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王の器  作者: 餓鬼畜生
8/9

#7 ヴィルヘルムという男。


 また仮面の店のように隠されたような店かと思われたが、路地裏へ入ったのはただ人目を避けていただけのようで、服装となると隠れた場所と言うわけにも行かないようだ。

 いくら友として見るといっても、ヴィムの性根に染み付いた敬愛は街中の店の服を好まない様子であった。

 再び裏路地から陽の照らす美しい景観に身を投じる。

 そこは先程とは一変し、気高い空気と淑やかな人々が華を添えていた。先程までいた場所を商店街と言うと、こちらは高級街とも言えるだろう。

 互いの干渉を拒む組み分けではなく、自らにどの様な景観が合っているかを判断した上で居心地の良い場所にとどまると言うだけだ。

 安価に拘るか、品質で妥協をしないか。その程度の違いである。

 町行く人間も、ヴィムを見ると恭しく頭を下げる程度の教養を備えたものが多い。


「行く所はヴィムも良く行くのかい?」

「ああ。行き付けの店だ」


 ゼラニウムに問われそう答えると、はたと何か考え込んでしまう。


「ヴィム?」

「ん、ああ……驚かないように行っておくが、店主は目を悪くしていてな」


 自分を心配する声にハッとすると、苦笑をこぼしつつそう告げた。それにゼラニウムは悲しげな表情を見せる。


「……そうか。治癒魔法は……?」

「本人が望んでいない」

「……そう、か……」


 なにげなく伝えられた言葉を重く受け止める自分より小さな体躯にヴィムは顔をしかめ、それを悟られまいとしたのか、わずかに歩幅を広げた。


 ふと、ヴィルヘルムは考える。

 もし自らが王子の滞在期間中大きな傷を負ったら、彼はどの様に思うのだろうか、と。

 しかしその考えは直ぐに振り払う。一介の兵士である自分が怪我をするのは当たり前だ。一々その程度の事には構わないだろう。という考えだ。


 その想いとは反対に、王子が騎士団に入ると言い出した最大要因は剣術の師の頬に傷を付けた事なのだが、ヴィルヘルムはそれをまだ知らない。


「さあ、着いたぞ」


 ゼラニウムが促されたのは、立ち寄り難ささえ感じさせる豪華な装飾に、それでも尚落ち着いた風合いを醸し出す外観の店だった。前面のディスプレイには一般人には手も足も出ない桁のアクセサリーが雨のように立ち並び、ディスプレイの端から端を繋ぐ太いリボンの先にはその中で異質なはずの鎧が不自然な程溶け込んでいた。流れるままに目を移して行けば、一つの肖像画が目に入る。精悍で尚美しく気高い雰囲気の男性が飾られた鎧を着て、すっと背筋を伸ばしている。正面へ向けられた伏せ目がちな瞳に立ち止まる女性は後を絶たないだろう。

 しかし、ゼラニウムはその男にどうにも見覚えがある。


「そう、じっくりと見ないでくれないか……」


 恥ずかしげな声にはっとして声の方を向くと、ばつの悪そうな表情で頬を染め、呆れたように手を額に置くヴィムがいた。

 そう、肖像画の下に置かれた「愛すべき祖国の英雄ヴィルヘルム・フォン・シャルンホルスト」と記されたプレートの通り、それはヴィムの姿を修めたものだ。

 肖像画が飾られている程度で照れる男ではなかったはずなのだが、と、ゼラニウムは無言のまま見つめる。


「とっ、ともかく入るぞ。ここは騎士団の鎧も作ってもらっていてな。必要な物は殆どここで揃う」

「ん、ああ、そう言えば目的地だったね」


 強引に話題を反らすと、ヴィムは扉を開けた。

 カランカラン、と小さな、しかし一般の店としては大きめの鐘が店主に来客を知らせるために鳴る。

 中はまた豪華な装飾が施された様々な形状の棚に紙やペンから室内灯に料理のレシピ本、果ては鎧や剣まで並べられていた。照明は全体的に暗く、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「ヴィルヘルムだ。慌てなくていい」


 叱咤するようにも聞こえる声に、当初よりスピードの落とされた足音が近づいてくる。それでも心配なのか、武器を置いてゼラニウムにここで待つよう言ってから店の奥__といってもカウンターの中なのだが__にある階段の前で身を乗り出してその先の人物を待っている。

 余程心配なのだろう、と、店主とヴィムの間柄を微笑ましそうにゼラニウムは見つめる。


「っこの馬鹿野郎!!」


 しかしその想像とは裏腹に、全くもって場に不釣り合いな怒号が店を突き抜ける。同時に鈍い金属音と何かが滑り落ちるような嫌な音がした。

 あまりに唐突なことで、ゼラニウムはその声が誰のものか解らない。


「ヴィ、ヴィム? 今物凄い音が__」

「~~っこのアホが!! お前は何時(いつ)になったら学習するんだ!! ああ!?」


 つい先刻肖像画を見られて頬を染めていたとは思えない、いや、それ以前に普段の立ち居振舞いからは信じられないドスの利いた声が同一人物から発せられる。

 今の一瞬で別の人格と入れ変わったのかとでも思ってしまうような程、それは衝撃的だった。


「わたた……ん? ん~……」


 しかしその声を聞こえていないとでも言わんばかりに、ヴィムの上におちたのであろう人物は自分の下にある鎧やら筋肉やら顔やらをぺたぺたと触り出す。ふたまわり程大きな外套を着ているせいで体格は解からず、ブロンドの長髪で顔も隠れていることもあって性別もよく解らない。


