界樹を食える程に残ってなくて……


「そうは言ってもな……ポムちゃんが自ら選んだんだ! 止められる訳がないだろ!」


 ポムが自分の力を振り絞って、ほんの僅かに残ってたまだ生命力の残ってる俺の細胞を増殖させて……


「自分の事を犠牲にしてでも爆釣の事を助けたかったんだよポムさんは……」


 世界樹が食えるくらいになった俺の体を見て……


「何とかなんだろ? ポセイドンもロナルディも神様なんだろ? 生き返らせたり出来んだろ?」


 神様としての力を全て出し切って、微笑みながら消滅して行ったらしい。


「なあ爆釣……ポムさんは居なくなってしまったんだ……理解してくれ」



 さよなら大好きな人って呟いて……



「なあポセイどん……頼むよ、なんでもするから、俺の持ってる物ならなんでもやるから、ポムを返してくれよ」


 ポセイドンに突っかかって行く俺を必死にロナルディが止めようとしてくれるんだけどさ……


「なあ。お前の兄ちゃんに交渉させてくれよ、ポムを返してくれよ!」


 俺はパンツ1枚すら着てないんだけどさ、それでも、そんなの後だ。


「ひとつだけ、兄ちゃんでも納得してくれる方法はある。だが爆釣……」


「あるんならそれで頼む。 なんでもやるから!」


 そうして俺の2年半くらいの地獄の管理人としての生活が終わった。





 日本に帰る日、ポムが居なくなって2日目かな。

 喪失感のせいで、時間の感覚なんて無くなってしまって、あんまり良くわかってない。


「ロナルディ、後は任せた。中野の爺さん、海苔の養殖と皆をよろしく」


 ここに来て、最初に着てた作業着姿の俺。


 ポセイドンにひとつだけって言われた事は、俺の残り時間をポムに渡す事。


「ポムちゃんは神だし、お前が渡す23年の時間があればいくらでも寿命は伸ばせるさ」


 俺の時間ってのは、地獄の管理人としての時間の事な。


「なら良かった。帰って来たら幸せに暮らせよって伝えてくんねえかな?」


「それだけで良いのか?」


 今の俺は小政島の西側、俺がこの世界に来て最初に立ってた場所に居る。


 後ろを振り返って見てみれば、島の人達が泣きそうな顔して俺を見てるし。


「皆達者でな! 仲良く暮らせよ」


 その言葉と同時に、俺の28年弱の人生の中で、最も充実してた2年半が終わったんだ。





「この馬鹿孫が、海皇様の手を煩わせよって……しかし、好いた女の為に命を張るなんてやるじゃないか」


 誰かに話し掛けられてる気がした。


「さすがワシの孫と褒めてやりたいが、そんなに時間が残っとらん、さっさと竿を離して息を吸え」


 爺ちゃんの声な気がする……


 息を吸え? なんだそりゃ……


「ぐへっっ! ゲボっ! ガボっ! うぇぇぇぇ」


 言われて息を吸おうとしたら、口から大量の塩水が出て来て。


「まだお前はコッチに来るな。もっと自分の人生を楽しめ」


 一呼吸するまでむせて咳き込んだけど……

 そんな声が聞こえた気がしながら、真冬の冷たい海の中で必死に足を動かして手をじたばたして……


「づべでぇぇぇし、痛てぇぇ……」


 牡蠣の殻で手足をズタボロに切りながら、テトラポットにしがみついた。


「テトラポット……」


 そう、テトラポット。


「ここって……」


 俺ん家の目の前にある堤防沿い、家から500mくらい離れた所で……


「寒い……」


 堤防に上がって周りを見れば、俺の生まれ育った所で……


「寒い風呂! 風呂沸いてるか?」


 婆ちゃんと一緒に住んでる家まで走って帰って……


「何してんのお兄ちゃん。うわっ! びちょ濡れで上がって来ないでよ!」


 玄関開けたら、何故か妹が居て……


「そんな事はどうでも良い、風呂!」


「さっきお婆ちゃんが入ってたから沸いてると思うけど」


 作業着のまんまで風呂に飛び込んだ……


「あぢぃぃぃぃ!」


 婆ちゃんは風呂は熱めが好き、俺は普通。

 何時もなら水で薄めて入るのに、すっかり忘れてて……


「何してんのよ、うるさいなあ。まあ良いや、ちょっとノパソ借りていい? 私のマックブックの調子が悪くてさ」


 ノパソ……それは……


「待て! 早まるな!」


 風呂から一気に飛び出して、妹の持ってた俺のノートパソコンを奪い抱えてもう一度風呂にダイブ。


「あぢいぃぃぃぃぃ!」


「ひいっ! 何してんの!」


 プライバシーは何とか守られた。



「エロ動画でも入ってたの? 別に見ないよそんなの。WiFiルーター新しく買ったから、設定したいだけだったのに」


 そんな事を言ってくる妹を見て……


「爆釣! あんた玄関から風呂場までびちょ濡れじゃないか! 何やってんだ!」


 怒鳴る婆ちゃんの声が聞こえて……


「はははっ……」


 夢のような時間が、終わりを告げた気がした。



読んで貰えて感謝です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もはや涙しか出てきませんな。
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