僕は誘う
荷造りも済ませ、異世界への冒険に期待を膨らませる僕達。
由佳はひたすらに異世界用装備を作り。
僕は異世界での冒険を空想しながら、由佳の装備作りに口を出しつつ。
10日間寝て過ごした。
だってニートだもの。
行動力がないからニートなんだよなぁ。
はぁダルい。
「今日から異世界、楽しみだなぁ」
「…」
「どした?」
万年床にだらしなく寝そべる僕を蔑むように見る由佳。
「はいお兄ちゃん装備」
由佳はクローゼットから魔法少女コスプレを取り出し、僕に投げつけてきた。
「何をするんだ妹よ」
「お兄ちゃんにはそれがお似合いだよ」
「こんな露出度高いヒラヒラ衣装で異世界に行ったら即死するわ」
「そうだよお兄ちゃん、もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ?」
「うっ…」
「魔物がいるって言ってたじゃん、危機感持たないと。十日もダラダラして、心配だよ」
「お、おぉ。そうだね、ごめん」
ぐうの音も出ない。
「楽しみだなぁ、じゃないよ全く。はい、着けてみて」
由佳の作った装備は革で作られた物が多い。
革のグローブ、革の胸当て、革のウエストポーチ、革の膝当て、革の編み上げブーツ。
コスプレのコスチューム作りの為に始めた由佳の、レザークラフトの趣味を生かして作られた革装備。
ゲームの世界では革装備は所詮初期や序盤の軽装備なイメージがあるがそれはあくまでもゲームの中の話。
ドゥミアーナさんが教えてくれた、マナによる物質の強化。
触れた物質にマナを流し込むことで、物質の強度をある程度自由に変えられると言う話を聞いた由佳は、この十日間ずっと、僕と由佳自身の防具作りに勤しんでくれていた。
「どう!?これにマナを流し込んだら防御力すごいでしょ!」
そう言い、僕の前に出来上がった装備品を並べる由佳。
「革は元々生き物の皮膚だし、鉱物なんかよりはマナが込めやすそうだね、関係あるか知らんけど」
「そうそう!マナを流し込むようなイメージがしやすいかなって」
「ふむ。…なぁ、所でこれ」
「何?」
「由佳のだよな?」
「お兄ちゃんのだよ?」
「いやこの胸当てっ、この膨らみ、おっぱいじゃん!」
「胸当てだもん、胸がついていても問題ない」
「いやいや、僕男なんだからいらないでしょ」
「あっちの世界でも入れ替わるんだから、防具も同じに決まってるじゃん」
異世界でもやるの?
入れ替わる必要あるのか?
「あっちでも常に女装しろと?」
「いつものこと。ほら早く着て」
「あいよ…」
お互いに装備を試着し、留め具の調整などを行う。
「ほんと駆け出し冒険者って感じだな」
「そんな感じを意識して作ってみたの」
「なるほどそういうコスプレなわけか。てかお腹とかがら空きだな、死ねる」
「あっちの世界でどんどん強い防具に変えていくんだよ!」
「ゲーム脳だなぁ…。でもさ、僕、自分の持ってる服着たいな」
「え、ファンタジー世界なのに現代の服?てか私の作った装備はどうするの!?」
「いやほら、胸当てだとか膝当てだとか部分的な物ばっかじゃん?上にジャケットとか羽織っても問題ないでしょ」
ニートだからオシャレに無頓着など偏見。
僕達社会不適合者であるニートは、周りの目を気にしがち。
