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畏怖と憎悪

痛っ。


 目が覚めたと同時に、後頭部に鈍い痛みと衝撃を感じた。


「ベルエズ様、おはようございます」


 無機質な声に囁かれ。

 瞼をうっすらと開く。

 赤い瞳が私を見つめている。

 

「……普通に起こせないのか」


 …というか誰だ、あっ……名前なんだっけ。

 …まあいいか。


「いつ以来だ?」

「1000年ぶりでございます」


 そうか。

 目が冴えてくるにつれて、こいつよりも手に持つ槌に目がいく。

 …まさか、それで叩いたのか?

 私の頭を更地にするつもりか。

 後頭部を擦りながら睨みつけてみる。


「ベルエズ様、あちらを御覧ください」


 反省の色を微塵も見せる様子はない。

 まあいいんだけど。 

 促されるまま()()に目をこらす。

 ん?

 小さな粒?密集して蠢いているように見える。


「うじゃうじゃ動いているな、気持ち悪い。あれは何だ」

「人間です。理由は不明ですが、異なる場所で繁栄する人間達が、互いを殺し合っているようです」


 人間ってなんだ。

 …あ。


「人間、てさ」

「はい?」

「姉上の作った…地球だったか?あそこから()()()()()あの雄と雌か?」

「はい」


 2匹だよな?私が持ってきたのは。


「今はどの位の数が私の星に?」

「100億を超え今尚、種の数は増え続けています」


 めちゃくちゃ増えてる。


「人間についてはひとまず置いておきましょう。見てほしいのは」


 指を指されたのは人間達より少し離れた場所。

 何だあれは。

 密集した人間達とは、比べ物にもならない大きさの何かが、地表を盛り上げ、潜航しながら人間達に迫っている。

 …あれは?あの大きさ…まさか!?


 ズゴゴゴゴォォォ

 ガゴォォンッ


 大地を穿(うが)ち現れたのは、蠢く人間の塊を突き上げるかのように丸呑みする、巨大な漆黒の芋虫。


終虫(エンドワーム)…」

「はい」

「あの一匹だけではなかったのか…」


 大地に風穴を開け姿を消す、忌まわしき化け物に遠い昔を思いだす。

 姉上の作った星に感化され、この星を創って数億の月日が流れ。

 星に生命が芽吹き、数多の生物が生まれ育つのを眺めるのが唯一の私の楽しみとなっていた。

 姉上が創造した星のようになるには、気が遠くなるような時間が必要だった。

 それでも時間が流れるにつれて変化する大地の景観はそれは美しく、遠くから眺めることしかできなくても、私の想像もつかない変化を日々続ける星は、飽きずに見ていられた。 

 そして星に誕生する命達。

 我が子のようにすら感じていた…。

 そんな私を嘲笑うかの如く、突如平野に現れたあの巨大な芋虫。

 平野に暮らす生物達を根こそぎ滅ぼした最悪の化け物。

 今思えば、あんな異常な進化を遂げた生物が現れたのは、我慢出来ずに一度あの地に降りたった時の弊害であろう。

 星への干渉ができず、生命が淘汰されるのを指を咥えて眺めた日々を思いだす。

 最早人間などどうでもよく、終虫にどう対抗すれば良いかを考えていた。


「あれは人間が呼び出したようです」

 

 ……………そんなバカな。

 さも当然のように話す機械染みた無表情が、今は腹立たしい。

 

「呼び出した?人間が?仮に呼び出したとして、一体何をしようと言うのだ?」

「使役ではないでしょうか」

「使役だと?あんなちっぽけな人間ごときが?冗談は大概にしろドゥミアーナ」


 そう、ドゥミアーナ。

 変に凝って名前をつけたが忘れていた。

 私の肉で作った人形。


「おそらくは敵を排除する手段として終虫を利用しようとしたのでしょう。今御覧になられたように敵どころか味方も含めて丸呑み、使役など不可能に近いでしょう、ですが」

「問題は呼び出せてしまうことか」

「その通りです」


 …なんてことをしてくれたのだ人間共。

 この私がどれだけの手間暇をかけたと。

 …?そういえば。

 

「大地へ潜ってから姿を見せないな」

「あの終虫を呼び出した人間もろとも消えたようです」


 呼び出した人間?もろとも消えた?じゃああれはもういないのか?

 それよりも。

 顎でしゃくり説明を促す。


「詳しくは分かりません。ただ、人間が呼び出したと言うことは間違いないはずです。呼び出した人間が消えたことにより、存在の維持が出来なくなったのかと思われます」

「人間にはそんな力があるのか?」

「いえ、人間自身に特別な力は何一つとしてありません」

 

 そんな生物がこの星であれほどに数を増やせるのか?


「…では何故あんな真似が出来る?」

「多くの命を贄として呼び出したのでしょう」

「生け贄?それは…この星に住む生物達の命を?」


 あのはた迷惑な存在を呼び出す為に私の楽しみを…。


「ご安心下さい、今見ていただいた付近には人間以外に生物はおりません」

「?」

「ベルエズ様が愛でられていた生物たちを贄に呼び出されたわけではないと言うことです」

「ほう、なら問題なくはないな、……ん?では一体どうやって呼び出したと言うのだ?」

「生け贄とは人間自身も含まれるということです」

「っ!?」


 …なんと恐ろしい種族だ。

 同族が同族を殺す為に同族を生け贄に捧げる?

