不甲斐なさに狂う
「いやいやいや由佳、気づかなかった?」
「うん…全く」
「………………」
「………………」
小屋の天井に貼り付けにされていたはずの老人の遺体。
あの大蛇を撃退したばかりだと言うのに次はなんだ?ゾンビか?
おまけに小屋の天井に穴を空けやがって。
「無音であんな大きな穴開けられるかね?」
人の形の大きさに穴が開いてる。
よくよくみれば…。
「傷んでるな…」
天井全体が真っ黒く変色している。
「断面とか湿ってるね、雨降ってたのかな」
「重さに耐えきれずに落っこちた…のか?」
「その衝撃で起きたのかな」
「んで起きて、屋根穴から出てったと?」
「なんで扉使わなかったんだろうね」
「人間としての理性があればそうするだろうな」
「……」
「私達に気づかなかったのかな?」
「分からん…」
「どうする?」
由佳は小屋内を煙たがるように見回す。
「小屋に戻ってきたり…」
「戻ってくるかな?」
「分からんけど」
「広場で野宿しちゃわない?私なんかもうこの小屋嫌かも」
「…そうしよっか」
幸いにも天候に乱れはないしな、それに野宿とか憧れてたんだよね。
小屋を諦め、広場の中心で荷物を改める。
由佳はテンション高らかに物色を始めた。
「うっわお兄ちゃんこれ、ベレッタ」
「うぉぉ!?F92M!?」
僕の好きな銃。
カッコいいなと思ってネットで画像を検索してたんだよな。
モデルガンより先に実銃を触る日が来るとは。
マインドレインの賜物だろうな。
異世界で拳銃、この世界にはない強みになりそうだ。
…本当にどうやって準備したの?
「弾は?」
「ほらこれ」
新品です、と言わんが如く箱づめされた弾。
9x12mmパラベラム弾。
…これ、ネットの画像で僕が見てた物と一緒だ。
赤い外装の箱に鷹のシンボル。
地球から持って来た?
それとも抜き出した知識情報から再現して作り出した?
…分からん。
「しかしホルスターが欲しいな」
ポケットには入らないし、ポーチに入れてたらすぐに取り出せないし。
「確かに」
「まあ銃なんか用意してくれただけでもありがたいか」
「ね。…そろそろ暗くなってきたから、火でも起こそっか」
「由佳、銃に弾込めておいて?僕小屋の藁と小屋の脇にある薪取ってくる」
「私いくよ?」
「いい」
「分かった」
まずは薪を取りにいく。
目に付かなかったが小屋の横側に雨避けの屋根と仕切りがあり、そこに積み上げられていた。
薪を一本ずつ取り出し、足元へ並べていく。
7本ほど脇に抱えて運び、由佳の近くに下ろす。
由佳は片目を閉じ、銃を構えて何かを狙うフリをしてる。
「どう?弾込めた?」
「うん」
「ちょい貸して」
「うん?」
由佳から銃を受けとると、安全装置をOFFにし小屋に向かう。
「え?どしたん、何かいた?」
「いや、なんか安心するから」
持ってるだけで気の持ちようが違う。
自分が強くなったような来さえしてくる。
小屋へ火種のになりそうな藁を取りに歩き出す。
「扉開けたら居たりして」
後方からおどけるような由佳の声。
「ばぁかそんな都合よく居るわけないだろ、アニメかよ」
笑いながら小屋へ藁を取りに向かう。
小屋を目前に、何となしに木の枠組みで出来た簡素な窓をから内部を見る。
……居た。
居やがった。
後ろ向きで這いつくばった老人。
あの天井に糸で拘束されてた老人。
服も、ハゲあがった白髪頭も一緒。
…ただ違うのは、お腹側から細長い棒のような脚?が4本、左右から伸びている所。
手足をダランッと足らし、頭部は前を見てる。
いや…這いつくばっているのではなく、お腹側から出ている脚のような物が体を持ち上げているみたい。
まるで…蜘蛛に背負われているような…。
え、どうしよ。
ここで、アニメや漫画の主人公だったらどうなる?
恐怖に震えて身動きが出来ずに?
気づかれて襲われる?
それとも逃げられる?
