♯ポムの焼きプリン
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6人で暮らし始めて今日で1週間。
女の子の名前は杏ってポセイドンから教えて貰った。名字は教えられないだそうだ。
なんでか聞いたんだけど「お前が日本に帰る可能性がある、帰った時に変な行動を起こさないようにな」だとよ……
この1週間の間、お腹が減ったとも、トイレに行きたいとも、遊びたいとも言わず。
大人の顔色を伺ってビクビクして、用意されたご飯には自分から手を付けず、動ける様になったら部屋の隅に行こうとして、部屋の外に出たいとも言わない……
杏の行動を見てるだけで、なんか悔しかった。
そんな日々の中で、俺にはポムが何をしてるのか全く分かって無いんだけど、毎日寝る時に猫型に戻るポムが体のサイズを大型犬くらいに大きくして、杏を護るように寝そべってベッド全体を占拠するもんだから、俺は床に布団を敷いて寝てる。
ポセイドンに聞いても、ロナルディやリスティールさんに聞いても「心の傷を癒すのに必要な事だから我慢」としか言われないんだ。
「杏、今日はすごく良い天気だから外に出てお散歩するよ。公園行こ」
「芝生の上に寝転んでゴロゴロするのは気持ち良いですよ」
ポムやリスティールさんが優しく笑顔で語り掛けてるんだけど。
「………………はい………………」
消え入りそうな声で小さく返事する杏。
それでも日を追う毎に、少しずつ元気になってるのが分かる、だって1回の食事の量が増えてくから。
初日は茶碗半分の雑炊も食べ切れなかったのに、今朝はポムの作った雑炊とわかめスープと、ロナルディ特製桃ジュースを、出した分全部食べてくれた。
それともう1つ、びっくりしたのがポムの食欲。
杏が来た日から、手が空いてる時はずっと食ってんの。
ポセイドンになんでか聞いてみたら、地獄には神の力の元になる物が殆ど存在してなくて、食べ物に微量に含まれてる成分を摂取してるんだと。
ポセイドンくらいの偉い神様だったら元々持ってる力でなんとでもなるらしいんだけど、ポムみたいな下級の神様だったら外部から摂取しないと力を失っちゃうんだとさ。
それを聞いて、ポムが何時も食欲最優先なのが少し理解出来た。
「後で弁当持ってくから、昼は公園で食べような」
男3人に出来る事はそれくらい。
午前中に3人で桟橋で釣りして、昼前に公園に行って昼飯を皆で食べて、昼から桟橋に戻って来てって毎日やってる。
「爆釣、心配は要らん。もう少しで心の傷も殆ど癒える。後は何か切っ掛けがあれば、子供本来の無邪気さを取り戻すさ」
「猫神様達の癒しは、心の傷にとても効果的なんですよ。今は待ちましょう。きっと大丈夫ですから」
並んで釣り糸を垂れながら、ここ3日くらい同じ事を話してる。
「でもさ、虐待された記憶ってどうなるんだよ? 思い出したりすんだろ?」
心配なのはソコなんだよな、突然思い出して塞ぎ込んだりとか……たぶん見てられんぞ……
「大丈夫だ。人間と言う生き物の特技だろ、忘れる事は」
「簡単に忘れられる事じゃ無いだろ?」
大丈夫って言ったポセイドン。でもさ……
「そこも含めて猫神様の癒しは、とても効果的なんです。辛い記憶や悲しい記憶にしっかりと蓋をしてくれます」
「蓋するだけじゃダメだろ……」
「蓋をして、楽しい記憶で上書きしてやるんだよ」
楽しい記憶か……
「辛かった事なんて思い出せないくらいに楽しい思い出を沢山作りましょう。皆で」
そうだよな……だよな……
「うし! ちっと頭ん中切り替えるか。そろそろ通常食でも大丈夫だろうし……お子様ランチと、なんか喜びそうなデザートでも作るか」
「最初に作るお子様ランチは日本に存在する食材を使え。子供だとどんな影響が出るか分からんからな」
んじゃメインのおかずは甘鯛の白身フライとハンバーグだな。
「僕はバナナシェイクを作りますね。ちょうど食べ頃なんですよバナナが」
「その前に風呂だな、爆釣もロナルディも生魚臭がヤバいぞ」
