15.脳が限界です
「何が駄目ですか? 歳? 俺に足りないのは何?」
く、苦しいっ!
まわされた腕に力がはいり中から出そう。 私は出番がなく汗でじっとりしていた手でグラン君の背中を若干強めに叩いた。
「すみません」
力はすぐに緩められたけど、まだ腕の中から出られない。
「教えてくれるまで離さない」
私の首あたりに顔をうずめたのか、皮膚は私じゃない髪の毛や息、重さを性格に脳に伝えてくる。免疫がない私は、真っ白になりそうな意識を無理して動かした。
その結果。
「私が、今の状態だと問題なんですよね」
ビンゴ。グラン君の息が微かに乱れた。
「…昨日のせいですか?」
あの書庫で遭遇したイケメンは、この国の人じゃない。服装や香り、そして雰囲気が全く違った。
「それとは関係ありません」
嘘だ。私は少し隙間ができたので両腕を内側にいれグラン君の胸を強く押した。
「何で誤魔化すの? バレバレだよ!」
付き合いが長いとはいえないけど、こんな強引な事をする人じゃないのは分かる。
嘘をつかれてキスまでされて。ムカついて彼を睨みつけようと上を向いたら。
小さな魔法で仄かな明るさと土星もどきの光でまた昼間とは違う色の緑の目は──。
「はぁ。そんな顔されたら怒れないじゃないですか」
イケメンの悲しそうな、ちょっと辛そうな顔に勝てる人います?
「ミライ」
「口じゃないけどキスされたのは初めてだった。婚約なんて話、私なんて一生言われない言葉だっただろうし。両方イケメンだったから許す」
本当は許しがたい。
だって、一瞬本気にしちゃったから。
馬鹿だ。きっとグラン君は、偉い人で釣り合わない。というか、容姿、頭脳からして私を選ぶような要素はないよね。
それに、キスは好きな人とするもんだよ。なんでそこまで? 婚約だってそう。なんか悲しくなる。だけど、一つだけ確信した。グラン君に嫌われてないと。それだけは救いかも。
「私の為にしてくれたんですよね? それは伝わった」
なんか逆にそこまでさせて申し訳なくなってきた。
私、戻ってこない方がよかったのかも。
「明後日帰りま」
そう、口にしたら。
「離して」
両腕を捕まれた。グラン君の顔は、柔らかい前髪で隠れて見えない。離して欲しくて動けば、薄明かりなのに手首の跡がさらされてしまった。
彼は、私の両腕を少し上に上げて、もれなく私の上体も少し反れ、グラン君の無駄のない頬と口元が見え、それを見た私は。ああ、イケメンは唇まで形がいいのかと、みとれたらその口が開き。
「あっ」
手首のその跡を舐められた。赤い舌が右手首を一周し、左手首にまでのびてくる。
「つ、止めて」
私の抗議は全く聞こえていないかのように、無視された。今までにない温かくけどなんともいえない感覚に肌が背筋が震える。
昨日のように力任せに掴まれているわけじゃない。だけど、ほどきたくてもそれは敵わない。
金属の、グラン君の腰にある剣が椅子に当たったのか金属の音がした。
ああ。
違う。
ここは、私がいていい世界じゃないんだ。
「っ、ミライ?」
自分のほっぺたに流れていく雫。人前でなんて泣きたくない。なのにコントロールが効かない。顎を伝って落ちていく。
口の中に鉄の味がする。唇を噛んでいたのかな。
「すみません! そんな顔させるつもりは!」
腕が急に自由になり自分の腕なのにまるで物のようにおちた。と思ったら柔らかい物につつまれていて。爽やかな柑橘系の香りがした。
「遅れてごめんなさいね」
キャルさんに背後から包むようにされていて。
ほっと息を吐いた瞬間、金具の当たる音と大きな音でビックリしてボヤけた目を擦れば。
倒れたテーブルの前にグランさんが転がっていた。
「アンタが脅えさせてどうする!」
どうやらキャルさんが、鞘でグランさんを殴ったようだ。
……なんか、予想つかない展開で、もう私の脳は限界だ。そして、女の人は落ち着くなとキャルさんの柔らかい腕の中でしみじみ思った。