「おあ! この眉間の異常な固さはヴィルヘルムだな!? いやぁ~久しいね~」

「散々人をいじくり回した挙げ句眉間で判断する阿呆がいるか! 最初に名乗っただろうが!!」


 体の大きさと雰囲気を総合すれば羊と狼のような二人だが、何処と無く許しあっているような雰囲気を掴みとることができる。

 ……それはこの状況を幾度となく経験していれば、の話なので、勿論ゼラニウムにはその様なことはできない。まず第一にヴィムの一言目すら咀嚼しきれていないのだから仕方のないことだろう。


「なあなあヴィム。ところでなんかもう一人いないかい? 視界の端がビカビカするんだけど」

「何を言っ……て……」


 ヴィムの言葉など聞こえないような態度に眉間のシワを深く刻んだ彼はその形容の先へ視線を向ける。すると瞬く間に赤くさえ合った顔が真っ青に染まっていく。


「ヴィ、ヴィム、落ち着いて、だめだ」


 そしてその顔を向けられたゼラニウムは、この後に起きうる事案を察し、諭すように両手を前に出す。が。


「うわぁいたい」

「大変申し訳ございません!! 王子の御前であのような下卑た言動をするなどこのヴィルヘルム・フォンシャルンホルスト一生の__」

「ヴィムヴィムヴィムヴィム!! 違うったら!! っあ、幻術!! 妙な香にあてられたから私が王子に見えるんだろう!? あれまやかしを見せる香だったんだな!! 大丈夫私はただのゼラニウムだ!!」


 神に作られる際敬意をあふれかえらせた男と神に作られる際嘘をつく能力を奪われた男。

 そう言われても納得する光景が広がる。

 一方ヴィムが頭を下げる際上から振り落とされた者は、自分の頭を撫でてから脱げかけた外套を剥ぎ近場の椅子に掛けた。その中から現れたのは黒字に金の装飾が施された貫頭衣で、派手な装飾品が開いた胸元と3割程度露出した腕を飾り立てている。その骨格を見るに、男性のようだ。


「うーん。まあなるほど。ヴィルヘルムがアホやって仮面の彼が王子であると明かしてしまったがバレるわけにはいかないので咄嗟に魔術による厳格作用を伴った香の匂いによりヴィルヘルムがおかしくなっただけとして誤魔化そうと言うわけだね? OK。なに、私はそこまで気の利かない者でもないさ。それを信じようじゃないか。と言うわけで見知らぬ仮面の貴方。お名前を伺っても?」


 今の状況を丁寧に説明され、ゼラニウムはぽかんと口を開ける。

 その言葉を聞いたヴィムは平静を取り戻し、深いため息をついた。


「おまえはどうしてそう……そうなるんだ……前半さえ言わなければもう少し隠しようがあったと言うのに……」

「ふは、ヴィルヘルムお前自分があの状態で隠したことにできる人間じゃあないだろう? それより善意の塊のようなエーミール王子殿下に嘘を言わせるとは酷い奴だな」

「うっ……そ、れは……」


 男はヴィムの反応に大きなため息を吐くと、ゼラニウムの方へ向き直る。

 しかしその向きが何処と無くおかしい。正面ではなく、少しずれている。


「えーと、ここかな? まあ違ったら違っただ。お初にお目にかかります王子殿下。私はフリッツ・ハルダー。しがない雑貨屋というところでしょうかね。金属に魔力を込めるしか脳のない人間が貴方の前に立つのはいささか恐縮です」


 仰々しい礼をしたあと、その為に前に出した手をパッと上に上げ、吊られるように体を起こした。


「とまあ、こんな感じで行くのとヴィルヘルムの友人として扱うのはどちらがお好みで?」

「__っあ、友として、頼みます」


 まだきょとんとていしたゼラニウムはハッとしてその言葉に返す。予想通りとでも言うようにフリッツはにこりと微笑むと、握手をするために手を差し出した。


「ならばヴィムの友人でありお客として。是非ともご贔屓に」

「あ、ああ」


 妙に距離の近い顔と体にどう手を取ろうか思案していると、不意に助け船が入った。


「もう少しこっちだ」

「む。すまないね」


 少し前の彼への対応とは一変し、物腰柔らかく声を掛けてからヴィムは腰と腕を引く。

 その表情にはどこか寂しげな雰囲気が漏れ出ていた。


「あ……」


 戦場に赴く職業でも無いだろうに傷にまみれた硬い手がゼラニウムの柔い手を包む。

 よろしく、と言いながら向けられた瞳には、闇が無かった。


『__驚かないように言っておくが、店主は目を悪くしていてな』


 ヴィムの言葉が甦り、胸の柔らかい部分に突き刺さったような感覚を覚える。砕いた言い方は、ゼラニウムを思ってのことだったのだろう。暗い店内ということもあり近づくまで気が付かなかったが、その目の周りには古い傷が残されていた。彼はどれだけの年月闇の中で暮らしていたのか。気配をいつしか光のように捕らえ、周りへ伝えるように。狭い世界にある物の場所を寸分狂わず覚えるまでに長い期間を過ごしたのだろう。


