30.*侍女ジュリアと護衛騎士その1*
~ 侍女ジュリア ~
閉めた扉の背に思わずよりかかった。
『私の仕える主はこの部屋の主人ミライ様でございます』
私としたことが。
仕える者として失格だろう。ただ間違っているとは思えなかった。
自分の仕える主人は相手の事を優先しすぎる。月のものも以前滞在された時は、薬湯を服用できたが、今回は吐き気が強く受け付けなかった。向こうの世界の薬が数回分あったとの事でほっとした。
あとは、使用する品で新しい物が出たと同僚が言っていたので聞いてみましょう。シーツや敷物を汚したらと気を遣い過ぎる主には快適に過ごして頂きたいわ。
それにしても。
「はぁ。やはり先程はやり過ぎたわ。担当を外されるかしら?」
「えっ」
突然の自分以外の声にざっと無意識に距離をとり、つい構えてしまった。
扉近くにいる警護の騎士がいたのを忘れていた。
ジュリアは代々武術に優れている家の出だ。その為ある程度の訓練は受けていたというのに。何をしている時でも周囲を感じねばならないと教わっていた。
なによりも構えた自分が恥ずかしい。そ知らぬふりでゆっくりと構えを解いた。
「あの、急に声をあげすみませんでした」
礼をし立ち去ろうとすれば、再度やわらかい声がした。仕方なく見れば、見に覚えのある若い騎士だった。
確かあの隣国の王子がミライ様にちょっかいを出した際に止めに入ったと他の者達が話していた。えーっと確か名前は。
「私は、マイルス・ザグリーと申します」
悩んでいたのが分かってしまったらしい。ザグリー家というと…上流貴族だ。私の家も貴族で名前は武術のおかげで有名だが、階級はザグリー家より劣る。
「少し考え事を失礼致しました。私はミライ様つきの侍女、ジュリア・ノルジアと申します。騒がしくして申し訳ございませんでした」
今更ながら淑女の礼をとり、正直、悪いとはこれっぽっちも思ってないが謝罪をした。
「あっ、いえっ俺、いや私の方こそ急に声を出してすみませんでした。あの、ミライ様の体調は大丈夫でしょうか?」
貴方は護衛でしょう? と言いそうになったけれど本当に気にかけているようなので、やめた。
「顔色はまだすぐれませんが休めばよくなるかと」
「よかった。とても怖い思いをさせてしまったので穏やかに過ごしてもらいたくて」
繕っていはいない、本心からの言葉に今度こそ警戒を解いた。そして、そう。
「同感ですわ。ミライ様は優し過ぎるので不安です」
細くとも剣も操る魔術師団長なんて体力がありあまる方だ。私の主が壊れてしまわないように見守らねば! だいたい騎士なんて体力馬鹿ばっかりで。
「えっと、ジュリア様、心の声が漏れまくっています」
はっ! いけない興奮して思わず。
「私としたことが。度々ご迷惑をお掛け致しました」
今のはついミライ様が心配で。
「えっと、ジュリア様。その体力馬鹿ですが、明日の夜に食事をお誘いしたいのですが」
えっ?
つい、いないのは理解していても周囲を確認してしまう。
「あの、私ですか?」
「はい! できれば付き合って下さい。あっ、まずは食事くらいからでいいので」
「…私、可愛げがありません」
「充分可愛いです!」
何故か心がざわついて、焦ってしまう。
「…見た目と違ったと言われ続けておりますので」
同僚には、見た目は柔らかな雰囲気なのに武器を手にした瞬間、別人で怖いと言われているのを知っている。
「どうしてですか? 可愛くて武術に優れているなんて素敵です。なので問題ないです。それで、最近できた店がとても美味しいのでよかったら」
──この騎士の名を知ったのはつい先程である。
「あと、私、いや俺は、ミライ様がいらしてから、なんか城に新しい風が入ってきているように感じます。だからミライ様が好きなジュリア様には辞めてもらいたくないです。というか俺が悲しいです!」
それは同感だわ! ん? どうして私がいなくなると貴方が悲しいのかしら?
「なので是非、素敵なミライ様について語り合いましょう!」
「はい!」
……あら? なんだか勢いに乗せられてしまったわ。まあ、無害そうだし。
なによりミライ様を支える同志に悪い奴はいないはず!
とりあえず「本当に一緒に食事してもらえるんですね?」と念をおしてくる目の前の騎士に肯定の意をこめ微笑んでみるジュリアだった。
~護衛騎士その1~
「はぁ。やはり先程はやり過ぎたわ。仕事変えないといけないかしら?」
「えっ」
もの凄い勢いでグラン様がミライ様の部屋に入られ、またその後ろにミライ様付きの侍女、ジュリア様もご一緒だったけれど、直ぐにジュリア様だけ出てきた。そしていつものふんわりとした雰囲気はなく残念そうに呟いた一言に俺は、つい言葉を発してしまったのだ。
その瞬間、彼女の雰囲気は変化した。構えた隙のない姿に騎士隊の新入りじゃあやられているなと、どこか冷静な自分と、なんで気になる人を驚かしたんだ! と焦る自分がいた。
構えた自分が恥ずかしいのか、赤らめている顔は、とても可愛くて。でも直ぐにこの場を離れてしまいそうだと気がついた俺は、勇気を出して声をかけた。
俺の存在は紙よりも薄かった!
護衛に就いて多少は経過しているのに俺はその他だと知り泣きそうになったのをこらえて自己紹介をした結果。
護衛その1からマイルスと認識された!
彼女にとっては護衛なんて顔が判別できればいいんだろうとは思っていたけど、しばらく心の傷は残りそうだ。
ジュリア様、俺は木から降りれなくなった動物をよじ登って救い、大量の葉っぱをくっつけながら、笑いかけている姿を見た瞬間、もう二年も前からお慕いしていたんです!
接点がなかった俺に舞い込んできたこの任務は、まさに運命が味方したとしか思えない。
俺は、もう少し勇気を出し、ミライ様の体調を伺った。部屋に運ばれた顔色は真っ青だったので、あのトワイラルの王子の時を思いだし、心配が増していた。大事ないと聞きほっとした。
「よかった。とても怖い思いをさせてしまったので、穏やかに過ごしてもらいたくて」
俺の言葉に、驚いたようなジュリア様と話すうちに彼女はとても自己評価が低い事に気がついた。
可愛くて武術に優れているなんて、長所にしかならないだろう!
なにやら弱っている彼女に、勢いで食事をとりつける事ができた!
ミライ様! 貴方のおかげです!
いえ、本当に皆、明るい裏のないミライ様の姿に癒されてます! 異世界からいらしたと最近知りましたが、なんか納得してしまいます!
なんせ、あの一見穏やかなでも実は癖のありすぎるグラン様を手なずけているのですから!
俺も頑張って恋人に昇進してみせます!
ジュリアの笑みを見て気合いをいれたマイルス(19歳)であった。




