8. お酒の誘惑の先には
「夜分にすみません」
「いえ」
私達は、いつもの庭で石の階段に座った。その際にグランさんが、制服の上着を脱いでその上に座ってと言われたけれど、回避。当たり前のような態度でそんな事してくれる。それは他の場面でも多々あるし似合うのだから始末が悪い。
なんか…勘違いしちゃうな。
「あの、それは」
私は、気分をかえるためにグランさんが抱えているモノが気になっていたので訊いてみた。私の視線に気づき見えやすいように前に出された。
「これですか? 最近人気だという果実酒です。香りがよく強くはないのでよかったらと。お好きだとヴィセルから聞いたので」
やっぱりお酒か!
「まだ始まったばかりだと思いますが、今日無事に実行されたお祝いを」
ヴィセルさん、何を吹き込んでいるんですか。私、断酒だとつい昨日も言ったはずです。
「ミライ?」
「えっ?」
私の様子を見てグランさんの形のよい眉毛が下がった。彼は、派手さはないのによくよくみると小さなパーツが形よくおさまっている。きっとグランさんは、密かにモテるタイプだ。
「やっぱり夜分に、それも疲れている時にお誘いは迷惑をかけてしまいましたね。明日から数日不在にするのでご挨拶もしたくて」
「そうだったんですね」
なんだかんだで二日に1回は顔を合わせていたのだ。少し心細いな。
…今夜くらいは。
私は、お酒のグラスを仕舞おうとしているグランさんにストップをかけた。
「あのっ、一杯だけ頂きます!」
あまりにも残念そうなグランさんの様子とやはり異世界のお酒はとても興味がありちょっとだけと自分を納得させ、手を伸ばした。
「大丈夫ですか?」
「全く問題ないですよー」
一杯じゃあ止まらなかった。
久しぶりだから、美味しく感じないのかなと思っていたら、嬉しい誤算で口に含むと程よい酸味に抜ける香りに填まってしまいそう。
「あの物語はまだ続きがあるのに今夜は出さなかったのですか?」
具合が悪そうにみえたら即とりあげますよと言われながらグランさんと話をした。
「一気に出したらつまらないと思ったんです。あと数回同じ映像をみせて、見逃した人が観れるように、また続きがありそうな終わりもわざと次の売り上げに繋げたいからです」
何回も見せ、歌や声を耳にいれさせて馴染んできたら、次の段階でグッズや歌を閉じ込めたオルゴールに似た物を販売。
最終的には仮面でもつけてもらいイベントを企画しオープニングの曲をお祭りの時にさりげなく流したり。私の個人的な望みは、好きな声優さんを各々がみつけて是非癒されて欲しい!
「…ミライ」
「なんれすか?」
「完全に酔ってますね。もうやめましょう」
グランさんに手に持っているグラスまで取り上げられそうになり。腕にしがみついたら、微笑みながらやんわり剥がされた。なかなかやるな。
「もっと飲みましょうよ」
久しぶりのこの浮遊感楽しい。
「ミライ…?」
さっきから、世話焼きのお母さんになってきているグランさんに名前を呼ばれているけど、なんか口調が違う。なんていえばよいのか。驚きかな。
ってあれ?
「足がっ!?」
「ミライっ」
足場が突然消えた。
最後に見たのはグランさんの見開いた目。そしてそんな状況でも助けようとしてくれて伸ばされた腕。
プツリと何かが切れた音がした。