残された時間
。
足の痛みも治まってきて、起き上がってもう一度ポセイドンの兄ちゃんに突っかかって行こうとしたらポセイドンに止められた。
「もういい、爆釣……もういいんだ……」
ボコボコになってるのに、悔しくて歪んでるって分かる表情でヤスを見つめてるんだよ……
「納得してないなら、納得してないって言えよ!」
俺とポセイドンのやり取りを静かに見てるだけのクソイケメンと少し困った顔した日焼けしたおっちゃん、ポムが何かを必死におっちゃんに訴え掛けてたけど、全く耳に入ってこなかった。
「……………………しょう……」
「しかし……………………」
俺とポセイドンに向かいながら2人で小声で相談し合ってる……
「地獄の時間で3日後に迎えに来る。猫、エルフ、ドワーフ、お前達に別れの時間をやろう。人間、ポセ、お前達は逆らった罰だ、お前達に時間はやらん」
ポセイドンの兄ちゃんが……
ムカつくイケメンスマイルのままで俺とポセイドンなんかチラ見すらせずに言いやがる……
「ポセ、お前も来い。お前が居ないと切り取った時間の詳細を調べるのに手間が掛かる。それくらい手伝え」
「分かったよ……」
分かったってポセイドンが言った後に、俺たちの事なんか一瞥もせずに薄くなって消えていった……
「ふぁぁぁ…………?」
「杏! どこも痛くない? 大丈夫?」
消えた瞬間、杏が目を覚ましたんだ。
4人で杏を囲んで、どうもなって無いか確認して一安心。
だけど……あと3日か……
「よし、今日は仕事行かない。思いっきり遊ぶぞ!」
「おお! バクおじちゃん、泳ぎに行こ!」
ピクリとも動かなかった時の事は全く分かってない杏で、その日は遊び疲れて杏が眠るまで、ずっと杏と4人ではしゃぎ回ってた。
「地球に存在してる物で、手の平に収まる程度の物ならか……」
「何かありますかね?」
杏が寝てから4人で3日後の事を話してる。
ポセイドンから来たメールに3日後の正午に迎えに来るって書いてあった。
「地獄での思い出に何かを持たせてやりたいか……良く思いついたな」
「だって……何も持たずに帰すなんて出来ないし」
ポムやロナルディやリスティールさんが訴え掛けてくれて、杏に何か1つ思い出になる物を持たせて良い事になったらしい。
それでも条件があって、地球に存在しない物や、子供が持っていて違和感のある物、手の平に収まら無い物はダメだってさ。
「杏が幸せになれるように何か願いを込められる物を持たせたいのですが……」
「幸せになれるって言ってもさ……帰ったらすぐ死んじゃうんだよ?」
魂の時間を切り取っただけだから、元の体に戻るんだ、地獄に来た時の痣だらけの体に……
「手の平に収まる程の物なんて……」
「なあ、ちょっと聞きたいんだけどさ。日本にも神様って居るんだよな?」
俺は会った事は無いけどさ。
俺のじいちゃんも神様になったんだろ? ポセイドンだって地球の海の神様だし……
「そりゃ居ますよ、数多に存在する世界の中でも2番目に神の人口密度の高い地域だって聞いてます」
そか……
「んじゃ神頼みでもすっか。ポセイどんの兄ちゃんに皮肉でも利かしてやろうぜ」
「神頼みですか?」
困った時のってやつな。
「御守り作ろうぜ、幸福祈願なんて刺繍入れてさ。それにさ………………とかいいんじゃね?」
3人に御守りの事を教えて、漢字1つずつに意味が有るのも教えて、1人1文字ずつ縫って御守りを持たせてやろうって決めた。
別れの事なんか何一つ教えず、ひたすら3日間を杏の為に費やして、最後の日は5人で雑魚寝した。
「うっし! パジャマパーティーの始まりを宣言する」
「おーー!」
皆でパジャマに着替えて、お菓子を食べながら喋るだけのパーティーな。
「にが〜い!? キレイに出来たと思ったのに」
杏の作った焼きプリンに掛けたカラメルがやたら苦くて、5人でしかめっ面。
「ちょっと焦げちゃったね。何回失敗してもいいんだから、少しずつ上手く出来るようになろうね」
