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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桃太郎になった少女、鬼になりたくなかった少女

 登場人物は全員、とはいっても主軸となるキャラクターは二人なのですが、両方とも女です。萌え要素を狙ったのか?と言われればyesと答えざるを得ません。

 が、全然萌えるとかそういう要素はないのでご安心を。壮絶な戦いとか、悲しい過去とかを書いたので。

 それでも女子が戦い合うのは見たくないわ‼ボケェという方はお願いします。嫌々ながらも読んでみて下さい。

 辺り一面に真っ赤な何かが敷かれている地面の上に、二人の少女が佇んでいた。


 鼻腔をくすぐるのは鉄のような匂い。匂いの発生源は地面に敷き詰められた赤い何かだという事は、容易に想像がつくだろう。


 片方の少女は顔を苦くしている。眉を顰め、口は歪み、瞳には憎悪の色が宿っており、もう一人の少女を射殺さんとばかりに睨んでいる。


 見た目は10代半ばの少女だ。容姿は普通の少女とあまり変わりがないように見えるが、頭に生えてある角が彼女が人間ではないことを物語っている。


 鬼である。


 砂埃と血が付いた、色あせた着物と、ろくに手入れもしていない白髪をなびかせ、目の前にいる少女と対峙している。


「おい、お前に聞く。何故我々にこんな事をした?何故、我らが同胞を殺した⁉」


 大地を震わすような怒声を少女は叫んだ。それは憎悪を孕み、悲痛さを孕み、自責を孕んでいた。


 しかし、少女は佇んだまま、その問いには答えない。


 凛とした顔をした少女だった。まだ幼さの残る顔立ちであったが、確固たる意志を持ち合わせているのか威風堂々とした姿勢でその場に佇む。


 真っ黒な髪を一房で結び、頭には鉢巻をつけている。女心の欠片もなに強固な鎧をその身に纏い、血に濡れた刀を鬼へと向ける。


「私の名は桃太郎。悪しきお前たちを討つためにやって来た。そして、お前で最後だ。白鬼。これまでの悪逆を悔やみながら同胞と共に死ぬがいい」


「貴様、何が悪逆だ‼何が悪しきであるか‼こんな事をしておいてどうしてそんなことが貴様は言えるのか⁉」

 そう、白鬼は訴える。彼女らの周りには幾つもの鬼の屍の山が積もっていた。赤の上に赤を塗りたくるかのように、赤い血がとめどなく流れている。


 しかし、それらを一瞥もせず、もうこれ以上は何もいう事はない。そう言うかのように構えをとる桃太郎。


 これ以上は何を話しても無駄だと悟ったのか、赤鬼も鋭い爪をもつ手で構える。


 僅かな沈黙の後、二人は殺さんとして地面を蹴り上げる。そしてそれを合図に、鬼と人間の殺し合いが始まるのだった。


 桃から生まれた桃太郎。


 彼女は生まれた時から、周りからそう呼ばれていた。幼少期の頃は、それを愛称だと思っていた。当時は純粋で無垢な少女だったからであろう。


 しかし、事あるごとにそう言われ、村の皆からは煙たがられ、桃太郎は拒絶されていった。


 遊んでいる子供達を眺めながら寂しい思いをする。そんな、一人ぼっちの生活を毎日、毎日を過ごしていた。


 自身を育ててくれた祖父と祖母は早くなくなり、愛情というものを十分に得られるままその日、その日を生きる毎日。して欲しかったことがあった、教えて欲しいことがあった、しかしそれがもうできることはない。


それでも、桃太郎は成長していくしかなかった。一人ぼっちで。


 何か困ったことがあったとしても、村の皆は知らないふりをして桃太郎には関わろうとしない。

助けてと言ったって、―お前は桃から生まれた桃太郎だから―と言われ見捨てられた。


 村の催し物があっても、祝い事があっても、祭りごとがあったって、参加しようとする度に、そう言われた。そう言われ続け、参加するという事は叶わなかった。


 拒絶され、否定され、引き剥がされる。


(これらは簡単に叶う願いであるはずなのに、どうして私には叶わないのだろう)


 愛情が欲しい、誰かに構って欲しい、優しくされたい、甘えたい、一緒に遊びたい、そんな叶うことのない、淡い願いを抱きながらむせび泣く日も少なくなかった。

]