…僕は違うね。
アニメやゲームの登場人物の行動を見て、僕ならこうするな、なんてよく考えたものだ。
まるで自分がそのフィクションの中の登場人物のようで。
恐怖なんて感情とは無縁な高揚感で頭一杯だ。
せっかく銃を持ってるんだから。
撃つに決まってるじゃん。
不意討ちだ不意討ち。
あんなん化け物だ、人間じゃない。
放っておいたら僕、いや、由佳が危ない。
殺られる前に殺る。
行くぞ…。
銃を窓の隙間から見える蜘蛛の老人に銃口を向ける。
…せぇのっ!!
バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ!
「きゃっ!?ちょっ!?何何何!?」
由佳の声がしたが構わず撃つ。
バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッカチカチカチカチッ。
弾切れだ。
ダメだ死んでない。
頭に一発。
胴に10発は撃ち込んだだろうか。
老人の体は伏せるように倒れているが、蜘蛛脚は交互にウニャウニャ動いてる。
「お兄ちゃん!?何!?」
「お前のせいだ」
「何が!?」
駆けよって来た由佳の手には銃がある。
「見ろあれ」
「…えっ!?何あれ…」
「由佳あれ撃て」
「えっ…」
困ったような顔をして固まってる。
あぁっもうっ。
「貸せっ」
由佳から銃奪い取り、弾切れの方を渡し。
銃弾が当たり壊れた窓に近寄り、老人の体の下敷きになっている胴らしき部分、ギリギリ見える脚の生え際に銃弾を撃ち込む。
バンッ!
蜘蛛のような脚が激しくバタつく。
赤い血が床に滴る。
バンッバンッ!
足に命中したのか、一本が千切れて床に投げ出された。
投げ出された脚はピクピクッと痙攣している。
「痛っ…」
素人が片手撃ちなんてするからか。
右肩がズキンッと痛んだ。
ものすごい力で挟まれたんだ、もしかしたらその影響があるのかもしれない。
これ以上は…。
そうだ、斬っちゃおう。
勢いでいけるだろ、あんなひょろ長い脚。
「由佳、剣持ってこい」
「…」
無言で駆け出し、直ぐ様剣を持ってくる。
「持ってろ」
剣と銃を取り返え、小屋へ。
入るや否や。
「ふんっ」
剣を3本の足目掛けて振るう。
ガキンッ!
「固った…」
鉄で鉄を叩くような衝撃にいよいよ肩が悲鳴を上げる。
なんだこの固さ…銃ってすげぇ。
「うぅ…」
痛みに思わず顔をしかめていると。
「お兄ちゃん貸して」
由佳が後ろにいた。
………。
ジーッと僕を見つめて手を差し出し、剣を寄越せと促してくる。
「早く」
「…」
圧に負けて剣を渡すと、柄に何かを嵌め込み、剣を両手で握り込んだ。
「…ふっ!」
由佳の手から水が溢れ出し、刀身が水に覆われる。
マナ結晶か。
「まじか」
「ん」
刀身を包む水流が徐々に薄くなっていくと。
剣と由佳の腕が僅かに振動し出した。
…おぉ。
そのまま蠢く足に近づくと、剣を脚の根元に宛がう。
ブシャアァァ。
赤い飛沫が辺りに舞う。
一本、二本と脚を切断していく。
訓練の時には出来なかった筈なのに。
刀身を纏う水は徐々に赤みを帯びていく。
自分にかかる水飛沫を意に介さず、由佳は淡々と蠢く脚を切断していく。
右側の三本の脚を切断し終えると、反対側の脚も続け様に切断し始めた。
本数が増えれば増えるほど、由佳は赤い水飛沫で汚れていく。
けれども由佳は手を止めない。
全ての脚を由佳は斬り終えた。
床に散らばる脚は未だピクピク痙攣している。
由佳がこちらを振り向く。
全身を真っ赤に染め上げ。
僕を微笑むように見つめた。
その穏やかな表情に、僕は背筋を震わせた。
血にまみれながら穏やかに微笑む由佳は、ものすごく気味が悪かった。
「…やるじゃん」
「でしょ!」
いつものハツラツとした笑顔だ。
「これで懸念材料も片付いたことだし、寝よっか」
「お、おう」
藁を脇一杯に抱え由佳は小屋を出ていった。
この日を境に。
僕の知る由佳は、異世界の驚異に適応するように。
箍の外れた狂人へと変貌していく。