「僕は苦いのも好きですよ。コレはコレで美味しいです」
「そうよ杏。苦いのが好きな人も居るの、甘いのだけじゃなくて苦くても美味しい物も食べないとね」
たぶんだけど、俺達に出来る事、考えられる事は全部やったと思う。
この3日ポセイドンは帰って来なくて、その間ずっと俺がアクションカムを頭に付けて動画に残してたし。
「えへへ。皆でお揃い」
御守り用の生地を通販で購入して、俺達のは刺繍を入れてない。
杏の分だけ幸福祈願って入れといた。
俺は幸、ポムは福、ロナルディが祈、1番難しかった願はリスティールさんが担当。
「ちゃんと首から下げといてね」
首から掛けられるようにしておいた。
「うん! ずっと大事にする」
パジャマパーティーなんてあっという間に終わるよ、昼間ずっと遊んでて杏の目はトロ〜ンとしてたから。
「なあ、ポセイどんが帰って来たら自慢してやろうぜ」
「ですね、杏ちゃんの手作りプリンをいただきましたよと」
「苦くて甘い美味しいプリンでしたと」
「ポセどんの分も食べちゃおうか?」
この場に居ないポセイドンの分も「ポセおじちゃんにも食べさせてあげたい」なんて言って作った杏。
「食べちゃうか……」
「ですね……」
「食べましょうか」
4人で1さじずつ……涙目になりながら食べた。
「混ぜて冷やすだけで作れるプリンで、この苦さはヤバいな」
「苦プリンって命名しようか?」
「売れますかね?」
「エルフにならバカ売れしそうですけど」
次の日の正午。
杏が動かなくなったと思ったら、腫れてた顔が綺麗に治ってるポセイドンと、ムカつくイケメンと、日焼けしたおっちゃんが、杏を迎えに来た。
「御守りくらいなら良いだろ?」
ポセイドンの兄ちゃんに可否を聞いたら……
「そんな物で変わる運命でも無いのだがな、それくらいなら良いだろう」
その言葉を聞いて、俺達4人一安心。
順番に4人で杏の頭を撫でて、動かない杏をポセイドンに渡して、お別れの時間。
「色々とすまなかった……」
俺達4人に頭を下げるポセイドンだけど。
「何一つ悪い事なんてされてねえよ、もっと自信を持てよ、お前はポセイどんなんだろ?」
「なあ……ずっと言おうと思ってたが、お前は俺の事を西郷殿ぽく呼んでないか?」
ニコッと笑って答えといてやった。
ポム達異世界組は、日焼けしたおっちゃんと何かを話してて、たぶん俺には理解出来ない事だから気にしない。
「行くぞポセ」「ああ……」
杏を抱いたポセイドンとポセイドンの兄ちゃんが消えた後に、日焼けしたおっちゃんが俺に話しかけて来た。
「色々と思う事はあるかも知れないけど、来世では幸福な人生を送れるようにしておいたから、来世の幸せを願っといて欲しい。思いの強さは現実になるからね」
「残り1日も幸せである様に願っておきます」
来世なんかどうでもいい、生まれ変わった後なんてさ……
だから、残り1日もって言ったら……
辛そうな顔して、日焼けしたおっちゃんも消えていった。
4人で海の拠点のテーブル席に座りながら放心状態。
自分が凄い無力なのが悔しくて泣けて来た。
3人を見たら、皆涙目……
「出来るかな?」「やってくれると願ってます」
「杏ですからね、杏は賢い子ですから」
ポセイドンからもメールが来たよ。
ちゃんと元の時間に戻したんだって。
地獄で過ごした記憶は、俺達の顔と名前だけ消して残したんだと。
「楽しい思い出ひとつ持たずに逝かせるか……」
「楽しい思い出、沢山あげられましたかね?」
どうだったんだろうな……
「きっと沢山あげられたと思うよ」
「そうですよ、いっぱい笑顔になれてたと思います」
だったら良かったけどな……
「おっ、またポセイドンからメールだ」
なんて書いてあるか気になって、大急ぎで読んだら……
「杏が死んだら、海の生き物や海の神を全て引き連れて、冥界と戦争してでも杏を奪い返して来るだってさ」
気合い入ってんな……
「神界大戦ですか……」
「大丈夫。そうはならないよ」
ならんよたぶん。
読んで貰えて感謝です。




