20.知らされた夜
私の表情がよくなかったのか、グラン君の真っ直ぐな視線が少し下がってどんな顔をしているのかわからない。
「あ、あの」
何か言わなきゃと焦れば、下がっていた頭があがって、困ったような笑いをもらった。
「すみません。急に」
「あ、うん。前回の婚約宣言よりは衝撃は少ないかも…」
はっ、また余計な言葉を言ったかもと焦るが、もう口から出てしまったので回収不可能だ。
「確かにそうですね。そうだ。お茶をどうぞ」
グラン君は、苦笑しながら隅に置かれていたトレーを引き寄せ、二つある内の1つのカップを手渡してくれた。
至れり尽くせりで申し訳ないと心の中で感謝し、口の中が乾いていた私はありがたく頂く。湯気がでていて、手に持った感じで熱すぎかなと慎重に口をつければ、丁度よくて。ほうと言葉にならない声が出た。
「あったまる」
渋味が少なくあっさりとしている。味は、ほうじ茶に近い。
「舌をよく火傷するわりに少し温度が高めなのが好きですよね」
えっ。
「何で知っているんですか?」
そう聞けば柔らかい笑みを浮かべながら立ち上がって。マントや脇にある剣も外して。
「そうですね。あとは、鍛練の場を観るのは好んでいるのに剣などの金属の音は苦手というより怖さを感じている。少し冷えるのでよかったら」
マントを身体に掛けてくれて、剣は鞘ごと床に置いた。身体から離すのを初めて見た気がする。
私が嫌がるから?
「この状態なら術を発動させたほうが早いので。まぁこの結界を破る事がそもそも不可能だと思いますが」
簡単に結界と言ったけど、種類によってはとても力を使うって聞いたけど。
私の為?
首を傾げた私にグラン君は、くしゃりと困ったような顔で笑った。なんか好きだな。この表情。
「話をと言いましたが、どこから話せばよいのか」
悩む彼に聞いた。
「婚約はどうしても必要なんですか?」
何で急に、しかも相手がグラン君なのか。
グラン君は、ため息をつくと綺麗にセットされていた頭を手で崩し、「失礼します」と上までキッチリ留まっていた襟を緩め始めた。気だるい少し疲れた感じをだしながらの仕草最高です。そんな邪な感想を頭の中で呟く私のとなりで説明が始まった。
「察しているかもしれませんが、ミライが書庫で会った男は、隣国トワイアルの第二王子で、報告を聞いた限りでは、恐らく貴方は気に入られ目をつけられた。だから早急に手をうたないと政治がらみで連れていかれる可能性があると判断したんです」
気に入られた?
私が?
「貴方には、開示する情報を制限していました。それは、他国に利用されないように。また我が国というよりは、この世界に影響がでないように」
「な、なんか規模が大きくないですか?」
たかだか小娘一人に。
「魔力もなく剣など手にした事がない自分にと思いますよね」
どうやら心を読まれているようだ。そうだと頷けば、首を横にふられた。
「異世界から来たというだけで、我々には脅威なんです」
まるで兵器だと言われたように感じて固まった。そんな私に学校の先生のように説明をしてくれた。
昔、異世界人が多く落ちてくる国が存在した事。その国は、驚異的な早さで発展していった。生活が便利になっただけなら医療が進歩しただけならよかったのだが、進歩していく過程で生まれた副産物があった。
それが武器だった。
「緩やかに進化をしていけばよかったのかもしれませんが、なにぶん急速に変化をし過ぎたのです」
「…その国は」
「滅びました。正確には、周囲の国々がその国を消したんです。それぞれ優れた魔術師を使い、その進みすぎた国の民が出れないよう結界で閉じ込め、食料の供給を断たせ、また中に攻撃を昼夜問わず行い続けました」
閉じ込めれ箱の中で空から武器が降ってくるようなイメージがわいた。グランさんが頷いた。私の想像は悲しいけど間違っていないようだ。
「その国の書庫には異世界人に関する資料が膨大に保管されていたのですが国が存在しない今、調べるのは不可能です。なので現存する資料は極めて少なく、また厳密に管理されています」
先を聞くのが怖い。
でもグラン君は止めるつもりはないようで。
「俺は、まだ意識が戻らない時、ミライに会いました」
この世界に来たとき。
もしかして。
「何か、歌を歌ってました?」
「…起きていたんですか?」
「いいえ。寝てた。でも何か歌みたいのが聞こえて、とても安心したのは覚えてる」
何か、いけない事を言ってしまったのだろうか。
「グラン君?」
表情がなくなったグラン君は。
「寝室にいたのは俺です」
綺麗な形のいい口から流れた言葉は。
「あの夜、俺は、ミライを消すはずでした」
とても残酷だった。