ただでさえニートという烙印を背負って生きているのに、格好でまでバカにされてしまうのは精神的にきつい。
人目を恐れるあまりいつの間にか沢山集めてしまった装飾品達。
是非とも異世界に着て行きたい。
「でも私達の服って着回してるから、あまり同じ格好出来なくない?」
由佳と僕の体のサイズはほぼ一緒なので、由佳は僕の服を問題なく着れる。
だが成人した男と女、ましてや兄妹が同じ服を着回しているのは、傍から見ても異様だろう。
由佳は気にしていないようだが、僕は何とも言えない気持ちになる。
「あんまり同じであることにこだわらなくても。あっちの世界の人間だって、オシャレはしないかもだけど同じ服しか着ないなんてことないだろ?」
「そか、まあ私達の見分けなんてつかないか、お父さんなんてよく間違えるもんね!」
笑顔で言うことかなそれ。
「と言うわけで僕は、お気に入りのレザージャケットとスキニーに由佳の作った編み上げブーツを履いて異世界に行きます」
「いつもの女ロックテイストファッションね」
「え、お前そんな風に思ってたの」
準備をしつつ、持っていく物、着ていく服装を話し合う。
準備が完了し。
ボーっとしていると。
視界が暗転。
「やあ二人共、準備はできたかな?」
真っ白な空間でクリスタルの玉座に腰をかけるベルエズさん。
その横に、琥珀色に輝く光の塊のような物が浮かんでいる。
「ベルエズさんどうもです、その横の光は一体?」
「これはね、転移が出来る奴」
奴って。
もうめんどくさいからいいや。
神の力、万歳。
「これに触れたら一瞬で私の星に行けるよ」
「どんな場所に転移するんですか?」
「森の中だね、泉と掘っ立て小屋がある」
泉、水場か。
スライム出てきそう。
「そこは一時的に拠点に出来そうですかね?」
「問題ないだろう、一度ドゥミアーナが、ほんの一瞬だけ降りた場所でな、マナが豊富で木の精霊達が沢山いる。危険な生物は精霊達が森へ入らぬようにしているんじゃないかな?」
えぇ…。
ドゥミアーナさんが降りた場所なの?
…マナが豊富なんだ。
「…それ大丈夫ですかね?精霊が荒ぶってそうで怖いんですけど」
「精霊達は、自分達に害をもたらす可能性のある生物は排除しようとするだろう。…木の根は踏みつけぬようにな」
「すいません、木の精霊と仲良くする手段を教えて下さい」
「君には頼れる妹がいるではないか」
「私?」
あぁ、なるほど。
「由佳、転移したら精霊達に敵意はないと伝えてくれ」
「まかせて。私の、精神…感応…、えっと…」
また変な名前つける気か。
「テレパシーでよくない?」
「メンタルトーク!」
「くそダセェ…」
本当にセンスないなぁ。
「さて、一度あちらの世界へ行ったら暫くは戻れない。いや、君達を逃がすつもりはない。また人間を選んでいる余裕もなくてね」
………なにそれ。
そんなことを言われたら決意が揺らいでしまう。
由佳は今どんな顔をしているんだろう。
何故だか見れない。
「それでだ。君達は、私の頼みを聞いてくれるわけだ。もしかしたら命の危険を伴うかもしれないというのに。対価として、何か願いを叶えろとでも言われるかと思っていたのだが?」
これは…、願いを叶えてくれるということか?