「……ああ、本当に優しい子だ。そう気にしないでくれ。一時的になら魔力で視力を回復させることも出来るんだよ? 物を作るときにしか使っていないがこれはこれで表情以外から人の本質が知れて良いんだ」


 悔しさにも似た感情で相手の手を強く握り込んだゼラニウムは、ハッとして手を放した。


「あ、その、本人が納得していることに余計な感情を入れて申し訳ない……」

「はは、いいんだよそんなことは。ああでもそうだな、やっぱりまだ許さないでおこう」


 逸れでも仕方ないとばかりに俯く彼を見て、フリッツはまた笑いながら指を鳴らした。その音に驚きゼラニウムは顔を上げる。


「今日の買い物が終わってまた今度、物を作っているときにうちにおいで。君の顔を覚えておきたいから、それをお詫びとしてもらおう」


 おどけた調子のフリッツを見て彼の周りを取り囲う優しげな雰囲気も相まってかゼラニウムの肩からは力が抜けた。

 その様子を見て、少し離れた所で黙っていたヴィムが装備をつけ直しながら二人へ語りかける。


「フリッツには現在に至るまでの情報整理をさせてもらう。王子の事は国家機密だ。……王子。話が長くなりますので今のうちに休息を取って頂けますか」


 フリッツの混乱を避けるため「王子」として扱ったことを理解すると、ゼラニウムは頷いた。

 安心したような顔を見せたヴィムはフリッツへ向き直り、別室を借りたいと持ちかける。彼から快諾を得たところでヴィムはゼラニウムを別室まで案内した。


   ◇ ◆ ◇


「王子の前だから何も言わなかったけど、だいぶまずいでしょう」


 カウンターの内側の椅子に座ったフリッツは、自分の後れ毛を指に巻き付けたりほどいたりしながら真剣な表情で告げる。


「ああ……言い返す言葉もねぇ……」


 見るからにぐったりとしたヴィムはため息を()きながらその隣に腰掛ける。


「というか、お前そんなに口が悪いのに隠そうとするのがいけないんじゃないかな。みんな僕だと思って話せばいいのに」

「そういう訳にも行かねぇよ。お前ほどのろくでなしはそうそういねぇぞ」

「あ、王子に言ってやろ」

「ぐっ……」


 『王子』という言葉一つでばつの悪そうな顔を浮かべ、押し黙ってしまう。その声を聴き、フリッツはわざとらしいほど大きなため息を吐く。


「お前王子がつかまりでもしたら最悪じゃないか。騎士団長が機能しなくなると騎士団も危ないぞ」

「悪意あるものに王子は指一本触れさせん」


 その言葉は迷いなどなく、自らの主を守り抜くという決意に満ちている。

 地に刻まれたが如く、砕け切っていた口調も無意識のうちに戻してしまう。

 その声にフリッツはというと……


「うっわ。気持ちわる」


 満面の笑みでそう告げた。


「お前な……そういうところがろくでなしだっつってんだよ」

「いやぁ。お前今いくつだっけ、27ぐらいだろ? それでそこまでの決意が気持ち悪いって言ってるんだ。僕がそれぐらいのころはもう少し自分のことを考えてたね」


 にこにこと笑いながら罵倒も受け流すが、その言葉はヴィムには引っかかったようだ。


「嘘を言うな。お前丁度その歳に視力を失っただろう」


 その言葉の通り、フリッツは27の歳に視力を失っている。

 彼は当時騎士団にいた。

 原因は当時20を過ぎたころのヴィムが任務の最中他の仲間を介抱している際に魔物から奇襲を受け、それを庇ったことによる。当たり所が悪く魔物のかぎ爪はフリッツの目を抉った。眼球こそ治癒魔法で治したものの、人の視力を戻すのにはそれなりの金と魔力がかかる。それを嫌がったのかは不明だが、フリッツは騎士団を去り、退職金を使用して騎士団で必要とするものをすべて取りそろえた雑貨屋のようなものを経営しだしたのだ。飄々とした態度から真意をつかめる者はおらず、『騎士団のためか』という問いには『宗教じゃないんだ。そんな気持ちの悪いことしないよ』と返した。

 ただ、あっけらかんとその日を振り返る彼に比べ、ヴィムは重く受け止める。


「あれ、そうだっけ。いや、いいんだよ。ヴィルヘルムが今五体満足なら。……あ、おまえもしかしても腕とか一本ふっとんでたりしないだろうな。殴るぞ」

「ハイハイおかげさまで五体満足だよ阿呆が」


 フリッツはそんな重みを『くだらない』と蹴り飛ばすのだが。



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