純白の悪魔
油性マジックで描いた僕の力作が発光してる。
「ほんとだね、眩しい。目が痛い」
「お兄ちゃん、これなんの魔方陣?」
「えっとね、悪魔召喚の魔方陣」
「…」
いやそんな目で見ないでおくれよ。
まさか発動するとは思わないじゃん?
え、でもなんで光ってんの?
床にLEDでも埋め込んだのか僕は。
さっと僕の背中に由佳が隠れる。
それと同時に、魔方陣の光で何も見えなくなる。
あまりにも明るすぎて部屋が真っ白。
目を閉じ、腕で光を遮る。
…………………………………。
そろそろ目を開けても大丈夫かな?
まだ光ってるかな?
「お兄ちゃん、なんかいるよ」
はい?
目を開けると。
真っ白な女性が。
魔方陣の中心に佇んでいた。
マジ?
僕、悪魔召喚しちゃったの?
真っ白な女性は目を閉じたまま微動だにしない。
魔方陣から現れた…人外。
それだけでも恐ろしいのに、綺麗…すぎて怖い。
整いすぎた造形はより一層、女性が人間ではないことを感じさせる。
真っ白な髪、真っ白な肌。
目を開きこちらを見る。
血のように赤い深紅の瞳。
これは…アルビノというやつか?
あんな現れ方をした者に人間の身体的特徴の一種が当てはまるとは思えないが。
女性は無表情に。
冷ややかな眼差しで僕達を観察する。
僕と由佳を、見比べてる?
……人外の価値観も人間と変わらないのか。
そして。
「ΦΧδβιειββθεΧΡΠΠΨ」
…なんて??
言葉では表せないような声に、思わず惚けてしまう。
僕達は動けないでいたが。
反応がないことに女性は戸惑っているようで。
そんな様子に少し毒気を抜かれた気分。
しかし何を言ってるか分からないから反応しようもない。
「うっわぁ、話通じない系だね」
なんだそりゃ。
由佳が後ろからひょっこり飛び出すと。
女性の気を引くように「チョイチョイ」と手招きをする。
女性は由佳を見る。
ビクリとしたようだが、ジッとこちらを眺める女性に由佳はゆっくり指を差し。
次に口の前で手を鳥のクチバシの真似でもするかのように動かし。
そして自分の耳を指差す。
最後に両手人差し指をクロスさせ口元へ。
…あなたの声が聞こえません、てか?
通じるわけないだろ。
しかし女性は目を見開き、納得するようにうなずく。
通じたんかい。
「やるな妹よ」
「さてどうくる」
…なんて対応力。
敵意?みたいなものは感じないけどさ、もう少し疑って見てくれよ。
魔方陣から出てくるとか。
あれ間違いなく人間じゃないだろ。
こんな展開あったらなぁとか思ったことはあるけどさ。
実際起きると怖いわ。
女性は「失礼しました」とでも言うかのように、綺麗に頭を下げると、僕に近づいてくる。
流石に身構えると「安心して下さい」とでも言うかのように微笑み、僕の頭に手をかざす。
あまりにも自然な動作に反応が出来ず受け入れてしまう。
すると頭から何かを吸いとられるような感覚に陥り、目眩を起こした。
思わず床に膝をつく。
「お兄ちゃん!?」
「申し訳ありません、会話さえままならないこの状況をどうにかしようと思いまして」
…日本語しゃべってる?
由佳が僕を包むように抱きしめ、女性を睨み付ける。
おぉ…お前いつの間に成長してたんだな。
予期せぬ柔らかな膨らみを目眩を利用して堪能する。
未だ膝をつく僕に代わり。
「…何をしたんですか?」
由佳が女性に問う。
由佳らしからぬ強い口調。
「無頼由利様の脳に蓄積された記憶と知識を、トレース?したと言えば伝わりますでしょうか?」
ふむ。
なんとなくだが理解出来る。
魔法の力で、とか言われるよりは。
由佳もなんとなくではあるが、理解したようだ。
こんな目眩がするほどの事…僕の頭に異常は残らないんだろうな?
問いただしたいところだが、頭が揺さぶられてるような感覚が抜けない。
立てない、吐きそう。
「トレースって?ようするにお兄ちゃんの頭の中にある情報をコピーしたってこと?」
「そうですね。コピーした、というのが正しいのかと思われます」
だいぶ目眩も落ちついてきた。
記憶と知識のコピー。
…であれば僕や由佳の名前を知っていても不思議ではないか。
しかし今のは一体。
相手が秘匿する情報すら問答無用で引き出し、自分の記憶や知識として蓄えることなのだとしたら、恐ろしい力だ。
それにしても、記憶。
まさか僕のエロ同人誌の隠し場所も知ってるんだろうか。
恥ずかしい。
そんなことを考える中、妹が食い気味に問う。
「貴方は悪魔?」
「違います」
即答。
というかいきなり「悪魔ですか?」って。
でもならなんで魔方陣から?
足元を妹が見ると。
「あぁなるほど、この床の印は関係ありません。ただの演出です」
演出て。
「演出!?」
妹は拍子抜けしたようで、ゆっくり僕から離れる。
「はい。私の記憶の中にこのような印から魔物が召喚される光景を見た覚えがありまして。お二人にどう接触を図ろうかと考えてたところ、この魔方陣?を拝見させて頂き、利用させて頂こうと考えた次第です」
接触を図ろうかと考えていた?
