22.知らされた夜 2
それは、怒鳴りつける男の声から始まった。
『グラン! お前は何故、保持している魔力が高いはずなのに出来ないんだ!?』
『ごめんなさ』
『謝る暇があるなら訓練をしろ!妹はいったい何をやっているんだ?! ぼさっとしないで訓練場へ行きなさい!』
『ご…はい。伯父上』
強い光が消えたと思ったら、私は見たことがない部屋にいた。そして小さな男の子の後ろに浮いているようだ。後ろ姿しか見えないけど、柔らかそうな猫っ毛で、可愛いつむじがみえた。なんとなく見覚えがあって。その背中が可哀想なくらい項垂れていた。
その男の子は、まだブツブツと呟く男にお辞儀をして此方を向いた。
大きな緑の綺麗な目を持つ、私の胸くらいの背の男の子。
「…グラン君?」
手を伸ばしたらすり抜けた。
「えっ」
そして今度はグラン君が私を通り抜けて扉の外へと消えていく。
「私の声は聞こえない…。 身体も私が透けているのかなって。っ!何!?」
何かに吸い寄せられるように体が強制的に飛ばされた。体験した事がない感覚で思わず目を閉じてしまった。
『ごめんなさい。僕が、僕がちゃんと力を使えればっ!』
悲壮な声が耳に響き目をあけた。どうやら夜のようだ。ここは何処だろう?
「ひっ」
周りに目を向ければ、小さな灯りの中に見えたのは、沢山の長方形の石。その上には、人が横たわっていた。数は…数えきれないほど。
尻餅をついてしまったせいで、男の子、グラン君の小さな背中が目の前にあった。彼の前には、他よりも立派な石の台が二つ。その上にいる人の顔は布で覆われていて見えないけれど服装で男女だとわかる。
『僕の命とかえられたらいいのに。僕じゃなくてお父様とお母様が生きてくださったほうのが、皆が助かる。それに…喜ぶ』
季節は冬なのか、グラン君の息が白い。背中が震えているのは寒いからじゃない。
「…駄目か」
思わず抱き締めてあげたくて。後ろから包むように腕をまわした。だけど、私の腕はグラン君に触れる事は叶わない。
また視界が揺れた。
『何故貴方がここにいるの!? 城に戻りなさい!!』
次に移動した場所は。
『ギャア!』
鎧を着た女の人が剣で相手の鎧の継ぎ目に剣先を刺した。その行為は止まらない。すぐに引き抜かれまた違う相手に向けられていく。
『姉上!』
『早く戻って!』
馬の嘶きと激しい金属音に怒号。
──戦争の、戦の真っ只中だった。
グラン君は、ふらつきながらも剣を構えて向かってきた一人の刃を受け止めた。だけど、女の人の緊迫した声が。
『危ない!』
背後に剣ではなく、手に赤い何かを作った人が突進してきて。それはグラン君ではなく、彼のお姉さんの庇った背中に命中した。
『よかった』
『あ、姉上?』
姉上と呼ばれた人は、グラン君に覆い被さったまま、至近距離にいた剣を持った数人に水色の球体を何発も放った後、地面にゆっくりと倒れた。
その顔はグラン君そっくりで。泥と血で汚れているのに、とても美しかった。
『姉上!』
彼と同じ緑の目は、きっともう何も映してなくて。
『嫌だ! もう嫌だ!』
「グラン君! 敵がきてるよ!」
聞こえないとわかっていても、敵であろう鎧の柄が違う人達がグラン君に剣を振り上げているのを見て私は思わず叫んだ。その時。
『力だ。力が欲しい。力があればっ!! こんなっ!っあー!!』
頭を小さな手で抱え彼は叫んだ瞬間、爆風が生まれた。
匂いも風も感じないのに、無意識に自分の頭を腕でかばった。
『ハー ハー 』
小さな荒い息の音。
グラン君の周囲に人はいなくなっていた。
違う。
人だったモノが散乱していた。
「うっ」
私は、耐えきれず両手で思わず口をふさいだ。
…気持ち悪い。そう感じた自分に震えた。
また、足元が揺れた。
『グラン様は、流石は王家の血をひくお方だ』
『ああ。ヴィセル殿下は剣に優れグラン様は膨大な魔力の保持者』
『だが、もっと早くにグラン様の能力が開花していれば、こんなに損害もでなかったのではないか?』
『確かにな。長引いた戦で年寄りと若い奴しかいない。これから国を建て直さねばならないというのに』
『しっ、聞こえる』
あからさまな会話をする男性達の横を通り抜ける背中は、最初よりも広く大きくなっていた。ただ、その横顔は、機械のように表情がなかった。
もう慣れてきた揺れがくる。
『グラン!』
『ヴィセル殿下、キャル』
『だから、殿下呼ぶなよ。 今は騎士見習い中だろ? キャルもそう思うよね?』
『そうね。珍しく正論なヴィセルが気持ち悪い』
『キャル、お前は俺を少し敬ったほうが』
『なら、もう少し魔力上手く使いなさいよ』
幼い顔のヴィセルさんとキャルさんは、同じ制服を着ていて、小刻みよく言い合っている。それをため息をつきながらも穏やかにみているグラン君。
ああ。
この景色は。
最後は、見覚えのある黄色の花をたくさんつけた木々の映像で。花びらが強い風によって降ってきて。それに手を伸ばした彼は、今の姿だった。
鳥の羽音がした。
目を開ければ、今度こそ触れられる彼が心配そうにしていて。私は、どうやら膝枕をされていたようだ。
「ミライ? 気分は」
何を言えばいいの。
ああ、まずは。
「お帰りって言ってください」
そうねだったら。
「…おかえり?」
「うん。ただいま」
戸惑いを含みながらも返してくれた。
「ちょっ、ミライ?」
言葉は、会話はもう後でいいや。
今すぐにしたい事は。
「小さい時のグラン君を抱き締めたかったけど、私の腕はすり抜けちゃって。何回トライしてもできなかった。だから…」
子供の頃、私の家は、触れあうような家じゃなかった。だけど今は。
抱き締めてあげたかった。
しばらくして私の背中に戸惑うような仕草で、グラン君の手が腕がまわされた。