 最早正気の沙汰とは言えない。

 何がしたいのか…意味が分からない。

 そんな種族が…100億?


「私が眠ってさえいなければ…」


 星の修復にあれほどまでの力を使わされ。

 やっと目覚めた直後にその元凶が姿を現すだと?

 発狂してしまいたくなる。


「それは仕方のないことです。終虫が裂いた大地からマナ(生命力)が霧散するのをあのまま放置していれば、星の地脈に循環するマナは枯れ果て、星は消えてなくなっていたことでしょう。素晴らしいご判断でした」


 珍しいな、お前が私を褒めるとは。


「しかし」


 だよね。


「地上へと溢れ出したマナはそのまま放置なされました」

「…」

「地上全てを満たすほどに溢れた膨大なマナを放置した結果、精霊という概念が誕生したのです」

「精霊?なんだそれは」

「豊富なマナを浴び、取り込んだ物質に意志が宿るようになったのです」

「ほう!?それは興味深い…しかしなぜそんなことを知ってるんだ?」

「人間の書物に記された情報を私なりの解釈で、ベルエズ様へお伝えさせて頂いております」


 書物?なぜそんな回りくどい事を。


「人間の頭の中から知識を抜きとってしまえばよいではないか」

「人間は私を見ると驚き、直ぐに逃げてしまうのです」

「何故?」

「分かりません」

「…捕らえてしまえばいいじゃないか」

「ベルエズ様がお愛でになられる生物に手荒な真似は出来ませんので」


 いらん配慮だな。


「それに…」


 …あぁ。


「ベルエズ様の大切になされる星に変化を与えしまうのはよろしくはないかと考えました」


 私達は星へ降りてはいけない。


「そうだな。…だがその書物、結局は降りたのだろう?地上ではどの程度の時間を過ごしたのだ?」

「ご安心下さい、影響を与え過ぎないように注意しておりましたので」


 本当かぁ?

 お前はそんなに器用な真似が出来る奴だったか?

 こいつはいらん所に気を使って、使って欲しい所への気配りを怠る奴だからな…。

 まあ私が言えたことではないか。


「時を経て変化する星の有り様をいずれお目覚めになるベルエズ様へお伝えするためには、やはり多少の影響には目を瞑るべきだと考えまして」

「多少ならいい、本当に多少ならな」

「ご安心下さい」

「…で?」

「おっしゃったように一度人間と接触を持ち、人間から情報を提供願えないかと考えたことはありました。星に住む者の方が私達よりよほど詳しく星に関する情報を保有しているでしょうから」

「ふむ」

「しかし私を見た人間の取る行動は二つ、逃げるか敵対するかです。何度か人間との接触を試みましたが、今現在人間のほとんどが私を敵と認識してるようなのです」


 なんでだ。


「お前本当に人間に対して何もしてないのか?」

「はい」


 う~ん、なんとも…。

 自覚していない何かがあるかも知れんが…聞いても無駄だろう。


「意思の疎通もままならず人間との接触は諦め、物として残された情報を星から持ち出し、地上の観察をしながら照らし合わせを繰り返し、ベルエズ様がお目覚めになる日まで知識を深めていたのです」

「意思の疎通か。こればかりは人間の知識、記憶を抜きとらん限り…」

「いえ、既に人間が使う言葉を理解する事に成功しております」

「っ!素晴らしい…!?であれば人間と意思の疎通もできたのか?」

「いえ、その時には既に人間との接触は困難を極めておりまして…」

「あぁ…そうか…まぁいい。それで?精霊とやらがどうしたと?」

「精霊を介して人間は、マナという概念を知り、あまつさえ精霊を利用してマナを制御しだしたのです。そして人間は生命術という力を得たのです」

「生命術…?」

「マナを消費し、奇跡を行使する力です」

「マナを…」

「この生命術こそがあの終虫の正体なのではないかと」


 …なる…ほど…。


「生物の命を贄としただけでなく、マナを消費した生命術による召喚…と言うこと…」

「はい、それも数えきれないほどの命に膨大なマナを糧としなければ、あれを顕現させるなど不可能ではないかと」

「溢れたマナを放置した私に責があるんだな…」


 納得だ。

 特別な力も持たない生物がこの星で生きていけるはずもない。

 弱いからこそ生き抜く為にあの手この手を考えるのだろう。

 しかしこの生命術とやらは……。

 っ、…膨大な、マナ。

 それはつまり。


「生命術を人間が行使する度に、世界中のマナは?」

「お考えになられた通りです。日々マナは消費され続けています。今や人間はこの星を統べる頂点であり、その根幹を支えた生命術は、人間にとってなくてはならない物となっているようです」


 このままでは…。


「そうか。ドゥミアーナ、今までご苦労」

「…滅相もございません」


 確かに寝ている場合ではないな。

 私の星は未だ危機と共にある。

 

「ドゥミアーナ、悪いがまだまだ働いて貰うぞ」

「お任せ下さい」

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