(おじいさん…おばあさん……寂しいよ)


 桃太郎が思い出すのは朧げな記憶、曖昧な記憶、儚い記憶、けれど、優しい記憶。おじいさんと、おばあさんが桃太郎を世話してくれた記憶だ。


 その時の桃太郎は笑っていた、おじいさんも、おばあさんも笑っていた。けれど、今は違う。おじいさんと、おばあさんは、もうこの世には居らず、涙に頬を濡らす少女が一人。笑いなどどこにも存在していない。


「寂しいな…寂しいよ…誰か、誰か、助けてよ」


 か細い声でそう呟くも、誰の耳にも届かない、頬を撫でるのは冷たい風ばかりで、人の体温はない。


彼女を救うものなどどこにも居ない。


 夜も寝静まり、辺りは沈黙で帯びているというのに、少女の押し殺したような、嗚咽を漏らす声だけが耳をすませばよく聞こえるのだった。


 

 

 そんな桃太郎に転機が訪れたのは、歳が16歳になった時の事だった。


 彼女の所に村長がやって来た。年配の男性だった。髭はすでに白くなっていて、顔にはいくつかのシミが見える。


 そして村長は開口一番にこう言った。


「桃太郎。お前、鬼退治をしろ」


 桃太郎は我が耳を疑った。この老人はないを言っているのだろう。気でも触れたのだろうか?と。


「……何をおっしゃられているんですか?村長様。私は何の変哲もない村の娘。そんなことが出来るわけないじゃないですか」


「分かってねえな。桃太郎。お前は桃から生まれた桃太郎。つまりは化け物なんだよ。だったら同じ化け物ぐらい倒せるだろう。分かんねえのか?これは命令だ」

 

 厚顔無恥な物言いに桃太郎は顔をしかめる。誰がお前の言う事なんて聞くか、そう言いたげに。

 

 実際そんなものをやり遂げるのは不可能に近い。人と鬼が戦うのだ。あまりにも無謀なことだろう。そしてそれは桃太郎にも分かっていた。


「まあ、確かに何もないのはあまり良くないな。だから、お前が鬼退治を達成できたなら、この村に住むことを認めてやろう」


「……‼」


「そしたらお前は晴れて、人間の桃太郎に戻れる。ああ、そうだ鬼共の財宝を奪うのも忘れるなよ」


 それは無謀な要求に対して、貧相な報酬だった。常人が聞けばふざけるなと怒鳴り散らし、暴力に訴えていただろう。


 しかし、桃太郎は違った。


「……やります。鬼退治をすれば、私を認めてくれるんですね。」


「ああ、儂は嘘はつかん。鬼退治が出来ればお前を村の住人として認めてやろう」


 そう言うと村長はその場を去った。


 残されたのは桃太郎、只一人。彼女はその場に佇んで体を震わせていた。それは歓喜の震えだった。嬉しさの震えだった。喜びの震えだった。


「アハハッ、ハハッ、アハハハハハっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」


 端正で美しい顔立ちを醜く歪め、桃太郎は笑う、品性もなく、理性もなく、自身の胸の中に存在する黒くドロドロとしたものを吐き出すかのように。


 下卑た声で笑った、笑い続けていた。




 つんざくような金属音が鳴り響く。


 美しい、銀の軌跡を描きながら、白鬼の首を切り裂こうと大降りに刀を振る。常人では目で追う事すらままならないであろうまさに神速の一太刀。


 肉を切り裂き、血雨を降らせるであろう一撃。柔らかいものが固いものを包み込むような感触に襲われる。若干の熱を帯びた血が刀を伝い、桃太郎の手へと辿り着く。まぎれもない白鬼の血である。

