#4 赤毛の乙女
施設内全体に、朝食の時間を示す鐘が鳴り響いた。
王国騎士団員が全員入れるように作られた広い食堂に、喧騒を響かせながら寝起きの団員がやって来る。
男女の割合は半々程度。眠そうに目を擦る者、それに喝をいれる者。体の大きい者、小さい者。様々な個性を持った者達が、次々と食事を取っていった。
「今日の食事当番は団長がいるのか!」
「ツェンタもだ。今日はツイてるなぁ」
いつもと違う点と言えば、騎士団の中で最も料理が上手いとされるヴィムと、次に上手いというツェンタが同時に食事当番に入っていることだろう。皆嬉しそうに顔を綻ばせながら、配給を待っている。
そんな食堂の二階、テラス部分。一足先にやって来ていたエーミールが、声に中へ目を向けた。
「騎士団の食事は賑やかだなぁ。聞いていて心地いい」
目を閉じて紅茶に口を付けた彼に、向かいの席に座っていたエーリッヒは笑う。
「はは、中にいたら煩く感じるさ。こんな風に話してたって声が届かないんだから」
テラスは団長や隊長達が食事の間にも話を会わせるためにも、喧騒から遠ざけられている。エーリッヒはその気性から団員達と食事を共にすることも有るからか、困ったように笑いながら話した。
それにエーミールが笑みを浮かべていると、不意にテラスのドアが開く。
「王子、食事はお口に合いましたでしょうか」
一通りの食事当番を終えたヴィムがやってきたのだ。自分の分と、他にもう一人の分の朝食を持っている。
エーリッヒは其が誰のものか知っているようで、それをヴィムから受けとると今座っている四人掛けのテーブルの一角に置いた。
「ああ、とっても美味しいよ。ヴィムは昔から料理が上手いな」
「お褒め頂き光栄です」
心底嬉しそうに笑顔を浮かべると、エーミールの隣に座るのを僅かに躊躇ったあと、しかし彼に椅子を引かれ大人しく席につく。
「そう言えば、そのもう一人の分は誰のものだい?」
まだ他の者が来ていないのに関わらずおいてある食事に、誰にとでもなく問いかけた。
「ああ、これは最近教会で会った奴の分だよ。なんかヴィムになついててうるさいから食事の時間だけならいいって事で一緒に食べてるんだ」
どこか言葉を選ぶエーリッヒの様子には気づかず、納得したように微笑んだのみでその話は終わる。ヴィムもその話に触れたとたん一瞬眉を潜めたが、すぐに涼しげな顔に戻った。
「ああ、そうだ。王子の名前先に教えとかないとな。あと設定」
「設定……ああ、そうか。そのままではただの新人の待遇ではないからな」
一瞬不思議そうな顔をしたが、流石は団長というべきか物わかりがよくスムーズに転換した会話は進む。
「ああ。ゼラニウム・ベッカーにしたよ」
「な"っ!! んっ」
その言葉を聞いたヴィムは激しく咳き込み、咳が収まった頃に上げた顔は耳まで赤く染まっていた。
「おっ、王子その名は……!!」
「男の赤面のどこに需要があるんだ気持ち悪い」
「うるさい!!」
冷静に言葉を返すエーリッヒ、動揺しきったヴィムと笑っているエーミール。そんな中に突然不機嫌そうな声が響く。
「何が煩いって?」
それはテラスの入り口から聞こえてきた。
「もう! 私に文句があるならエリーなんかに話さないで私に話してよ!」
「うえぇ、冗談止してくれよ……俺に嫉妬って……俺はヴィムに抱かれる気も抱く気もないぞ……」
「なっ……!! そんなこと言ってないじゃない!! 妄想癖! 変態!」
「男なんてみんなそんな感じだろ」
「煩いぞ! あと風評被害だやめろ! ぜっ……らにうむ、に、が、いや、彼にも被害が及ぶだろう!」
唐突に始まった少女とエーリッヒの口論は、ヴィムの言葉により止められる。しかし、当のエーミール、もといゼラニウムは、少女を見つめ何やら考えこんでいた。
少女はまだ幼くはあるが、道行く人に振り替えられる程の美しさは備えていた。しかしゼラニウムは両親や妹、弟、そしてヴィムなどと、身の回りに顔の整った者が常にいる状態で育っている。今さら目の前の少女の美しさに目を奪われる事などあり得ないだろう。そんな事があれば彼は毎日鏡の前から離れられない。
ただ、少女は例に上げたものたちとは違う点がある。
深紅に染まった髪と、淡い薔薇色の瞳。
「……え、あ、の、う、うぅ……え、えりぃ……!」
「都合のいいやつだな」
その空を思わせる碧眼の真芯に捉えられている事に気づいた少女は、戸惑った末に先程まで口喧嘩していたエーリッヒの後ろに隠れてしまった。それとほぼ同時に、ゼラニウムは深い思考から抜け出してくる。
「フラメローゼ……そうだ、フラメローゼだ」
「フラメローゼ? それは一体……」
ゼラニウムの言葉を聞くも、ヴィムは眉間にシワを寄せた。教養を多く持つヴィムも分からないというのは珍しいと、エーリッヒも真面目な表情を見せる。
「古い文献で、魔物を人類史上初倒したとされる戦闘民族だ。炎属性の魔法を得意とし、薔薇のように美しい容姿、瞳。そして炎のような赤髪を持っているのが特徴と言われている。その歴史の途中、彼らの力を恐れた他の民族が総じてフラメローゼに挑み、それでもいくつかの民族を根絶やしにした上で消えてしまった……」
「つまり、こいつがその馬鹿強いフラメローゼだって?」
ゼラニウムの説明に、エーリッヒは親指を立てて少女を指差す。それにゼラニウムは頷いた。
「その可能性が高い、という程度だが。君……失礼、名前を聞いていなかったね。私はゼラニウム・ベッカー。名前を教えてくれるかい?」
どこか遠い世界を見るように会話を聞いていた少女は、ハッとしてゼラニウムを見る。
「あ、アズラエル・ローゼンフィルドです」
「ありがとう。アズラエル、先ずは朝食を食べよう。折角ヴィムが作った料理が冷めてしまう」
「あっ、えと、はい」
気品を感じさせるゼラニウムの動きに、緊張した面持ちで席に着いた。
いつもであればここでアズラエルの話声が聞こえるが、緊張してしまっているのか黙々と料理を口に運ぶ。
毎度楽しみにしているその味が、わかっているかは定かではないのだが。