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間抜けな双子




 冬間近。

 都内の一軒家で、二人は途方に暮れる。

 僕、無頼由利(むらいゆうり)は家を出ることになった。


 いや絶縁かな?


「ごめんねお兄ちゃん…」


 べそをかきながら隣で落ち込んでいるのは、僕とほぼ同じ容姿の妹、由佳(ゆか)


 僕と由佳は二卵性の双子だ。

 よく一卵性双生児と勘違いされがちだが、一卵性と二卵性には違いがある。

 卵子に一つの精子が受精し、その受精卵が()()に分かれてできたのが一卵性双生児。

 一つの受精卵が二つに分かれたので、血液型、DNA、そして性別も同じ。

 対して二卵性双生児は卵子に一つの精子が受精したものが二つ。

 つまりは排卵された二つの卵子に、精子が受精し、同時に二つの受精卵が着床したもの。

 二つの受精卵なので、DNAは異なるし、血液型も性別も異なるそうだ。

 つまり僕達は男と女である以上、一卵性双生児ではなく、二卵性双生児なのだ。


 けど僕達は似ている、似すぎている。

 容姿が似通ってしまう一卵性とは違い、せいぜい「ちょっと似てる」程度のはずなのだが、見分けがつかないほどにそっくりな為に、性別が違うと言う、明確な共通認識があるのにも関わらず、一卵性双生児だと誤解されてしまうのだ。

 小、中学校の頃はよく「コピー品」などと揶揄されたものだ。

 おかげでこんな知識は嫌でも覚えた。

 とは言えそれは僕達のせいでもあるのだが。

 159センチと同じ背丈。

 示し合わせた黒髪長髪。

 まるで鏡の中の自分を見ているような気分にさせられるが、嫌ではない。

 そんな生き写しのような由佳だが、性格は大分違う。

 とてもマイペースで優柔不断、不測の事態には打たれ弱い。

 そんな由佳のフォローをするのが僕の役目。

 僕達に共通しているのは、揃ってコミュ障な所。

 …お互いに他人の目を恐れてるのだと思う。

 この複製でもしたかの容姿は、幼い頃から奇異の目で見られ、からかいの対象であったから。

 誰とも友人関係を築くことはせず、友人はお互いのみ。

 それでも僕は充分だった。

 さて、そんな僕らが何故、家を追い出されるという窮地に立たされているのか。

 …今年で24歳を迎えた僕らは、15歳の時、二人そろって高校受験に失敗し。


 今日の今まで9年間もニートをしていた。


 今まで追い出されずに済んだのは、実家の自営業を手伝っていたから。

 でも何故、今年になって親は僕らを追い出す決意をしたのか。


「まさかあれがきっかけになるとは」

「ごめんねぇぇぇ」


 追い討ちをかけてしまった。

 どうして由佳が謝るのかというと。

 発端を招いたのは由佳。

 僕にコスプレ、という名の()()をさせたのは由佳だからだ。

 僕の女装姿を見た母は僕を変態と罵り、仕事中の父をわざわざ家まで呼びつけ家族会議。

 女装したまま正座させられ、父と母から罵詈雑言を浴びせられる僕を、由佳はずっと泣きながら見ていた。

 親に気持ち悪いと言われるのは流石に堪えるね。

 そんな女装のきっかけは小学三年生になった春。

 今まで同じクラスだった僕と由佳はA組とB組に別れることになった。

 当時、気弱だった由佳は、からかわれたりすることが多く、クラスが違うと分かった時は心配した。

 不安は的中。

 由佳は学級委員長を押し付けられ、さらには全校生徒の一人の中からの挙手制で選ばれる、卒業生へ送る祝辞をする羽目になった。


「クラスのいじめっ子に無理やり…」


 大泣きしながら喚く由佳を見て怒りに身を任せ、僕はすぐにB組に乗り込み、犯人である男女グループを殴り飛ばした覚えがある。

 今とは違って荒々しいな昔の僕。

 話を戻そう。

 そして上級生の卒業式当日、由佳は緊張のあまり。

 漏らしたのだ、大を。

 泣きながら相談してきた由佳を女子トイレに押し込み、僕が持ち帰り忘れていた体操着に由佳を着替えさせた。


 女子トイレが何だって?僕には関係ないね。

 下着はどうしただって?