 やったか、桃太郎はわずかな手ごたえを感じた。


 肉を切る、という何時まで経ってもなれることのない不快な感触は今もまだ彼女の手の中に残っている。


 ならば、彼女の眼前に映るのは、あるべきはずの頭部を失くした白鬼という名の屍だろう。しかし、彼女の瞳に映ったのは真っ白い肌を血に濡らした拳だった。


 警戒していたのなら、難なく避けれていただろう。しかし、慢心と油断が牙をむきに白鬼の拳が桃太郎のみぞおちに直撃する。


 殴打による痛みが全身に駆け巡り、数秒遅れて衝撃がやって来た。押し付けられる圧迫感を体中に味わいながら、桃太郎は大きく吹っ飛ばされる。


 何度も、何度も、赤く染まった地面を転がり、打ち付けられる。口から吸ったはずの空気を吐き出し、かろうじて立ち上がる。


 してやられた、と桃太郎は内心舌打ちする。白鬼は右手を犠牲にして、致命傷である首切りを防いだのだろう。


 少し考えれば気付いたはずなのに、どうして自分は気付かなかったのだろう、悔やんでも悔やみきれない事実に、自分を叱咤する。


 しかし、そんな事をしている暇もない。


 桃太郎が立ち上がるや否や、白鬼はまた猛攻を再開させる。一気に距離を詰め、桃太郎の目の前に行く。つくと同時に大ぶりな一撃、桃太郎はとっさの判断で刀を使いそれを防ぐ。


 しかし、白鬼の方が力は強いのか、腕力に物を言わせそのまま押し込んでいく。


「おい、人間よ諦めろ。所詮お前は人間だ。大人しく我に殺されるがよい」


「……ふざけるな!」


 刀で振り払い、白鬼のはらわたが臓物をぶちまけようとする。しかし、分かっていたかのように、難なくかわす白鬼。肉を掻っ捌く感触はなく、虚空を切る感触だけが自身の手に残る。


 一太刀、二太刀、三太刀、と銀の軌跡を描きながら、刀を振るう。肉を切り裂き、血雨を降らせる。それこそが刀本文である。しかし切り裂くものは空気か、白鬼の手ばかりでその使命を全うすることは出来ない。


 ――クソッ、クソッ、クソッ‼


 何度振り下ろしても、何度切り裂こうとしても、当たらない、切れない、倒せない。苛立ちだけが募り、桃太郎にも焦りの色がにじみ出てくる。


 さっき、一太刀はまぐれだったのだろうか、それとも只手を抜いていただけだったのか?頭の中で、そんな考えがふと彼女の脳裏をよぎり。


 それでも必死になって刀を振る桃太郎。しかし、白鬼にはかすりもせず、空振りばかりを繰り返す。空気だけを切り裂く。


 どうして、どうして、どうして、どうして、苛立ちは怒りへと変わり、自身の叱咤も、焦りも、憤怒という名の炎に焼き尽くされる。


 冷静さすらも焼き消され、彼女に残ったのは、やり切れない気持ちだけ。慎重さもどぶに捨て、絶叫をほとばしながら、只々刀を振るうのみ。


 当たれ、当たれ、当たれ、桃太郎はそれだけを願って振り続けた。振り続けた、なのに当たることなどない。


 何度やったって無駄なのだと、無意味なのだという事を嫌でも思い知らされる。


 白鬼の背中に届くことなどない。


 才能という名の突起は桃太郎の自尊心をずたずたに引き裂いた。そして、その直後、また自身のみぞおちに衝撃が走る。


 反応するようなど、今の桃太郎には存在しておらず、なすすべもなく白鬼の鬼らしからぬ手を腹にめり込ませる。


 今度は痛みと衝撃が同時に走り、桃太郎は無様に地面を転げ回る。鎧も髪も、誇りも品格も何もかもがぼろ雑巾のように薄く汚れる。


 その汚れを拭うことなどは出来るわけもなく、自身を醜く彩っている。


 立ち上がる暇もなく、桃太郎の黒髪を白鬼がガサツに持ち上げる。桃太郎が苦悶の声を上げるも、そんな事は知ったことではない、といった態度で容赦なく引っ張り続ける。


「お前は弱いな。光る物はあるのかもしれないが、まだまだ経験不足だ。未熟で、青い。そんなものでよく、我と戦おうとしたものだな。全く…無意味だというのに理解できんな」


