28.*グランとヴィセル*
「仕事もそれだけ熱心だと助かるな」
「今は時間外、深夜ですが」
こんなのでも殿下なので部屋にいれてやったのだ。しかし失敗だ。このぶんだと長居されそうな気がする。
「何作ってんの?」
ヴィセルは、攻撃を受けても最低限避けられる距離を保ちながら俺の手元を凝視している。
特に隠す物でもない。
「転移の際、ミライの国では一日でも此方は三ヶ月経過しているらしい。それだとこの先困るから調節です。いずれミライより三歳くらい俺が上になるように。また彼女は、酒に酔わないと転移できない。それは身体によくないので、似た成分で出来ないかと考えています」
この二種類を一緒に飴のように服用できるよう作る事にした。今夜は体調が悪いから大人しくしているだろけど、おそらく二日後くらいには帰ると予想しているので明日には仕上げる。それを説明してやれば。
「口をひらけばミライ、ミライ、お前オカシイぞ」
おかしくて結構。
「ああ、熱中するのはいいが、ライアンのは」
「昼間行って、張り直した。ついでに砦と境界線、村の周りも。強力に新たに作り組み直したから破れる奴がいたら是非手合わせ願いたいね」
チラリとヴィセルを見ればなにやらひきつった顔だ。お前の長所の売りの顔が崩れているぞ?
「まさか、ミライがライアンの事を気に入っているからとか…だよな」
「あそこは戦になれば最前戦になる。ライアンが死ねばミライは悲しむ。腹立たしいけどね」
あの夜会での様子を思いだし苛ついた。着飾った彼女の姿はとても美しかった。黒髪に映える白いドレス。前部分は控えめなデザインなのにあの剥き出しの背中。細くしなやかな線に腰に手を触れたのがライアンだったから我慢した。
「劇的な変化だな。俺は、今でも最初に見つけたのがお前ならその場で消していたと思っているが」
「ああ、ヴィセルでよかった。俺なら話す前に魔力のない生物は異世界人、すなわち国を混乱させると判断し消した」
それだけはヴィセルに感謝だ。
好奇心もあり深夜に忍び込み、初めて見た異世界人は想像以上に脆弱だったうえに涙を落としながら親に謝る姿。一気に消す気が失せた。
どれくらい効果があるのかわからないので、一番効果は薄いが負荷がかからない歌をうたって身体に流してみた。
『…水』
喉が乾いていたようだが、グラスを口に近づけても飲みこまないので、口移しで飲ませてみれば。
普通なら魔力持ち同士の接触は反発がでる。持つ魔力が相手と相性がよければ酷くはない。だが、俺の保持量は桁違いだ。
彼女に触れた瞬間、反発どころか包まれるようにも感じその気持ちよさに目眩がした。水をもっととねだられているようだったので、数回繰り返した。その度に彼女の白い喉が動く。
柔らかい唇、白い首。広がる黒い艶やかな髪。
なんだ? これは何。
そんな言葉が出そうになり思わず自分の口をふさいだ。
あの時の俺の顔は、恥ずかしがるミライと同じ顔になっていたに違いない。
初めて欲情した。
「それで、随分トワイラルのバカを根に持っているようだが、昨夜あそこの宰相泣きついてきたぞ。良質のグラン様の魔石の出荷をとめられたと」
「いやだな。停止ではなく見合わせです」
「何もそこまで」
ああ、ヴィセルもわからないのか。
「魔力量が多い者は、ミライにふれると気持ちいい。彼女は全くの無ですよ? そんな人、いや生き物はいない。だから、あれを知った王子は恐らく簡単には諦めない」
だから国が奴を見捨てるようにする。
「あそこの第三王子は、第二のバカと違い無駄な戦は好まない方です。気性も荒くなくかといって弱くはない。私は次期王位には彼を希望なんです」
少しずつ、けれど確実にトワイラルを弱らせ第三王子は乱れた経済を建て直す救世主になってもらう。
「恐ろしいな」
「俺はただの魔力保持量が多い者ですよ」
本当に恐ろしいのは。
ミライ、貴方だ。
なんとか婚約の印はつけさせてもらったものの結婚まで果てしなく長く感じる。
「早く、もっと堕ちて」
俺の中に来て。
「何か言ったか?」
「いいえ。それより殿下こそいい加減キャルに想いを伝えた方がいいんじゃないですか?」
「ゲホッ!」
口に入れた茶を盛大に吹き出され、ミライ風に言うならムカついてきた。
俺のお茶を勝手に飲みテーブルを汚さないでもらいたい。
「さあ、明日は早朝から視察が入ってますよね? なにより邪魔なんで出ていって下さい」
俺は忙しいんだ。