 体操着の下は真っ裸だそんなもん。

 染みてるもん。

 トイレから妹を連れ出し。


「よし、これで頑張れ。体操着のままは恥ずかしいけど、漏らした由佳が悪い」

「………」

「どうした?」

「…お兄ちゃん…」

「ん?」

「代わって」

「は!?」


 祝辞の言葉の覚え書きを無言で僕に押し付けると、なんと、由佳は家に帰ってしまった。

 言葉を失い立ち尽くしている僕に。


「由佳さん、もうすぐ式が始まるよ!祝辞頑張ってね!」


 先生が声をかけてきた。


「え?」

「早く早くっ」

「え?」


 小学校は私服。

 小学生なんてファッションに無頓着。

 ズボンを履く女の子も多いだろう。

 そして容姿は瓜二つ。

 にしてもまさか見分けがつかないとは…。

 

 卒業式中、バレないだろうかと緊張していたが。


「由佳さん、由利くん知らない?」


 …はは。


「お兄ちゃんは今日風邪でお家にいます」

「そうなんだ、卒業式が終わったらお家に電話しなきゃだね」


 …祝辞も全く滞りなく終わり、卒業式は無事終了。

 B組の妹の席でホームルームを終え、誰かに話かけられる前に学校を出る。

 急いで家に帰り、受話器の前で待ち構え、先生からの電話をとる。


「由利くん今日どうしたの?」

「風邪で、ゴホッゴホッ、早退しました」

「そっかそっか、由佳ちゃんから聞いてびっくりしちゃってね、すごいつらそうだね、ゆっくり休んでね、それじゃ」


 ツー。ツー。

 大勝利。


 ことの顛末を由佳に話してからと言うもの、妹は何かある度に僕に入れ替わるように頼んできた。

 この頃からだ。

 同じ髪型、同じ服装をしようとお互い意識し出したのは。

 抵抗はあったものの、由佳の助けになってあげたかった。

 そんな由佳への兄妹愛が、僕の女装への抵抗感を薄れさせていった。

 数年経ち、中学に上がれば学校指定の制服を着用するのが義務となる。


「いや由佳、流石に…」

「はい私の制服」


 …お前、母さんに僕達の制服を二着ずつ買わせたのはその為か。

 着てみる。


「すごいよお兄ちゃん!全然違和感ないよ」

「え…そう?なんか照れるな…」

「声も全然女の子だし!」


 案外嫌じゃなかった。

 だってバレないんだもん。

 その気になっちゃうじゃん。


「お兄ちゃんの制服も私に頂戴、これで中学も大丈夫!」


 こうして僕達の入れ替わり、つまるところ僕の女装は日常化した。

 そして月日は経ち。

 九年という長いニート生活が始まる。

 引きこもり生活の中、二次元の世界にはまった僕と由佳は、ゲーム、アニメ、果ては同人活動、コスプレに夢中になった。

 そしてコスプレといえば。


「お兄ちゃんこれ見て!」


 興奮した様子の由佳が、写真を見せてくる。

 …ジェミナスアーク、あぁ、今季アニメ化した魔法少女の…。


「この双子の魔法少女のコスプレしてみない!?」


 コスプレに関しては由佳が特に熱を入れている。

 頼んでもいないのに僕の分のコスまで作り、有無を言わさず着せてくる。

 でもって大体全部女の子の服。

 流石に公衆の面前で、自ら女装姿を御披露目したくはないので、写真を撮ってネットに投稿する程度にしてもらっているが、由佳は公の場でコスプレをするちょっとした有名なレイヤーらしく、由佳が管理してる投稿サイトで、「兄とのコスプレツーショット」なんてタイトルで投稿してから観覧数がうなぎ登りだそうだ。