 そう、嘲笑しながら溜息をつく白鬼。まるで期待外れだと言わんばかりの態度。


 その態度が悔しくて、憎くて、嫌で、桃太郎は必死になってもがく。しかし、まるで大きな岩でも圧し掛かっているかのようにびくともしない。


「……るさい」


「ん?お前、今何と言った?」


「一人ぼっちの辛さを、孤独という苦しみをあなたなんかに理解されてたまるものか‼」


 目の端に涙を浮かべ桃太郎はそう白鬼に向けてそう叫んだ。それは自身の胸中に渦巻いていた、何年もため続けていた。自分の境遇を知らない、わからずやに向けての叫び。


 頭部に感じる痛みを堪えながら、喉が壊れる位に精一杯そう叫んだ。鋭く、殺意を隠す様子もない眼光を白鬼に向けながら。


「……一人ぼっち……孤独…?」


 何を血迷ったのか白鬼は、桃太郎の髪を手から離してしまう。しかし、それに気づいた様子もなく、瞳孔を開き、只々唖然とする白鬼。


 それはたったの数秒間の出来事だった。たったの数秒、しかし、それがこの殺し合いの勝敗を決めた。


 覇気を込めた一閃。銀の軌跡を緋色に変え、辺りに熱を帯びた血雨を降らせ、白鬼の左腕は切られた。

 



 白鬼と呼ばれる少女は鬼だ。名前は菊花と言う。


 本来の鬼達と違って体躯が一回りも、二回りも違う、小柄だ。髪の色が他の鬼と違って真っ白だ。他の鬼と違ってあまり好戦的ではなく、非好戦的だ。


 本来の鬼と違う点は幾つもある、けれど、彼女は鬼だ。


 いくら鬼と異なる点を挙げたとしても、いくらそれらを敷き詰めたとしても、最終的には「鬼」という存在に収まってしまう。


 どんなに自身の存在を否定しようとしても、それらの存在は彼女にまとわりつき、決して離そうとはしない。


 化け物、というレッテルを菊花は張られてしまったのだ。


 菊花は人と人の間に生まれた子だった。しかし、人間として生を授かるはずだったのに、何の因果か鬼としてこの世に生を授かった、忌み子だった。


 誰からも生まれることを望まれなかった存在。悪しき、おぞましい、邪悪な存在。祝福などされない存 在。


 そんな彼女ではあったが両親は彼女を育ててくれた。村の掟があったのか、忌み子を捨てた後に起きる災いを恐れたのか、僅かな良心があったのか、それでも両親は菊花を育ててくれた。


 しかし、そこには愛情はない。赤ん坊の彼女の眼にいつも映るのは化け物でも見るかのような、無機質な両親の視線。


 さながら実験動物を監視する冷酷な研究者のようだった。


 耳にいつも届くのは何かが壊れる音、両親の絶叫や怒声、すすり泣く声。


 愛情など、菊花に与えられるはずなどなかった。夜眠るときに聞かせてくれる子守唄も、悪いことを叱った時に起こってくれる優しさも、おはよう・おやすみといった声かけも与えられなかった。


 もしも菊花が人間に生まれたのなら、そんな未来もあっただろう。幸せな家庭を築けただろう。

しかし、それらを迎い入れるのは人間の菊花だ。鬼の菊花を彼らは受け入れることなどない。拒絶され、 否定され、引き剥がされる。


 鬼という存在は「幸せ」を原型など留めない程に打ち砕いたのだ。


 だが、それでも菊花は両親を、二人の事を愛していたのだった。愛されることなどなかったが、それでも愛していた。だが、その愛が届くことはなかった。


 菊花が6歳になった時、彼女は親に売られた。とある行商人の一行達の奴隷として。


 それを知らず、親からは嘘を教えられた菊花は


「お父さん、お母さん、じゃあまたね」


 彼女は満面の笑みを浮かべながらそう言って、おとなしく行商人に連れ去られていった。




 奴隷に堕ちた菊花に与えられるものは、雑用、最低限の食事、蹴る、殴る、叩く、切る、焼く、刺す、打つ、と言った暴行、暴言だった。


 忌々しい事に彼女を蝕む、鬼という呪いの生命力は尋常ではなく、これくらいの暴力では死ななかった。それを知ってか知らずか、行商人達は彼女をストレスの捌け口として使い始めた。


 慰めモノにならなかったのが、せめてもの救いだろう。


 子供一人では出来ないような雑用を押し付けられ、出来なかったら暴力を振るわれ、暴言を吐かれる。


 無理難題を押し付けられ、暴力を振るわれ、暴言を吐かれる。


 邪悪で悪い鬼だと言われ、行商人の子供達から暴力を振るわれ、罵声を浴びせられた。


 別に悪いことなどしてなくても、暴言を吐かれられ、暴力を振るわれる。


 食事をしている時も、寝ている時も、何もしていなくても、朝も、昼も、夜も、何時であっても、何処であっても、何をしていても、菊花は暴力、暴言を振るわれた。


 それが奴隷の宿命だと言わんばかりに。


 鬼は邪悪な存在、恐ろしい存在、忌み嫌われる存在。だからこんな事をしてもいいんだ。そんな大義名分を掲げられ菊花は暴力振るわれ続けた、口にするのもおぞましい罵声を浴びられ続けた。


