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ガライ街のアレフ  作者: かたつむり工房
始まった廻転と二度目のデート
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1-5 誘い誘われ


 次の日、俺が目を覚ましたのは太陽が天頂をすでに超えた頃だった。


 あの後帰ったと思われた彩芽は夕飯時になるとまた俺の部屋を訪れて、「なんかご飯作って」とのたまった。「帰る」と言った舌の根も乾かないうちにやってくる根性は見上げるべきかもしれないが、いくら隣の部屋だからって一日に二回も家探しをされるのは健全な男子高校生としてのメンタルに障るのだ。


 しかし、半ば追い返した負い目もあり、俺が彼女の買ってきた食材で夕飯を作ると、野良猫が自分の縄張りと定めるように彩芽はまたこたつの同じ位置に座って、そのまま日付が変わるまで居座っていた。


 そんなこんなで俺が眠ったのは未明頃になり、起きたのは昼過ぎ。


 寝坊した俺はまだシビュラが帰っていないことに賭けて、了一からの不在着信を知らせる携帯電話を握りしめて緒方先生の研究室へと向かった。


 しかし、あの夢では普通に実験に参加し、シビュラとの仲を深めるはずだった。俺がその夢を知っていることで変わる行動はともかく、これはどうなんだろう。所詮あんなもの偶然なのか、それともなにか変わる要素があったのか?


「考えてもしょうがない」


 どっちにしろ、もう俺はあの夢の通りにする気はないのだ。変わったところでなにか困るわけじゃない。




 からりと晴れた空の下、いい加減通いなれてきた道を辿って研究室に着いた頃には時計の短針はお辞儀を始めていて、正直誰もいなくてもおかしくないと考えていた。


 ガチャリと無遠慮な音を立てて扉が開くと、予想に外れた声がかけられる。


「あら、誰かと思えばお寝坊さんかしら?」


「シビュラ? まだやってたのか?」


 俺の運も捨てたもんじゃない。研究室の応接スペースには昨日と同じように白髪赤眼の彼女がちょこんと座っていて、入ってきた俺に向けて悪戯な微笑みを向けていた。


 ただ、不思議なことに部屋の中には他に誰もいない。


「了一と先生は?」


「二人とも昨日は随分張り切ってたでしょう? 朝からここまでずっと質問攻めでね。ついさっきようやく一区切りついて二人はお昼を買いに行ってくれているの」


 なるほど、状況は理解した。


 それならちょうどいいか。


「シビュラ。今日時間あるか」


「今日ってこの後?」


「ああ、二人で話したいことがある」


 彼女は吸い寄せられるような赤い目を驚きに丸く開いた。それから悩むように渋面を作る。人間離れした美貌の彼女は表情だけ見ていると誰よりも人間らしい。


 二人で話したいこと、というのは未来視の話だ。それも俺の夢ではなく、俺の未来――死期について。了一たちが彼女の能力についてどんな結論を出したのかはわからないが、ひとまず俺は彼女を超能力者だと信じることにした。そして、そうであるならそのことは聞いておかなければならないことだ。


 しかし、なんでも思惑通りに行くわけではなく、白の超能力者は難色を示す。


「申し訳ないけれど……」


「ダメか」


「ええ、外せない用事があってね。だからその代わり――明日はどう?」


「え」


 思考が止まった。


 昨日、俺は決めたはずだった。


 夢の通り二十四日にシビュラと出かければ彼女が死ぬかもしれない、だからそれを捻じ曲げる、と。


 しかしそれを向こうから誘ってくるだと。


 どういうことだ? 彼女は自分の未来が視えていない? SFよろしく世界の意志でも働いているのか? それとも――シビュラはその結末になることを望んでいる?


 黙り込んだ俺を見かねて、彼女は冗談めかして首を傾げた。


「なにか用事があるの? 恋人とイルミネーションを見に行くとか?」


「いや、別に予定はない、が……」


「それじゃあ明日でお願いするわ」


「っ……おい、待――」


 俺の反論は、その時背後から響いたバタンという音にかき消される。振り返ると大量のピザの箱を抱えた了一が乱暴に扉を蹴り開けたところだった。


「あ、起きたかい。うん、多めに買ってきてよかった。そろそろ来る頃じゃないかと思ってたんだ」


「了一。待て、俺は……!」


「安心して。スパイシーチリチキンピザは注文しておいたよ」


「いや、そうじゃなくて……」


 話のペースを崩され、ぐぅっと脱力した俺が再びシビュラに口を向けようとすると、


「おお! 寝坊した遠野くんじゃないか。ちょうど昼食の時にやってくるとは運がいい。今日も払いは私持ちだぞ」


 さらに入ってきた研究室の主が上機嫌に肩を叩く。それからテーブルに向かった三人は「小学校の同級生の金谷くんのようだな。彼はいつも遅刻してきて給食だけ食べていた」「よくそんな昔のことを覚えていますね」「緒方さんはまだ小学生の自分から抜けられていないんですよ」なんて会話を始めてしまった。


 入口際に取り残された俺は呆然とシビュラに手を伸ばす。


 しかし、彼らは思い思いにピザの箱を開けて、こちらには目もくれない。


 最も俺が気づいてほしい彼女に至ってはもう話は終わったと言わんばかりにうにょーんと唇からピザまでチーズの橋を作っていた。


 がっくりと肩を落とし、大きくため息を吐く。


 ……俺に話をさせてくれ。

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