 それに味を占めたのだろう。

 まあ…悪い気はしないのである。


「じゃあこっちのツインテールは…僕?」

「うん、ツインテールにすると生え際が見えちゃうからね、若干癖っ毛な私よりもお兄ちゃんの方が綺麗なツインテールにできるよ!」


 さいですか。


「はい、じゃあこれ着て」

「うぃ」

「ツインテ私がしてあげる」

「うぃ」


 背後に回り込む由佳。


「お兄ちゃんマジ髪ストレート。あ、それは上から着けて、そうそう」

「これは?」

「あ、それはね…」


――きゃあぁぁぁぁっ――


 突然の悲鳴に僕と由佳はピタリと動きを止めた。

 一階からだ。


「え?母さん?叫んでる…」


 この悲鳴はやばいだろ。

 まさか強盗…。


「………あ、風呂場に私のウィッグ干してた…」


 は?ウィッグ?


ドッドッドッドッド。


 階段をかけ上がる足音。

 僕達の共同部屋の鍵をぶち破り、びちょびちょのウィッグ片手に、顔面びちゃびちゃな母が乗り込んできた。

 

「由佳っ!!風呂場にウィッグ干すなって…………え?」


 …これが事の顛末だ。

 僕のスカート姿を死んだような目で見る母の顔はなんというか、哀れだった。


「いやぁ息子が女装してたらそりゃ嫌だわ、しかも24のニートだよ?僕」

「ウィッグちゃんと片付けてたらバレなかったよ…ごめんね」

「しょうがないしょうがない」


 そんなに申し訳なさそうにしないでくれ。

 僕は全然怒っちゃいない。


「さて、部屋の片付けしよ。なぁに、グッズの売上があればしばらくは大丈夫だよ、ほれ、円盤まとめれっ」

「お兄ちゃん…任された」


 ははっ、やっと笑った。

 おどけた口調で妹を慰めつつ。


「アパートかぁ、二人で住むなら2LDKくらい?明日不動産をネットで検索しないとだわ。うわ、窓めっちゃカビてる」


 内心焦燥感を感じていたが、これ以上由佳を落ち込ませるのは酷だ。

 神様がニートから脱する為の試練を与えてくれたんだな。

 うん、そう思おう。


「お兄ちゃんこれ何?」


 そんな風に自分を慰めつつ、窓枠に蔓延るカビを見つめていると由佳が不思議そうに手に持った棒を見つめている。

 あぁ懐かしいなそれ、どこにあったんだ。


「コンパス」

「いや分かるけど、でかすぎでしょ。学校の黒板とかに貼り付いてる奴じゃん」

「うん、教師用コンパス。買った」

「な、なんで?」

「ふふん、これをみよ」


 僕は得意気にカーペットを勢いよくめくる。

 カーペットの下には。


「おぉぉぉ!!魔方陣、………なんで?」

「ゲームの影響で」


 現れたのは、黒い線で描かれた、六芒星をベースにした巨大な魔方陣。

 なんでこんなものを描こうと思ったのか。

 熱の冷めた今の僕に、当時の自分の気持ちは分からない。

 由佳は冷めた目で僕を見る。


「消そっか」

「…だな」


 バレたら母さんに殺される。

 由佳はウェットティッシュを数枚折り畳み、魔法陣を消しにかかる。

 頑張っ。


「え、…これ油性で描いてない!?」

「せっかく描くんだから消えちゃ嫌だなと」

「どうしよ…」

「大丈夫だ妹よ」

「何か秘策があるのか兄者よ」

「カーペットは引っ越し当日に持って行こう」

「とんずらかぃ…」


 和む。


「僕はこの窓のカビを駆逐する。とりあえず君はその机の下の同人誌を段ボールに詰めたまえ」

「うぃ」


 あぁティッシュじゃだめだな、…これも放置しようかな。


「兄ちゃん兄ちゃん」

「なんじゃい」

「魔方陣光ってる」


 は?



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