「お父さんは何処?お母さんは何処?」


 聞いても誰も答えてはくれない。


 止めて、止めてと泣きじゃくったって、ごめんなさいと謝り続けても、甲斐甲斐しく努めても、いつも笑顔を絶やさないようにしても、それらの理不尽が止むことはなかった。


 気が遠くなる時間が経って、何時しか菊花は笑うことも、泣くことも、怒ることも、しなくなった。


 なんの面白みのない無表情。暴力を振るわれても、暴言を吐かれても、それらを受け入れた。抵抗などするわけでもなく、やられても、平静に努めた。


 そして、彼女はとある日に、行商人達を殺した。


 その後は、あてのない一人旅を行い、自身を殺そうとするものは次々に殺していった。最初は小さかった屍の山も、どんどん積み上げられていき大きくなっていった。


 そんな過去を経て菊花は鬼ヶ島に流れ着いたのだった。


 本当は鬼と言う存在にはなりたくなかったのに、一人の人間として生きたかったのに。




「……ガッ、アァァァァァァァァァァァ‼」


 切られた左腕の切断面を右手で抑え、激痛に耐えかねたのか菊花は絶叫した。


 脳をジリジリと焼くような痛み。左腕の切断面からは熱が発せられ、血はまるで蛇口を捻ったかのように、簡単に、とめどなく血の水たまりを作っている。


 大量に出血したせいか、頭が上手く回らず状況把握が出来ていない。これから何をすればいいのかすらままならない状況だ。


 精々いま菊花に出来ることといったら、身体中を駆け巡る激痛に耐え兼ね、苦悶の声を挙げることだけだろう。


 目の前には桃太郎が立っていた。歓喜に歪んだ顔で、しかしそれを必死に堪えようとした歪な顔で。ゆっくりと菊花に近づいてくる。


 手には血が滴っている刀を持っている。恐らくそれを使って菊花にとどめを刺すのだろう、という事は容易に想像できた。


 菊花は何かをずっと求めていた。


 彼女の脳裏をよぎるのは幼い記憶。いわゆる走馬灯というものだ。両親に愛されず、暴力と暴言に彩られた記憶。


 あの頃から菊花は何かを望んでいた。何かを酷く渇望していて、それを何としてでも手に入れたいと望んでいた。


 また、待っていればそれは必ず自分の下に必ずやって来るはずと、そんな根拠のない自身も持っていた。


 しかし、それが何なのか結局分からなかった。


 何なのかも知らないでそれが欲しいと言うのは、矛盾している。自嘲気味に、痛みを堪えるように菊花は笑う。


 桃太郎は力を抜き両手で握った刀を振り下ろす。美しい弧を描き、流れるように菊花の首元を切り裂こうとする。


 後悔はあった、やり残したいことも、やり直したいことも、やり遂げたいこともあった。けれど、自分と似たような境遇だった桃太郎に殺されるのなら、まだマシなんだろう。そう死を受け入れた。


 受け入れるべき時間がやって来た。死神が鎌を振り下ろすかのように、刀が空気を切り裂く音がやけに大きく聞こえてくる。


 その時、菊花の目の前に広がる光景が変わった。何の予備動作も、前触れもない。まるで空間を切り替えたかのように、目の前の光景は、先程まで見ていた光景とは違っていた。


(なんだ、これは?というかここはそもそも何処なんだ?というかなんで私は生きている?あの地面に刺さっている石の柱は何なんだ?桃太郎は何処へ行ったんだ?)


 辺りは薄暗く、風に乗ってやって来る木々の香りは菊花にとっては新鮮だった。冷たさが頬を撫でるもそれが妙に心地よい。地面は冷たく固いが鉄のような匂いはしておらず、上を見上げると瞬く星々が煌びやかな光沢を発していた。


 あれは何?これは何?と次々に疑問が湧き上がってくるが、そこで菊花の意識はプツリと糸を切ったかのように途切れた。


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