ポセイドンは素っ裸になって海に飛び込んで着替えたら臭いもしなくなるもんな……
ササッと体を洗って昼飯食いに公園でも行こ。
風呂に向かう前に、釣った魚を食べる分だけ残して殆ど売却。
メインはアジで、少しだけコノシロとか混ざってる。
俺のスマホで売却したから、そんなに売上は無いけど食ってくだけなら十分。
「昼の弁当って今日はなんだろな」
「ポテトサラダを作ってるのは見ましたよ」
ロナルディと2人、正午前には公園に到着。
ここ3日、弁当は毎回ポセイドンが作ってくれる。
レジャーシートの上に広げて、公園の芝生の上で食べてんだけど、やっぱり本職の料理人ってのは凄いのな。
冷めても美味しくて、おかずの配置とか種類とか、彩りとかホント勉強になる。
見た目から美味しそうなんだよな。目で楽しめるって言うのかな……
「どれが食べたい? 何を食べても美味しいけど、杏は何が好き?」
「お肉も、お魚も、野菜も果物も、何を食べても美味しいですよ」
ポムとリスティールさんの間に座ってる杏。
自分から広げてある料理に手を伸ばそうとはしないけど、2人が小皿によそってくれた料理はちゃんと食べてる。
杏を見てたら、たまに少しだけニコってなるから、美味しいと思ってくれてんだろうな。
昼食が終わってから、ポムとリスティールさんは杏の手を引いて公園で遊んでて、ロナルディは畑や果樹園の様子を見に行った。
俺とポセイドンは公園だけじゃなくて、他にも色々楽しめるように政島の拡張プランを相談中。
「子供は濡れるのや砂を掘るのが好きだろ? 潮干狩りもアサリやハマグリだけでは無く、そろそろマテ貝掘りでもやろうじゃないか」
「新しい設備を増やす余裕も無いし、とりあえずは今ある物を発展させて行く方向で考えれば良いか」
「それなら、いちご狩りもそろそろ出来ますよ。子供はその場で食べるのも好きですよね?」
おっロナルディも帰って来た。
「体力や体調なんかは世界樹の葉や、俺の作った神の飯で万全の状態に戻りつつある。後は何か1つ切っ掛けさえあれば、子供本来の感情を取り戻す。その時の為に出来る事を、1つ1つ増やして行こうじゃないか」
神の飯か……ロナルディだって植物を使って色々出来るし、俺くらいだよなあんまり役に立ってないの……
「お〜い。そろそろオヤツの時間だよー」
皆が色々出来るのを羨ましいなと思いつつ、下を向こうとしたらポムの声。リスティールさんが杏を肩車してレジャーシートに向かって歩いてくる。
俺は俺の出来る事をやろう、下を向いてる場合じゃ無いさ。
レジャーシートに6人座って、オヤツの時間。
ポムが皆に小さいスプーンを配って、何を出すのかと思ったら、ちっちゃい瓶に入った焼きプリン。
「いつの間に作ったんだよ?」
「雑炊作りながらだよ。驚いた?」
驚いた。だって本格的な焼きプリンだから。
可愛らしい瓶に入って、銀紙で蓋をしてあって、リボンで可愛く口を縛ってあるんだもん。
「沢山作ったからお代りもあるよ。ここを引っ張って開けてね」
ポムが杏に開け方を教えてるのを見ながら、全員で焼きプリンを1口、俺達が先に口を付けないと、杏は食べようとしないから……
普通に美味しい。
ふんわり甘い卵の味も、上に乗ってるホイップクリームも……
恐る恐る食べてる杏、1口目を食べたら。
………………………無言で一気に食べちゃった。
「口の周りに付いてますよ。こっち向いて」
リスティールさんが、杏の顔を拭いてあげてる。
「どう? 美味しかった? お代りいる?」
ポムが微笑みながら杏にもう1個焼きプリンを見せたんだけど。
「うん。もうひとつ食べたい」
杏は申し訳なさそうにもう1つって言うけど、焼きプリンに釘付けな視線と、始めて見せた無邪気そうな表情と少しだけ大き目の声で……
ポムから受け取った2個目の焼きプリンをゆっくり味わって食べる杏。
(切っ掛けは出来たな。これからどんどん子供らしさを取り戻して行くぞ)
頭ん中にポセイドンの声が響いて。それに(おうっ!)と答えて。
心ん中で思いっ切りガッツポーズしといた。
読んで貰えて感謝です。




