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王の器  作者: 餓鬼畜生
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#8 由来

「待たせてすまない。もう説明も済んだ。『ゼラニウム』として接してくれて構わない」


 紅茶を片手にぼんやりと窓の外を見ていたゼラニウムのもとへ、ヴィムがやってきた。

 ほっとしたような表情を浮かべると、彼はヴィムの後ろにつく。……のだが。


「ええと、ヴィム。扉は自分で閉められるよ?」


 中に入ってからゼラニウムを先にいかせようと扉を押さえたまま待っていたヴィムは、『またやってしまった』と言わんばかりに片手で顔を覆った。


「あっ、くそ、うぐ……いや、すまない。気を付ける……」


 落ち込んでいる様子の彼にゼラニウムは慌てたように、まあまあ、と言葉を繋げる。


「ヴィムは友人のために扉を開けておいてくれる人だと言うことだよね」

「面目ない……無理に言い訳を考えさせてしまって……」

「いいんだ。ヴィムなら本当にそうしそうだから、嘘でも言い訳でもないだろう? さあほら! 先にいってよ。ヴィムの後ろで扉を閉めるの、ちょっと楽しみなんだ」


 ヴィムは困ったような笑みを浮かべると背中に加えられた力のまま前へと踏み出した。その後ろで扉を閉めるゼラニウムはにこにこと楽しそうに笑っている。



   ◇ ◆ ◇


「なんだ、思ったより遅かったね。ゼラニウムにヴィルヘルム」


 2人分の足音に反応して音源に顔を向け微笑をたたえたフリッツは、次の瞬間吹き出した。


「お前、まだ笑うか!」

「笑うに決まってるだろ、ふ、っはは!」


 耳を真っ赤に染め上げたヴィムががくがくとフリッツの胸ぐらをつかんで揺らし、揺らされている本人はケタケタと笑っている。ゼラニウムはそんな二人を見てキョトンとするしかない。

 ひとしきり笑ったあと、フリッツはヴィムを剥がして満面の笑みでゼラニウムへ向き直る。


「くそ、この老害が腕力健在か馬鹿力!!」

「荷物運んでるんだから当たり前だろ? 下手したら騎士時代より腕力使ってるね」

「なっ、お前危険だから魔術で対応するか運ばせろとあれほど__」

「さあ! ヴィルヘルムの小言は置いておくとして、まず謝ろう! 君の名前で笑って申し訳なかったゼラニウム」


 呆けたままのゼラニウムは、自分を示す名が出てようやく反応する。

 フリッツは自分の名が原因で笑っていたらしいことを聞くと、また新たな疑問が出てきた。『ゼラニウム』という名に抱腹するような箇所があるようには思えないことから、謝罪を受けても実感がわかないのだ。


「気にしないでくれ。でも、何か面白い所があったかな」

「き、聞かなくていい! そんなこと!」

「君の名の由来に興味はないかな?」

「このっ……!!」

「名の由来……そう言えば聞いたことがなかったな」


 ゼラニウムの反応を聞いてフリッツは楽しそうに口角を上げる。というのも、先程より会話を妨げようとするヴィムがその一言で押し黙ることを知っていたからだ。案の定ヴィムは不服そうにしながらも口を挟む気配が無くなった。


「よしよし。ではまず、君はゲラーニエという花を知っているかい?」

「ああ。そういえば、ヴィムの家の庭に植えられていたような気がするな」

「そうだ。ゲラーニエは他国の言語ではゼラニウムと言うんだ」

「ゼラニウム!」

「君の名だろ? ここからは少し昔話をしようかな」


   ◆ ◇ ◆


 時はおよそ10年遡る。

 そのときフリーデン王国は大国との戦争で疲弊していた。

 兵士や騎士、民。そして王族までも。

 何が起きようと家族との食事は欠かさなかったルーカス王は、この時期ばかりは兵士長、騎士団長とともに会議室に詰め、食事もまともにとっていなかった。王がそのような調子で外国からもいつ攻撃が来るかわからないといった状況の国内は疑心暗鬼にまみれ、ついに城内にスパイがいるのではないかという根も葉もないうわさまで立ちだした。心中の重苦しい空気を外に吐き出すためか、城内の使用人たちは自らの不満を吐き出し、仕事仲間を陥れるような言葉で気を紛らわせる。

 そのような空気を一身に受け、幼いながらに人に気を遣うことを覚えていた少年が一人、耐えきれずに城と敷地はつながっているもののその外であるシャルンホルスト家の庭園に身を潜めた。


「うう……えぐ、うう……」


 誰にも悟られまいと声を殺すのは、当時齢7程度のエーミールだ。

 城外へ出るのは危険であるというルーカスの意向から剣の稽古に訪れていたシャルンホルスト家の稽古場に行くことができず、心の内を話していたヴィルヘルムとも会えなくなった。小さな不満を稽古で拭い去ったり、話を聞いてもらったりすることで心に溜め込むことはなかったのだが、稽古がなくなってからそれは溜まっていく一方で吐き出すことができずにいたのだ。

 自分が城内にいないことが知れると父王の気にも悪いとわかってはいるが、城内で泣いているほうがよっぽど都合が悪いと思ったエーミールは、無意識のうちに心のよりどころとなっているこの場所へ赴いた。

 いつも使っている稽古場からは剣の音が聞こえてくる。誰かが稽古をしているのだろう。

 休憩に入ったのか、その音が止まる。

 エーミールは体を硬直させ、必死に声を抑えた。しかし隠さなければと思うほど涙はあふれ、それを拭うために動かした腕が草木に当たる。


「……誰だ!」


 風の出ていない曇り空が悪かったのだろう。

 その葉音に気づいた低い声の主のものであろう足音が、カツカツと反響する稽古場の硬い石の音から草を踏み分ける音に代わった。

 びくりと肩が揺れた拍子に、必死に我慢していた声が漏れる。


「ううっ」

「っ__王子……!?」


 草を分ける音が一気に大きくなり、一瞬で近くに何か質量のあるものが落ちる音がした。


「エーミール王子……!! なぜこのような場所に……!?」


 うめき声一つで広い庭園から声の持ち主と居場所を引き当てる。齢13、4といった番犬のような嗅覚の持ち主は驚いたようにエーミールを見つめている。


「うぐ、ヴィムぅ……!!」


 先ほどまで怯えていたエーミールだが、その剣撃と足、声の音のすべてがヴィムの鳴らしたものだと理解すると、わっと泣き出した。

 まだ状況を理解しきれないヴィムは縋りつくエーミールの背中を撫で、大丈夫だと言い聞かせる。


「王子、ひとまずガゼボで休まれてはいかがでしょう」


 優しい笑みを浮かべると、エーミールの手をつないで庭園内の休憩所、ガゼボへと足を進めた。


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