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ガライ街のアレフ  作者: かたつむり工房
始まった廻転と二度目のデート
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1-4 再現と主義

 実験の結果、緒方先生はシビュラが本物かもしれないという状況に大興奮していたが、ひとまず結果を分析してそれがどのようなものか把握するため、明日また同じ時間に集合するということで一旦お開きとなった。


 それから、万馬券は当たった上、念願の本物のオカルトに対面して上機嫌になった先生は宣言の通りお昼ご飯に焼き肉をご馳走してくれた。シビュラも交えて四人での食事を終えると、先生と了一は大学に戻った。これから明日の準備をするらしい。趣味に熱心なのはいいことだ。残された俺とシビュラは二人でぶつかった十字路まで一緒に帰り、別れた。未来視については言葉にしにくく、自分のことも今朝のことも切り出すことはできなかった。




 もう少しうまいこと会話が運べばよかったんだが……と、気になる人との会話が上手くいかなかった高校生みたいなことを考えつつ、自分の部屋の扉の前で鍵を取り出したところで気がついた。


 彩芽のこと。


 そして、扉を開いた俺を落ち着いた声が出迎えた。


「おかえり、慎。結構遅かったね」


「……まだ帰ってなかったのか」


 彼女は俺が出ていった時と同じようにこたつ布団に包まったままで、なにやら白表紙の本を熱心に読んでいた。


 やれやれ、これではシビュラのことや未来視のことをゆっくり考える暇もない。それに、彼女とは決別したのだからこうしていることも俺にとっていいことだとは言えないのに。


 それでも、ふと思った。


 家に帰ってきて、おかえりって言われたのはいつ以来だっただろうか。


 まるっきり絆されているようだけれど、この懐かしい思いを邪険にすることはできなくて、もう少しだけこのままでいてもいいか、と考えてしまった。


 小さく暖かなこの気持ちを抱えるように彼女の向かいに座り、口を開こうとした時、幼馴染は机に立てて読んでいた本をこちらへ見せびらかすように倒す。


「慎、あんたこういうのが趣味なの?」


 彩芽が呼んでいたのは男の子が女の子にあんなことやこんなことをする漫画。


 それも幼馴染の男女がそんなことやどんなことをするやつ。


 ていうか俺のだった。


 カムフラージュのためにカバーを外して本棚の奥の列に並べてあった俺の秘蔵本だ。


「おい! なんでそんなものを!?」


「慎の部屋に来たらエロ本をチェックするのが習慣だったし、やっぱこれはやっとかなきゃ」


「ひさしぶりに会った旧友とお約束の挨拶を交わすみたいな風に言うな! ていうか習慣!? 俺の趣味はいつからチェックされていたんだ!?」


「しっかし、中学生の時まではもっとまんべんなくって感じだったのにねぇ。こんなに漫画とかイラストとか、しかも幼馴染モノばっかり……。もしかしてあの時のことめっちゃ後悔して寂しくて仕方なかったとか?」


「エロ本からプロファイリングしようとするな! 大体、当然のように部屋を漁ってんじゃねえ!」


「……ふぅーん?」


「なんだよその思わせぶりな『ふぅーん』は」


「否定しないんだって思ってさ」


「……っ……!」


 俺が狼狽えて言葉に詰まる様を、彩芽はニヤニヤと嬉しそうに眺めていた。昔は悪戯好きな子供なのかと思っていたが、こうなると単に俺をいじめるのが好きなのかもしれない。


「後悔も、反省も、してねえよ」


「そ」


 素っ気ない素振りを見せながらもやっぱり彼女は上機嫌に柔らかく目を細めた。しかし、なにかに思い出したように腕を組んだと思ったら急速に顔を曇らせていく。


「その様子じゃあ、あんたまさか彼女もできてないわけ?」


 聞き方に反して「もし彼女がいるなんて言ったら殺す」と心中では思っていそうなような雰囲気を纏わせている。でも、幸いなことに(不幸なことに?)、俺には言い訳をしなければいけないようなことはなかった。


 むしろ彩芽がそんなことを聞いてきたこと自体が意外と言えたかもしれない。でも、そのくらいでもなければ家に押しかけてくる、なんてできないか。


「当たり前だろ」


「へぇ……。じゃあ明後日も暇ってこと?」


「明後日?」


 聞き返した直後、それがなにを意味しているのか気がついた。


 クリスマスイヴだ。


「言っておくけどな、俺は三年前に言ったこと――」


 その続きは聞きたくないというように、彼女は手で俺のことを制した。


「わかってる。私だってあの時のことを忘れたわけじゃない。でも、だからって、あれからもう――」


「ダメだよ。もう……無理なんだ」


 今度は俺が話をぶった切ると、彩芽は膝立ちになったまま、望みが絶たれたように俺を見る目を震わせた。


 彼女はなにかを訴えるように押し黙ったまま立ち上がって踵を向ける。彼女が靴を履いてドアノブに手をかけるまでの時間が妙に長く感じた。


「帰る」


 結局、また同じか。


 俺はこれが誰にとっても正しいと信じている。けれど、本当にいいんだろうか? また、彼女を傷つけて。


「俺は、お前とそんな風になる気も、そんな資格もない」


 ひどく身勝手な逃げだと思う。


 こうやって自分に都合のいい曖昧を許して、そんなことで一体誰が救われるというのだろう。


「でももしも、俺が明後日やることもなく家でゴロゴロしていて、もしも、お前が暇で暇で仕方なかったとしたら、今日みたいにここに来ることまで構うことはねえよ」


 それでも、俺はさっき感じた懐かしく暖かい気持ちを守りたかったのだ。




 彩芽はただにっこり笑って、そのまま部屋を出ていった。


 この選択が無為に彼女を傷つけるんじゃないかと不安な気持ちのまま呟く。


「……クリスマスイヴ、か」


 まさかそんなことで頭を悩ませる時が来るとは思ってもみなかった。


 でもあの夢の通りであれば、俺は今シビュラをクリスマスデートに誘うかどうかで頭を抱えながらベッドの上をのたうち回っているはずだ。


 あんなことを言ってしまったが、案外あの夢の通りにしてしまうというのもありかもしれない。そうしたら俺は間違わずに済むし、シビュラには未来視のことで聞きたいこともある。


 そこまで考えて、その考えの浅さに自嘲した。


 明後日シビュラを誘えば、夢の通りになる。夢の通り、ということは、シビュラは死ぬのだ。あの夢がすべて正しいとは思わないし、この日本で殺人なんてそうそう起きることじゃないけれど、なんと言っても人の命だ。それに、彼女は「未来視は変えられる」と言っていた。これは変わる前提の未来で、彼女はこういった死を変えてきた結果今生きているのかもしれない。


 なんにしても、俺の行動で起こる不幸せはあるべきじゃあない。


 俺は今朝見た夢の最後の情景の記憶を閉じ込めるように、安アパートの錠前を下ろした。

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