すると由佳は間髪入れず。
「じゃあ帰ったら一生遊んで暮らせるお金を下さい」
「善処しよう」
真顔で欲望をさらけ出すな。
というか出来るのベルエズさん。
…なんだか気が抜けてしまったよ、由佳。
「望みを叶えてくれると言うなら、僕は全てが終わってからで」
僕の望みは今叶うからね。
「そろそろ行くか、準備はいい?由佳」
「う~ん、ウエストポーチにだいたい必要なものは、あ、お金」
「金ばっかだな由佳の頭は」
「いやいやお兄ちゃん、食事」
「あぁ、そうか…」
何にも考えていなかった。
お金を稼ぐ手段。
あっ。
「冒険者ギルドくらいあるだろ、魔物倒して金稼ぎだな」
「冒険者ギルド、なるほど、魔物の討伐依頼を請け負い、冒険者に依頼を斡旋する団体、かな?」
「おぉ!それですベルエズさん!ありますよね多分」
「さぁ。私にはわからん」
「…お兄ちゃん、ないパターンあるかもよ」
ありえる。
「あちらの世界でお金を視認してくれれば、こちらで用意しよう」
「え?視認?」
「これをつけてくれ」
ベルエズさんの手に現れたのは…コンタクトレンズのケース?みたいだな、なんだろ。
「共視レンズとでも名付けよう。これを目につければ、君達の視界を私が共有する事が出来る」
コンタクトレンズだった。
これを着けて旅をしてほしいということだったんだな。
「これでお金を見て…どうするんです?」
「偽造する」
おいおい。
「偽造って、大丈夫なんですか?バレたらヤバいことになりそうですけど」
「安心したまえ、視認した物と寸分違わない物を作り出してみせよう」
「第一目標は、あっちの世界の通貨を入手だねお兄ちゃん!」
なんて明るい笑顔。
「お金を手に入れる間はどうしよう」
「私の作った指輪にマナの供給さえ出来ていれば、健康状態は保てるだろう。極端な話、マナが溢れている場所で空気を吸うだけでも、マナを豊富に含んだ草や土を食べているだけでも生きていけるだろう。あまり変な物を食べては、体を壊すだろうがな」
それは避けたいな。
あくまでも生命維持が出来るだけ。
食べ物以外を摂取すればマナは得られても、当然体に負担がかかるのか。
「ベルエズさんのくれた指輪凄い万能だね~、お金は後回しでいいかもね」
何にも考えてなさそうだな由佳。
「活動に支障ないだろうが、空腹は時間が立てば経つほど増す。集中力を欠いてはマナの制御にも影響するだろう、ある程度何かは食べておくといい」
「やっぱりお金稼ごう」
いや、お金のことしか頭にないようだな。
異世界だろうと人間はお金に縛られて生きていくのね。
「じゃあ由佳、最初の転移場所でマナの使い方の確認と、由佳のテレパシーの使用感を確かめるよ、そしたら街探し」
「オッケー」
「よし行くか」
「その前に」
うひゃっ。
ドゥミアーナさんの声が真後ろから聞こえてきた。
「お二人に随時、物資の供給をするということでしたが」
背後を取るのが好きなんだなドゥミアーナさんは。
びっくりしている僕を気にする様子もなくドゥミアーナさんは話を続ける。
「日付けを五回跨ぐ度に、お二人の半径10メートル以内の場所に物資を落下させます」
落下!?
ダメでしょ。
人居たらどうするの。
街中に居たらどうするの。
「それ以外に方法はありませんかね?」
「では私が直接お渡しに伺う…」
「落下でいいです」
もっとひどいことになるわ。
「ベルエズ様の御住まいから、お二人の近くに落下させますが、なるべくお二人と周りの生物に、被害が出ないように配慮させて頂きますのでご安心を」
「ベルエズさんの、お家から?」
「はい、星の周囲を漂っている観測衛星のような物です、ベルエズ様はいつもそこで星を眺めておられるのです」
「見えるの?」
「無論、限界はあるが、生物をギリギリ視認出来る程度には見えるぞ」
由佳の質問に「ポンッ」と望遠鏡を取り出し得意気に答えるベルエズさん。
「これで君達の周囲にも配慮するから安心したまえ」
「では物資の供給は、お二人がベルエズ様の星へ着いてから準備が出来次第させて頂きます」
…いよいよだ。
「行くか、由佳」
「うん…」
琥珀色に輝く光に歩みよろうとした僕の手を由佳が掴んだ。
「お兄ちゃんと一緒なら大丈夫だよね」
「大丈夫さ」
由佳を第一に。
躊躇する由佳を説得したのは僕だしね。
そんな決意と共に。
根拠のない言葉で由佳を安心させ。
輝く光に手を伸ばす。
震える由佳の手を引いて。
何も知らない神様、むしろ調べて教えて欲しい神様。