1 自殺の後始末
あれは、確か中学3年生の頃。
あの日、授業が午前中で終わって帰宅した僕は、共用廊下に面した自分の部屋で小説を読んでいた
ふと、窓の外から『どぉぉん!』という大きな音がしたことに気がついたが、僕はそれぐらいで小説を読むのをやめたりしない。気にもとめずに集中して小説を読んでいたと記憶している。
その集中が破れたのは、自宅の電話が鳴ったからだ。
しぶしぶ電話に出ると、相手は同じマンションの5階に住んでいる友人だった。
「今すぐ廊下に出て、下を見てみ。」
電話の要件はそれだけ。理由を尋ねても何も教えてくれない。
仕方がないので、電話を切って共用廊下に出て、下を見る。
共用廊下の下は駐車場だったのだが、そこになぜか白い買い物袋を頭にかぶって、横たわっているスーツ姿の男がいた。手足は壊れた人形のようにあさっての方に折れ曲がっていて、周辺は赤黒い血溜まりになっていた。
少し時間が経っていたのだろう。すでに警察官がたくさんいて、現場検証をしていた。
人生初の強烈な血臭を嗅ぎながら、救急車がいない理由を考えてみる。
分かり切ったことで、考えるのも馬鹿らしくなった。
このマンションは14階建て。そこから飛び降りたのなら、助かるはずもない。
きっと鈴なりになって下を見ている同じマンションの住人たちも、同じようなことを考えていたのだろう。みんな顔をしかめている。
不思議なことに、本当の意味で血なまぐさい光景を見ても、テレビで見たように吐き気を催したり、気持ち悪さを感じたりということはなかった。ただ、滅多にない珍しい光景として、現場検証を眺めていられた。
やがて、現場検証を終えた警察が、遺体を袋に入れて、荷台のついたジープに積んで運んで行くと、その場に血だまりだけが残された。
ああ、警察って後片付けまではやらないんだ。と、少し驚いたのを覚えている。
鈴なりだった住人たちは、あっという間に誰もいなくなった。多分、後片付けが嫌だったのだろう。
結局、管理人のおじいさんが砂袋を持って現れて、一人で掃除を始めた。方法は、血だまりに砂を撒いて、箒と塵取りで回収するという原始的なもの。
黙々と作業している管理人さんを5分ほど眺め、僕は手伝うことを決めた。
一階に降りて、
「手伝いましょうか?」
と声をかけると、管理人さんは本当に嬉しそうな顔をした。
とは言え、箒と塵取りは1セットしかないので、僕は砂を撒くだけの担当だ。
僕らはまったりと雑談しながら掃除をしていた。
「警察って、血とか細かい肉片とか、回収しないんですねぇ。」
「せやね。最後までやってくれたらええんやけど。けど大丈夫なんかな?多分それ、脳みそやで。」
血だまりの中には、ピンク色の肉片が混ざっていて、砂と一緒に回収されてゴミ袋に入れられていく。
管理人さんによれば、飛び降りたのはこのマンションの住人ではなかったらしい。この肉片が脳みそなら、何でこんなところまで来て飛び降りたのか聞きたくなる。
二人で掃除をすると、1時間後には血だまりの跡がわからない程度にきれいになった。
僕は挨拶をして管理人さんと別れ、手をキレイに洗ってから家に戻り、靴を捨てた。