監視でもしてたのか?
まあ、魔方陣が役立ったなら何より。
しかし、魔物ねぇ。
「どう思う?お兄ちゃん」
「ふぅ、そうだねぇ。危害を加える気があるわけではなさそうだし、話をしてみようよ。座布団用意」
「…分かった」
僕は立ち上がり机を用意し。
由佳が座布団を三つ敷く。
「良かったら座ってください」
「は?はぁ…、では失礼致します」
なんだ?驚いてるというか戸惑っているというか。
「由佳さん紅茶」
「あいよっ」
ギャルゲーに影響されて集めていたティーセットがここで生きるとは。
「それで?貴女は一体?」
「驚きです」
「?、何がです?」
「まだ名前も素性も明かしてすらいないのに、お二人は随分と落ちついてらっしゃるなと。何度か他の人間への接触を試みたのですが、言葉は通じず驚かれて逃げ出してしまったりと、お話すら出来ずに困っておりました」
驚き?こっちのセリフだ。
てか他の人間?
あぁもう考え出すときりがない。
「遅ればせながら、私の名前はドゥミアーナと言います」
「…ドゥミアーナさんは、どうして僕達に会いに来たんです?」
「地球に住む人間の方々に、力をお貸し頂けないかと交渉しに参りました」
「地球に住む、人間?一体何をして欲しいんですか?」
「私の…」
「はい、紅茶です。ほいお兄ちゃんも」
さえぎるように妹が紅茶を持ってくる。
KYめ。
「ありがとうございます」
「ありがとう。あぁ、冷めない内に、どぞ」
どれ。
ズズズッ…うん、蒸らしが短い。
ドゥミアーナさんも紅茶をすする。
一息つくと。
「私の主人、ベルエズコクス様がお創りになられた星を助けてほしいのです」
「今私達、アニメの中の主人公だね」
せやな。
星を助けてほしいとか。
あんな登場の仕方をしたこの人が、嘘を言ってるわけないだろうしな。
「貴女は、ベルエズコクス?さんの従者さんなんですか?」
「その通りです」
「創った、ということはベルエズコクスさんはその星?というか、世界の創造神と言うことですか?」
「お話が早くて助かります」
「よっ二次元脳」
お前が言うな。
「助けてほしいとは具体的には?」
「星に害を成す生物、生命術を使い悪事を働く人間への対処です」
害を成す生物…、というか人間いるんだ。
そして生命術。
初めて聞いたわ、魔術とちゃうんかな。
「人間ですか、その星の人間に頼むのはダメなんですか?」
「訳あって…」
おお。
無表情なのに困ってる感が凄い。
「その訳とは?」
「怖がられてしまったり、敵対視されたりと対話すらままならないのです…」
「なるほど…、その星の人間とこの地球の人間に違いってあります?」
「いえ、ありません。というよりこの地球からこられた方々です」
「はい質問!」
凄いはしゃぎっぷりだな。
「なんでそっちの人達はその生命術?が使えるんですか?」
「それは僕も知りたい、僕達と変わらないのに生命術?が使えるってのは一体…」
「お二方もあちらの星へ行けば使えるようになるかと思います。あちらの世界ではマナ、要は生命力、というものが至る所に満ち溢れています。それはこの地球にも言えることですが」
「そのマナがあれば生命術は使えると?」
「はい」
「地球にも至るところにあるんですよね?」
「至る所というのは例えば、空気中、水の中、土の中といった物質の中、といえば伝わるでしょうか?」
「物質…、それは人間や動植物も?」
「はいマナをなくして生物が生きていくことは出来ません」
「僕達はマナをどうやって得ているんですか?」
「例えば…食事、ではないでしょうか」
「食事?」
「マナとは生命力。あなた方人間が食する動植物も、食品へと加工される前は生きていたはず。そして食品への加工という死を与えられたとしても生命力は消えません。食品が新鮮さを保っているのはマナのおかげです」
涼しげな顔でなんとまあ。
食品への加工という死…。
由佳の顔が引きつってるじゃないか。
でもなるほど、生命力か。
難しく考える必要はない、マナとは栄養みたいなものか。
にしても、聞きたいのは地球の人間が生命術とやらを使えない理由なのだが。
「人間はマナという概念に気づかずとも、食事を含め、様々な手段でマナを供給するサイクルを作り上げているということです」
説明の長さにイライラを募らせたのであろう由佳が間髪入れずに質問する。
「それと生命術に何の関係があるんですか?マナが地球にもあるなら私も使えるんじゃ?」
「はい、そのマナを操ることで初めて、生命術を行使することが可能となるのです」
操る?なるほど。
「ではそのマナを操る手段が、地球上にはないと?」
「そうですね」
手段さえ確率してるなら地球でも生命は使われていただろうな。
「じゃあその手段って?」
「それを今話す必要はないのではないでしょうか?」
…まあ確かにね。
説明する義理なんてドゥミアーナさんにはない。
だって僕達はドゥミアーナさんの要求に答えていないのだから。
「ベル…なんとかさんはその星の神様なんですよね?その神様の力で、邪魔な奴を消しちゃえばいいんじゃないですか?」
おいおい。
出来るんなら頼まない。
理由があって出来ないから相談してるんだろうが。
というか消すって。
物騒だなぁ。
――φυθγκπλκοξορλιοφξικζΩ。――――
(それについては私が答えよう)
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